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『ロココ』の血族も屈しない

サラサは最初から捕らわれのお姫様の立ち位置。

シオンは魔王。

オレグが使い魔。

老バトラはオロオロするだけの副官?

親衛隊は飾りのヤラレ役?

 西方の皇帝シオンは、陸上戦闘母艦『バルナラント』に設置された皇帝の間で、ソファに深々と腰掛けながら、一面ガラス張りの壁から砂漠の地平線に沈む太陽を眺めて、一人、(くつろ)いでいた。

 夕日が彼の体を照らし、長い白銀髪と共に彼を赤く染め上げていた。いつもなら、日が暮れる頃迄には、彼の頭の中からは既に、日中の大量虐殺の件などスッカリと消え去っている筈だった。

 だが、その時だ。

『我が呪いを・・・。』

 突然、『ロココ』の姫巫女の姿が脳裏に現れ、呪いの言葉と共に、彼の神経を逆撫でて行ったのは…。勿論、それは彼の意図したものではありえない。まったく突然の無意識からの心理描写だった。

『何だァ!?』

 同時に妙な感覚、頭痛? 寒気? 悪寒? が、背筋を伝って脳天から尾骶骨の先までを駆け巡る。…シオンは思わず、頭を押さえ、息も出来ず、ソファから飛び出す様に、その場に蹲っていた。

『おのれ巫女め。怪しげな術を…』

 心臓が一時、激しく高鳴る。しかし、突発的な事であるから一瞬、動揺したが、最初から終りまで意識は明瞭(ハッキリ)としている。慣れればどうと言う事ではない。…発作は一瞬の出来事だった様だ。

 巫女の幻影は消え去り、荒い息をしながらも彼は落ち着いてソファに座り直した。

 何事も無かった様な、平穏な時間が再び流れ始める。

 今のは一体何だったのか、ただの幻覚か?

 改めて考え始める前にドアをノックする音。

「陛下」

 しゃがれているが、馴染みのある声が続き。

 彼は完全に現実に引き戻されていた。

「老か? ・・・入れ」

 答えるとドアが開き、一礼して、恭しく部屋に入って来たのは、間違いなく老バトラだった。

「失礼、お寛ぎの最中でしたか?」

「構わん、要件は何か?」

 シオンは端的に簡潔を要求する。

「ハッ、陛下のご命令で捕えさせた『ロココ』の姫巫女の血族者の件でございます」

「そうか、会っておきたい。…ここに呼べ」

「ハッ、しかし…」

 老バトラは歯切れが悪い。

「何か、不都合でも?」

 シオンが怪訝な表情を形造る。

「お気を付け下さい。かの者を捕える為に五名の兵士が犠牲になりました。しかも皆、身体の外には傷も付けずに心臓だけを握り潰されて…」

「能力者か…?」

 シオンは少し目を見開く。

「恐らくは、しかもかなり強力な…」

「今はその能力に、どう対処しているのだ?」

「奴の能力は一人では用を足しません」

「と、言うと?」

増幅能力者(アンプ)なのです貴奴の力は、それ故に自分以外の能力者の協力が無ければ、只の人間に過ぎません。しかし、強力な能力者の操れる能力が一つだけとは限りませんので…」

「無用な心配だ。・・・俺を誰と心得る」

 彼は老バトラの心配を軽く一蹴する。 

「申し訳ございません。しかし、くれぐれも油断など、なさらぬ様に…」

「くどい・・・」シオンは軽くツバでも吐く様に言い捨てる。

「ハッ、申し訳ございません」

 老バトラは慌てて再度平伏すると、視線と僅かに首を縦に振るだけで、無言で部屋の外で待機する衛兵達に、即座に次の指示を与えたのだった。


         ☆


 数分後、手錠で後ろ手に拘束され、背中に銃を突き付けられて『ロココ』の姫巫女の血族者が、シオンの居室『皇帝の間』に連行されて来た。五人の兵士の心臓を握り潰したと聞いたが、その場に姿を現したのは聡明そうだか、まだ、あどけなさが残る十二、三歳の少年だった。

