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2歳 捕まった



 ボヨ~~~~ン、ボヨ~~~~ン。

 ずっと跳んでるうちにトランポリンにも慣れてきて、兄様と手を繋いで息を合わせ、キャーキャー言いながらむっちゃ高~く跳ねてたら、


「誰っ?!こんな時間に何してるのっ!」


 どっかの家から女の人が怒鳴る声がして、がらがらがらと引戸を開ける音がした。……ヤバい……。とりあえず……、


「ごめんにゃしゃい!」

「ごめんなさい!」


 兄様と2人、まだ上下運動を繰り返すネットの上で揺れながら正座をし、手を着いて頭を下げながら大きい声で謝った。


「坊ちゃまにお嬢様?!」


 聞き覚えのある声に頭をあげると、お出掛け仲間のチヨネ姉さんがいた。


「はあ~、よかった~~」


 見知った顔に安堵しながら、ボヨ~ンと仰向けに転がる。


「お2人ともここで何をしているのですか? 奥様やモモヂ様はご存知なのですか?」


 びっくりした顔のまま訊いてきはる。

 え~と……何しに来たんやっけ?


「あやしいひとをおいかけてきた」


 兄様がキリリ! と顔を引き締めて言うた。


 そうそう、それや、それ! 慌てて兄様の背中からズボンを取り出し、

これにょもちにゅし(これの持ち主)

 言うてズボンを広げる。


「これは……。あちゃ~、あの子ったら見つかっちゃたのね……」

 ズボンを手に取って、チヨネ姉さんが(つぶや)いた。


 お! どうやら、ふんどし君と知り合いみたいやけど……。ただの知り合いって感じではないな。

 この反応、ウチの家 見張らせてたんチヨネ姉さんってことか?!

 バッ! と兄様と目を合わせる。


 今年の4月の頭から毎日(土日も!)、ふんどし君がウチの家の様子を窺ってた。朝8時過ぎから夕方17時まで。時々、姿が見えんようになんのはランチやトイレやと思われる。


 言うても、ウチの人間を見てるっていう感じやなく、どっちかって~とウチに出入りしてる人を見てるって感じやった。

 何のために? 本人の意思? 誰かに雇われてんのか? それやったら労働基準法違反やで。いや、それ以前にこんな子供を働かせてるんか?


 奴隷……ではなさそう。血色いいし体つきもやせ細ってへんからな。ご飯はちゃんと食べてると思われる。

 10歳以上の平民の子供は学校あるし10歳未満。

 特に害はなさそうやと、放っておいたら10日経った。いい加減 気持ち悪いし、今日は理由を聞くつもりやった。


 う~ん、どうやら、ふんどし君。やりたくてやってたんやなく、命令されて動いてた模様。

 兄様と話し合って “ 監視対象の少年Aは、ウチの人間ではなく出入りしてる人間をチェックしてるから押込み強盗の下見ではない ” と結論づけたんやけど……。

 チヨネ姉さんの指示やとしたら話は変わってくる。


 チヨネ姉さんを紹介してくれたのはモモ爺や。で、そのモモ爺はというと、我が家の執事代行をしてるから我が家の間取り、調度品や金庫のありかも把握してる。鍵も開け放題。

 嘘やろ、モモ爺……。そんなん(いや)や!



「とりあえず、誰か帰ってきたらお屋敷まで送りますので、それまでは私の家でお茶でも飲んでください」


 ハッ! これは……家の中に誘い込もうとしてんのか!?


「メアリー、逃げるよ」


 兄様が小さい声で言うてきた。うん、と私も小さく頷く。


 強盗なんかに捕まるわけにはいかへん!



「ふたりでかえれるから、だいじょうぶ」


 あまりネットを揺らさないように、兄様がトランポリンの上をゆっくり移動して降り、私もそれに続く。

 ふわふわ、ふわふわ。地面に降りたけど、まだトランポリンの感覚が体に残ってる。


「おじゃましました」


 ペコリと頭を下げ、平静を装いながら入ってきた道へと歩き出す。

 気付いたことを気付かれへんようにせな。

 繋いだ手……2人とも汗ばんでる。


「待ってください」


 私の肩をチヨネ姉さんが(つか)んだ。

 私だけやなく兄様も一緒にビクッ!ってなる。


「ここへお2人が来ていること、奥様やモモヂ様は知らないということでしょうか?」


 ここにいることは誰も知らん。辿り着くまで誰にもすれ違わへんかったしな。

 ……ヤバい! このことがバレたら、人知れず殺されて行方不明にされる!


「かあしゃまにいってきたよ」


 と言う声が少し震えた。


「お嬢様、嘘はダメですよ。帰る途中で何かあっては困ります。大人しく私の家へ来てください」


 無理矢理 連れて行かれそうになる。

 帰る途中より、帰る前に(なん)かありそうやん!


「チヨネねぇしゃん(姉さん)、ここにはチヨネねぇしゃんしか(姉さんしか)いにゃいの(いないの)?」


 声が震えんように気を付けて訊くと、


「ええ、みんな仕事に出てるんですよ。近場に勤めている人は、お昼に1度帰ってきますので、それまではウチで大人しくしててくださいね」


 そう言って、微笑むチヨネ姉さん。


 ……。

 (なん)か、いつも通りな気がするな。

 いや、騙されたらアカン! 相手は押し込み強盗や!

 仲間……夫のプーマさんが帰ってくるの待って、どう処理すんのか相談するつもりかも!


 逃げられんんの、チヨネ姉さんが1人の今しかない!