 一見して巫女の血族に間違いは無さそうだ。

 性差に関係なく絶世の美形という『ロココ』血統に特徴的な顔立ちしていた。

 部屋に入ると同時に、キッとシオンを睨み付けた眼には確かに尋常ならぬ力が込められていた。

 さしずめ、孤高の猛虎に出くわした、しなやかな体躯の山猫が、喰い殺される直前に、相打ち覚悟で相手の舌を噛み千切ってやろうか。と考え、身構えている様な、のっぴきならない剣呑とした空気が、一瞬、両者の間に醸し出されていたが…。

「フッ・・・」

 シオンが嘲笑するかの様に睨み返すと、少年はアッサリと気圧されていた。

 目を逸らし口惜しそうに下唇を噛む。

 怯えが隠し切れていない。その面差しには、確かに姫巫女の面影がある。

「中々、威勢のいいガキだな。『ロココ』の者か? 名は何と言う?」

 シオンは、詰問する様に少年に問いかける。

 しかし、少年は返答する代わりに、鋭い眼光で、再びシオンを睨み付けていた。

「無礼者が! 皇帝陛下の御前なるぞ! (わきま)えるが良い!」

 老バトラが堪え兼ねて少年の不遜を窘めるが、少年は当然、従おうとはしない。

 それどころか、少年に睨み返されて、図らずも委縮してしまったのは、老バトラの方だった。

 シオンはそれを見て更に他所事の様に笑う。

「よいよい、・・・衛兵、お前達は下がっていろ」

 シオンに命に従って、少年の背後に銃口を突き付けて二人の兵士は敬礼して退室する。

 三人だけになった、皇帝の居室にしては質素過ぎる閑散とした部屋は、暫く静まり返っていた。

 少年は、なおも憎悪を込めた眼差しをシオンに向け続け、シオンはそれを軽く受け流し、緊張した老バトラの視線が両者の間を行き来する。

 秒針がゆうに一回転した頃、

「ガキ、俺が憎いか?」

 シオンは静寂を破って唐突に口を開いていた。

「当り前だ!」

 そのまま皇帝の首筋に飛び付き兼ねない勢いで、少年は即答する。

 シオンは、さらに相手を小馬鹿にする様に、笑いを噛み潰した。

「バトラ・・・」

 姿勢を正したシオンが静かに尋ねると、

「ハッ、この者は『ロココ』の姫巫女の血族者で、名をサラサと申します。現法皇レフィテルⅢ世と同じ『ラサ』の血統で、俗に言う、法皇家の出自の者です」

 彼は一礼しながら、淡々とシオンに報告する。

『ロココ』教団は姫巫女を象徴とし、法皇により統括、運営される。

 その選出方法は、表向きには身分の差なく、全教徒から無作為に選出された選皇神官等の全会一致によるということになっているのだが、実際には、俗に、法皇家と呼ばれる姫巫女と法皇を何代にも渡って輩出していた家系から選出される事が、暗黙の、しかし、絶対的な慣例となっているのだ。

 現在、教団には四つの法皇家の系統があり、その職務を持ち回りにしている。

 つまり、有り勝ちな話ではあるが、法皇家の出身者でなければ、法皇にも姫巫女にも、そのいずれの地位にも就くことが出来ず。逆に、法皇家の出自であれば、この目の前の少女の様に線の細い少年でも、いずれ大した難もなく、高い確率で法皇か、それに準じる高い地位に就いて、教団の未来を担う存在になる、と言う訳である。

 勿論、生きて帰れればの話ではあるが…。

 王家に生まれ落ちたが為に、幼少期から熾烈な権力闘争の渦中を生き抜いて来たシオンにすれば、嘲笑するにも価しない、下らない、おめでたい話でしかない。

「では、サラサ、お前に聞きたい事がある」

 シオンは、徐に懐から丸められた紙切れを取り出して、サラサの前に広げた。

「これが何か判るか?」

 サラサの前に広げられた古ぼけた紙切れの紙面は、驚いたことに、殆ど白紙に近い空白で中央に見た事のない文字で、四行の字列が書き込まれているだけだ。

 しかし、それを目にした途端、サラサの表情は激変していた。

「貴様…、それは『最後の聖論』、『最後の聖論』なのか!?」

「ほう、判るのか、やはりお前には、この文字が読めるのだッ…!?」

「貴様ァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

 シオンがその台詞を言い終えるより前に、サラサを圧し止めていた恐怖の(たが)が、弾かれる様に外れていた。サラサは怒りに任せて、無茶苦茶に拘束具から自分の手を引き抜いた。同時、絶叫と共にシオンに向って踊り掛かっていた。

『最後の聖論』は常に姫巫女と共にある。

 なぜなら、それが姫巫女の証であるから。

 その聖論が今、シオンの手中にある。

 それが意味することは、サラサを、そんな行動に駆り立てる理由としては充分過ぎた。

「陛下ァ!」

 サラサの気迫に、咄嗟に老バトラはシオンを庇う様に身を乗り出すが。

「ぬるい・・・」

 シオンに、そんな心配は無用だった。

 そもそも、サラサの様な小柄な少年が、ムキになって突っかかって行ったからといってタカが知れている様に思える。だが、侮れない。ロココ教徒にとって信仰心は武器だ。…殺意は心を暴走させ、肉体を凶器にも変貌させる。

 腕を強制的に拘束具から引き抜けば、手首の間接は破壊される。当然、激痛が走る。普通、出来る事ではない。しかし、先刻、サラサはそんな芸当をアッサリと目の前でやってのけた。

 その力が、そのまま攻撃に転換されたならシオンとて無事では済まない。…筈。

 だが、シオンも尋常ではない。

 彼の気怠気(けだるげ)なまでに生ぬるい反撃で、次の瞬間には、サラサの身体は事も無げに床の上に投げ出され、硬い床に叩き付けられた彼は、周囲の情景が歪むような錯覚に陥っていた。


「全く『ロココ』のガキは短気でいかんなァ。聖論の原文が『ロココ』の血族にしか解けん『神聖文字』で書かれているからこそ、仕方なく生かしておいてやれば…」

「貴様! 自分が何をしたか覚えていないのか! 寺院を焼き! 信徒を虐殺し! それに加えて姫姉様を! 私は『ロココ』の正統なる血を受継ぐ者として貴様だけは許しておけない! 仇は必ず討つ!」

 サラサはフラつきながらも辛うじて起き上がり、喉から吐き出す様に反駁する。

「アアッ? …聖論の神聖文字が読めるのは、別に、お前だけの専売特許では無いのだぞ?」

 脅す様にシオンの目がグッと細まった。

 大の男でも震え上がるほど、それだけで人を殺し兼ねない程の殺気がそこにはあった。傍らの老バトラが狼狽する程の…。しかし、サラサは真っ向からそれを受けて怯む事も無い。

「いい気味だ。せいぜい苦労すれば良い! 僕は何があってもお前に服従したりしない! 殺したければ殺せぇ! 我が信仰は悪鬼怨霊となって、いつの日か必ずお前を破滅に導く!」