「おひるまえにはかえりたいにょで、もうかえりましゅ」

「くるときも、なにもなかったのでだいじょうぶだよ。ばしゃもとおりそうにないし」


 肩に置かれた手を振り払って、兄様と出口に向かう。


「そういうワケにはいきませんよ」


 今度は兄様が肩を(つか)まれた!


 少しビクついた兄様と目を合わせ、うん、と(うなず)くと、兄様がチヨネ姉さんの手を振り払い、振り返ってチヨネ姉さんのつま先を踏みつけながらしゃがみ込み ―― ふくらはぎを両腕でギュッと抱え込んだ。

 私はチヨネ姉さんの後ろへ回り込み、それを確認。すぐさまチヨネ姉さんの上着を(つか)んで、足を地面から離してぶら下がる。


 作戦通りチヨネ姉さんが後ろに倒れてくるから、上着から手を離してチヨネ姉さんからも離れると ―― チヨネ姉さん、頭を打たんように受け身をとりながら倒れた。


 すかさずチヨネ姉さんの頭を地面に倒し押し付けて、右手に拳を作って中指の第二関節を少し飛び出させ、眉間めがけて振り下ろ……せへんかった! 握り拳を(つか)まれてしもた!


「メアリー!」


 作戦Aが失敗したのを見て、兄様がチヨネ姉さんの鳩尾(みぞおち)に飛び乗……れへんかった!

 チヨネ姉さん、兄様が足から離れた瞬間、私の拳から手を離して体を回転させて起き上がってた。


 ギロッと見上げながら、兄様と並んでチヨネ姉さんと向かい合う。


 アカン……倒せへんかった。同じ手は使えへんやろ〜な。普通に走ってもすぐ追いつかれるやろうし……。どうしよ。


「お2人とも、やりますね。地面に背中をつけるなんて久しぶりです。一瞬、(あせ)りましたよ」


 びっくり顔でチヨネ姉さんが言う。少し楽しそうで……それが恐い。



『おにいちゃん、わたしは、あっちにょたけにょほうに(竹の方に)にげるし、おにいちゃんはやまみちをおりて。ほんで、にげられたほうがおまわりさん、よんでこよ』


 日本語で話しかける。


『たけってなんなん?』


 兄様が日本語で訊いてくる。


『あっちにょ、みどりにょきぃ(緑の木ぃ)みたいにゃやつや。いっぱい、はえてるから、こどもにょほうがうごきやしゅい(動きやすい)。にげられるとおもう』


『わかった』


「それは……話をしているのですか? 聞いたことのない言葉ですね。……面白い」


 今度は分かりやすく楽しそうに笑うチヨネ姉さん。子供相手やし余裕やな。

 でもそれぐらい油断しといてもらう(ほう)が、こっちとしては好都合や。



『よぉ~~~い、どん!』


 兄様の合図でダーーッシュ!


 兄様は、来るときに歩いた緩やかに蛇行した道やなくて、山を直線で滑降のショートカット道。

 私は、竹林へダッシュして下に降りれそうな場所を探す。


 チヨネ姉さんは……私を追いかけてきた。

 そりゃそうか。兄様より私の方が遅いもんな。

 でも……私の(ほう)が小さいから、捕まえる時に前屈(まえかが)みにならんならん。その時にサッと方向転換して()けながら走る。


「うわっ!」


 何かに(つまづ)いてコケてしもた。一体(なん)や……って(たけのこ)やん!!

 アカン、アカン! 欲しいけど、これで命落としたら来世筍嫌(たけのこぎら)いになってまう!

 ガバっ! とすぐに起き上がって狭い竹と竹の間を走る。


 そして ―― 捕まった。


「あまり手間をかけさせないでください。お嬢様」


 言いながら、チヨネ姉さんが息が上がってる私を抱っこして、今度は兄様が行った方へと向かう。


 が、足を止めた。


「ただいま。途中で坊ちゃまを拾った」


 プーマさんが兄様をお姫様抱っこして現れた……。

 兄様、ズボンが破れて太股から ―― 血ぃ出てるやん!


「にいしゃま!!」

「メアリー、ごめん…ぼく…」


 兄様が悔しそうに下唇を噛んで声を殺して泣き出した。


「男の子がこの程度のケガで泣いてはダメですよ」


 やれやれという感じでプーマさんが言う。

 で、こっちを見て、


「そっちも泥だらけだな」


 呆れたように言わはった。


「私から逃げようと、竹林の中に入ってあっちこっちでつまずいて転ばれてたのよ。捕まえるの大変だったわ。それより、アナタはどうしたの? こんな時間に帰ってくるなんて、仕事は?」


 怪訝な顔をするチヨネ姉さん。

 どうやらプーマさんの帰宅は予定外やったらしい。


「キリカが里に坊ちゃまとお嬢様が来たって、下に繋いである馬を走らせて言いに来たんで戻ってきた。仕事はスケサさんに言って、夜のシフトと替わってもらった」

「あの子、私には何も言わないで、全く! まぁ、でも助かったわ。私1人では、このお2人を捕まえられなかったもの」


 私達を抱っこしながら歩いて、呑気に話したはる。まぁ、幼児相手やし余裕やわな。


 それより、仕事って何なんやろ? 他にも街の大店(おおだな)を狙ってて、奉公人として潜り込んでるとか……?


 あ~あ。こういう情報はモモ爺に言うて対処してもらってたのに……。


「お嬢様、あとはお任せ下さい」

 私の頭を大きな手で撫でながら、目を細めてほんの少し笑うモモ爺が頭をよぎった。


 アカン。ちょっと泣きそうになる。



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