 ギリリッ・・・。

 シオンが奥歯を噛み締めるのが判った。

 記憶が逆流してサラサの姿が姫巫女の最期に重なる。

「陛下ァ!」

 サラサを本気で殺し兼ねない。

 案じた老バトラが、咄嗟に、敢えて声にして、そう叫んで彼に冷静さを促す。

 シオンの『ロココ』教嫌いは半端ではない。

 両勢力の間には、容易に解きほぐせない、複雑に絡み合った歴史的経緯があるのも事実だ。

 その一言が通じたのか、彼は判っていると言いたげな厳つい目で老を一瞥していた。

 彼とて、端から、この状況でサラサが大人しく彼等の要求に従うなど楽観的に考えていた訳ではない。

 むしろ、サラサの反抗は予想の範囲内だ。故に対抗手段も講じていた。

「血は争えんな、ガキ。頑なで融通が利かん所も姫巫女に良く似ている」

「ならば、姫姉様を殺した様に、僕も殺すが良いさ!」

「そうはいかん! 貴様には聖論の謎解きをしてもらわんと面倒臭いからな…。」

「貴様に協力するくらいなら、禁忌と言えども、僕は喜んで自決する!」

 サラサは再び、残った勇気を総動員して、今にもシオンの喉笛に飛び付かんばかりに、彼を睨み付けたのだった。

「イイ気になるなよガキ…。ただ、面倒なだけだからな…。だが、元より、貴様が、そう言うだろう事は、こちらも予測済みだ! バトラ! 例の者をここへ」

「ハッ!」

 老バトラが応じて部屋を後にしようとしたその時だった。

「ひょひょひょっ、その必要はござりませぬ」

 闇の底、地獄の底から響く様な異様な声がどこからか漏れて来たのは…。

 それには、さすがのシオンも、背筋に寒気が走って跳び上がっていた。…不気味なだけだから、驚くだけで済んだが、殺気が籠っていたらなら迷わず刃を抜いて斬っていた。

 そこには、いつの間に部屋に入って来たのか、ボロ衣の様な、みすぼらしいマントを羽織った小柄な老人がたたずんでいたのだ。不快な体躯。異様な臭気。皺の中に埋もれそうな顔の中で、その双眸だけが異様な生気を漲らせている。不気味な老人が、その場に姿を現しただけで部屋の温度が、二・三度、急激に低下したかの様な錯覚すら覚えた。

「来ていたのか、バルゼル僧」

 シオンは努めて冷静を装う。その姿を視認した途端、サラサの顔は見る見る内に血の気を失い、地獄の使者に対面したかのように、驚愕の表情を凍りつかせていた。

「お、お前は、オッ、『オレグ』の…』

 サラサはやっとの事で、震え青褪めた唇から、その言葉を絞り出す。

 痩せ我慢も限界だ。怯え、震え出す身体を、どうすることも出来ない。

「その通り『オレグ』の教導師バルゼル僧だ。…貴様には、それ以上の説明は必要あるまい?」

 バルゼル僧はその口元に笑いらしきモノを形造って見せた。

『ロココ』と『オレグ』は、嘗ては同じ根に繋がり、同じ神を信奉し、同じ指導者を頂く、同胞の間柄だった。しかし、およそ七百年前、教義を巡る論争から分裂、聖地を追われた者達は、原理回帰を意味する『オレグ』僧会を樹立して分裂、『真の神の意志を継承する者達の義務』として『ロココ』教団に対して、いかなる手段も正当化する恒久的な戦闘状態へと突入したのであった。

 以来七百年。先鋭化した闘争は、今も絶える事無く続いている。

 特に『オレグ』は量で劣る状態を質で補う為に、あらゆる禁じられた技術に手を出し、自らの肉体を戦闘に特化して改造して来た経緯を持つ。眼の前のバルゼル僧にも、ボロ衣を纏っていて全体は良く判らないが露出した体の部分には明らかに生体強化が施された痕が見て取れる。

 何より、所属する組織の過去の確執以前に、サラサは一方的にバルゼル僧の悪名を知っていた。

『オレグ』を代表する恐怖の象徴として。

『オレグ』教皇に次ぐ四大実力者の一人として。

『ロココ』教団の天敵として公認されるその存在について。

「バルゼル僧は『オレグ』でも屈指の洗脳支配術の使い手だ。貴様を洗脳して、我々の木偶(デク)人形に変える事とて可能ということだ」

 シオンは少し他虐的な微笑を浮かべた後で、無言のままアゴを動かすだけでバルゼル僧に行動を促す。彼は音も無く、不気味な笑い声を洩らしながらサラサへと近付いて行ったのだった。

「来るなァ!」

 本能的な恐怖から、サラサは這いつくばる様に、その場から逃げ出そうと試みる。

 その姿が再び姫巫女ラファに重なり、シオンは不愉快で仕方がない。

「押さえろ!」

 シオンは老バトラに命じ、彼はサラサを背後から押さえ付けて顔をバルゼル僧に向けさせた。

「ホッホッホッ、可愛い顔じゃて・・・」

 バルゼル僧が、皺の奥の不気味な双眸でサラサを見据える。サラサは、恐怖に耐え切れず、力の限り絶叫していた。瞳から意図ぜず、涙がボロボロと零れる。

 刹那、サラサは自我を失い、そのまま人事不省に陥ったのだった。

 施術は殊の外アッサリと終了した。

「ホッホッホッ、準備が整いましたぞえ。ホレッ、紙切れを貸してみなされ」

 シオンは躊躇勝ちにバルゼル僧に『最後の聖論』を手渡す。

『ロココ』と『オレグ』の教団源流は同一だが『神聖文字』は双方の決別後、その状態を確定する為に『ロココ』の教団により意図的に考案され教団上層部に施行された暗号を起源とする。よって読解出来るのは『ロココ』教団の上層の一部の者に限られる。

「ひょひょひょッ、では、今から読ませるけ、よう聞いておりなされよ」

 バルゼル僧は、サラサの眼の前に、紙切れを差し出した。

 サラサは、気を失っている訳ではない。

 まさしく、操り人形の様にたどたどしい動きで、バルゼル僧の命令に従った。

 そして、詩を詠唱するかの様に、その紙に書き込まれた文字列を読み上げた。

「かくして高弟は、火中に身を投じて、己が身の潔白の証とした…」と。

 老バトラは、近くの紙にその言葉を書き移してから、シオンと顔を見合わせる。

「聞き覚えがある。…聖論の一説だな」

 シオンが呟く。

「正確には『ロブ』記三章の二節、回顧録の一説ですな・・・」

 応えたのはバルゼル僧だ。

「さすがに詳しいな」

「当然、根は聖職者であります故に・・・」

 その間にバルゼル僧が手渡した『最後の聖論』を、サラサが、恭しくシオンの前に跪いて差し渡す。表情は乏しいが、これまでとは打って変って過度に丁重な対応だ。…返って薄気味が悪い。

「陛下の命に従うよう強力に暗示をかけました。尋常な手段では、もはや元に戻る事もありません。お戯れなら、側に置かれますれば、いかなる申し付けにも素直に従いまするぞ?」

 バルゼル僧が下卑た微笑(えみ)を見せる。

「生憎と、俺に少年を(そば)に侍らせる趣味はない。…バトラ! サラサを連れ行け、隔離して逃げられぬよう厳重にな!」

 シオンが指示すると、バトラが室外から衛兵を呼び寄せ、無気力なサラサは、引き摺られる様に部屋の外に連行されて行く。

「しかし、大したものだな、・・・貴様等は、こんな事が誰にでもできるのか?」

「口ほど簡単ではありません。ただ、あの者は比較的、楽でしたな…」

「ほう、なぜに?」

「詳しくは申せません。ただ、私も老いさらばえたとは言え、根は『ロココ』の血族者ゆえ…。」

「しかし、貴様の役目もこれで終わりだ。褒美を取らせよう。教皇にもよしなにな。『シディア』は『オレグ』の協力に感謝すると伝えよ」

「つれませんな。『最後の聖論』の謎解きを手伝えと、命じて戴けましたなら、きっと陛下の御役に立って見せまするものを…。」

「必要ない。『シディア』にも知恵者はいる。次の街で船を降りて『オレグ』に帰るが良い」

「ホッホッホッ、それは出来ぬ相談かと・・・」

 あからさまに厄介払いをしようとするシオン言葉を、バルゼル僧は真っ向から拒絶する。

「何の冗談だ・・・」

 バルゼル僧の予定外の反応に、シオンの眼が細まった。

 再び周囲に、剣呑な空気が醸成された。

 増大する殺気に、老バトラが静かに鯉口を切って威嚇する。

 続けて利き手を柄に掛かけた。

 シオンの背後の別室には、複数名の親衛隊の猛者が控え、常時室内を監視・警戒している。

 イザと言う時には、有無を言わさず、部屋に雪崩込んで来る手筈になっている。

「お待ち下さい。・・・(それがし)に、陛下に仇成す気は毛頭ございません」

 と、そう言ったバルゼル僧の声は、今までの様に、半分ふざけた様なモノではなく。

 その巨眼に見据えられた途端、老バトラは、軽い眩暈を感じて、僅かに気圧されていた。

 辛うじて抵抗する。

 シオンは平然とバルゼル僧を見据える。

 精神支配か何か知らんが、彼には通用しない。

 おもむろにバルゼル僧は、何かに合図するかの様に部屋の奥を一瞥していた。

 スススッ…と、いつの間に部屋に入っていたのか、数人のバルゼル僧と同じ様な僧衣を纏った者達が部屋の至る所から姿を現し、シオンの前で横一列になって跪いていたのだった。

 死人のような皮膚。

 恐怖と畏怖を纏う、異様なまでの眼光を放つ七人の『オレグ』僧達。

 第三の眼を思わせる額の『オレグ』の紋章が、それを明らかに物語っていた。

 異変を察して完全武装した『シディア』の親衛隊も部屋に雪崩込んで来る。

 殺意は感じられない。

 だからシオンは、親衛隊を片手で静止した。

「どこまでも芝居がかった演出だな…。曲芸か? それともお前ら得意の妖術というヤツか? あいにく道化をはべらせる趣味も俺には無い。仕官を望むなら他を当たるがよかろう」

 シオンは茶化す。


「これは、(それがし)子飼いの兵隊にございます。右からバゼル僧、ナミカ僧、カルカラ僧、ラルル僧、バレル僧、カナルル僧、ハシェル僧。・・・どれもこれも、某が手塩に掛けて育て上げた『オルグ』教団最強の僧兵集団にございます。」


 腐肉の如き肌を持つ七人の僧兵達は、バルゼル僧に紹介されると同時に、それぞれシオンに向かって恭しく一礼した。彼等は、それぞれ同じ様な僧衣を纏い、同じ様に頭を丸めているが、それぞれが全く異質な只ならぬ闘気と殺気を発散せている。百戦錬磨の闘者だからこそ、シオンには、それが痛い程、よく判っていた。


「某を含めた八名を、皇帝陛下の元に献上せよ。そして死砂漠における陛下の活動に、無条件に協力せよ。それが『オレグ』僧会。ひいては我等の神によってなされた啓示なのでございます。いかかでございましょうや。この死砂漠では『西方』の道理など通用しませぬ。ここは双方歩み寄って、お使い戴けますのなら、『オレグ』の名に懸けて、決して損はさせぬ所存・・・」


「それで、貴様らに何の利得(メリット)があると?」

 利害関係が明確でない関係は信用出来ない。

「敵の敵は味方にございます。陛下率いる『シディア』となら、ただ協力関係を構築出来るだけで、我々の元には、有形・無形の多大な利益と利権が転がり込んでまいります」

「『オルグ』は俺に服従すると・・・?」

「その証として派遣されたのが我等でございます。どうかご随意にお使い下さいませ。我が神はシオン皇帝陛下をして地上の覇者たらんと告げ。信仰をもって我等は陛下に最大限助力致します」

 バルゼル僧を見据えたまま、そこでシオンは暫し沈思黙考した。

 乗船を許した時点で判断の誤り。

 無碍に扱えば、コイツ等は、却って何を仕出かすか判らん。

 自分が砂海に兵を進めた理由は、結局、何なのか? 

 領土的野心、『ロココ』教団への牽制、『最後の聖論』、『破壊の伝承』…。そんなモノは、建前の標語に過ぎない。結局は、自分の渇き切った心を潤いに満たす為だ。そして彼の心は、混沌を鎮圧し、破壊と、殺戮と、支配を成し遂げた時にしか潤わない。

 平定する混沌は、大きければ大きい程、なお良い。

 彼の口元が、狂気の微笑を湛えた。

「良かろう艦に留まる事を許す。但し、『オルグ』との共闘の成否は、貴様等の働きを見極めた後まで保留する。それと一つ警告しておこう。今後は二度と許可なく俺の周りでコソコソと怪しげな仕掛を弄するな。それに従わない場合は、これよりは無警告で斬り捨てる。良いな!」

「ハッ、御意のままに!」

 心なしか満足そうに『オレグ』一同は揃ってシオンに平服する。

 その時だ、空を切り裂く銃声が艦内に鳴り響いたのは…。

 部屋中の人間の眼が、今度は一斉に、その方向に動いていた。


         ☆ミ


「何事かァ!?」

 即座に、老バトラが部屋から飛び出し、伝声管に怒鳴り付ける。

「大変です!」

 伝声管の返答より早く、衛兵が一人、伝令の為に駆け込んで来る。

 衛兵は、『皇帝の間』の前に立つ老バトラの前で姿勢を正し、敬礼する。

 見ると、先程サラサを連行した衛兵の一人だ。

「申し上げます。先程の『ロココ』教徒の少年が逃亡致しました! あの者は錯乱を装っていただけです。突然、正気を取り戻したかと思うと、我々を振り払い・・・」

「何だと、バルゼル僧! のっけから随分と話が違うではないかァ?!」

 老バトラは、厳しく問い詰める。

「ホウッ、何と、(かえ)しよりましたか…?」

 バルゼル僧は、心底驚いた様子だ。

 思いがけず楽しいイベントの発生に、シオンは場違いにクックッと笑う。

「大口を叩いた割に、乗っけから大した活躍だなバルゼル僧? ・・・この失態どう濯ぐ?」

「身命に代えましても、必ず連れ戻し、次こそ完全な精神支配(コントロール)下に…」

「三度目が、・・・あると思ってはおるまいな?」

「承知。・・・『オレグ』の名に懸けまして」

 バルゼル僧は、確固とした口調で言い切っていた。

『オレグ』教徒は目的を果たす為なら手段を選ばない連中だが、それは目的を達成出来ない事が『オレグ』の名を軽んじる事に直結するからだ。

『オレグ』の名は軽んじられるとなく、恐怖と畏怖と共に語り継がれなければならない。

 シオンは、それを面白いと断じた。

「良かろう、『オレグ』に任せる! 衛兵! サラサは今どこにいる?」

「ハッ、目下、格納庫内に立て籠もり、小型高速艇(ランドクラフト)を奪取して『バルナラント』からの逃亡を謀っております」

「カナルル! ハシェル!」

 バルゼル僧の命令に反応して、名指しされた両名は一礼して即座に駆け出して行く。しかし、残りの者達はまったく動き出す気配を見せず、その場に跪いたままである。

「二人だけか?」

 シオンが訊ねると、

「フォフォフォ、お任せあれ。二人もおれば充分にございます」

 バルゼル僧は例によって笑うのみだ。

「良かろう任せる。せっかくの余興だ。俺も見学させてもらうこととしよう」

 不遜な態度はムカつくが斟酌しない事にする。

 手に届く所に置かれた愛刀を掴むと、跳ね上がる様に椅子から立ち上がる。

「陛下!」

 お祭り見物だ。意図を察して、窘めようとする老バトラを尻目に、シオンはハシャグ様に格納庫に向かって駆け出したのだった。…親衛隊員達も慌ててシオンの後を追う。


         ☆彡


「ウワァ、何者だ貴様等!」

 格納庫の前では早くも一悶着起っていた。

 閉鎖施錠された隔壁の前では駆け付けた三人の兵士達が、それを抉じ開けようと悪戦苦闘していた。先程の銃声は、サラサが内側から制御装置を破壊した時のモノであるらしい。

 唐突に現れた二人の不審な『オレグ』僧に驚き、彼等は銃を突き付けていた。しかし、彼等は何も応えようとはしない。元より彼等『オルグ』僧は、ある程度の位を得るまでは、外部の人間と、まともに言葉を交わす事さえ禁じられているのだ。

 故に彼等が使用したのは、人類共通の最も身近で安易な肉体言語だった。

 刹那、三人の兵士は、引き金を引く暇もなく、腹部に鋭い一撃を受けて通路に横たわっていた。

 二人の『オレグ』僧は隔壁に歩みより蝕感で隔壁の強度を割り出す。一人の僧が隔壁に掌を添えて構えると、もう一人は一歩退いた。残ったのはハシェル僧の方だ。

「コォーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

 刹那、腹に響く凄まじい息吹。両手両足の筋肉が盛り上がり、血管が浮かび上がる。

 筋肉の流動が別の生き物のように身体中に伝播し、次に押し返される様に掌一点に凝縮する。

「ハッ!」

 陸上戦艦中に裂帛の気合が響き渡ると同時、隔壁は枠から板ごと外れて弾け飛んだ。

 調度その時、格納庫前に到着したシオンは、その気迫に息を飲む。一瞬、身構えていた。バルゼル僧の自信、あながちハッタリばかりではない。シオンは内心、思わずそう呟いていた。しかし、隔壁の破壊に成功した『オレグ』僧達が格納庫内に駆け込んだ時、射出口の外壁は開け放たれ、夜の砂漠が剥き出しになって、サラサは既に艦からの脱出に成功した後だった。

「逃げられたのか!?」

 続けて格納庫内に入って来たシオンが問い詰めると、二人は申し訳なさそうに肩を落とす。

「おい、いたぞ、あそこだ!」

 陸上戦艦の甲板方向から叫ぶ声が聞こえ、探照灯が砂面を照らし出す。

 探照灯の光の中に砂上戦艦からどんどんと遠ざかって行く小型高速艇(ランドクラフト)の影が浮かび上がっているのが見えた。見る見る内に影は小さくなって行き、ついには見えなくなった。

 一度見失ってしまったら、闇に包まれた、この広大な砂漠から人間一人を捜し出す事など不可能に近い。

 だが、サラサには、『ロココ』教団に対して切り札と言っても良い程の利用価値がある。シオンが、現時点でサラサと云う重要な手駒を失うのは、計り知れない大きな損失と言える。…それに、予測不能な事態が起こるからこそ駆け引きは楽しい。

「貴様等! 何としてもサラサを捕えて連れ帰るのだ! だが、決して殺すな! 捕えるまで帰って来る事は許さん! 良いな!」

 シオンの命令を無言で跪いて拝聴すると受諾、彼等は即座に行動に移っていた。

 それぞれに傍らの小型高速艇(ラウンドクラフト)を拝借。機関を始動すると、サラサを追って瞬く間に夜の砂漠へと飛び出して行ったのだった。

 

          ★


逃げ出した夜。

もう戻れない。

実は、ここまでが実質的序章【プロローグ】

主人公は遅れてやって来る。

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