3歳 新しいメイド頭&主治医
明けて、月曜。朝から、タケットを使ってみる。
まずは、兄様から。
竹筒に4本指をかけて握る。親指でボタンカバーをスライドさせて、ボタンに触れると5㎝ほど浮く。私も一緒に浮いてホバリング。
ボタンをゆっくり押し込んで、真上に上昇するように言うたけど、ちょっと斜めに上昇してしまう兄様。
『ボタンを見るから体が歪んでタケットの向きが変わってしまうねん。ボタン見んと行きたいところ…今の場合は真上やな…そっちを見て、ボタンの操作は手の感覚だけでやってみて。こんな感じ』
言うて、見本を見せる。素直に言われた通りにする兄様。すぐに出来るようになった。
『そしたら、次は、あそこの樹まで飛んで枝に止まるで。ゆっくりでええしな。ボタン押し過ぎたらアカンで。家で使ってた枝タケットとはスピード違うしな! じゃ、私、先に行くから、私がどんな風に止まるか見て、自分が止まる時のイメージができたら来て』
言うて、樹まで飛んで行き、手前でスピードを緩めた後、軽く幹を蹴ってスピードを殺して枝に止まった。
暫く待ってたら、兄様が飛んできて、私の上の枝に止まった。
『兄様、さすがや~!』って言うたら、
『目的地をメアリーにしたら、自然と目線がメアリーに行って体も動いたわ。着地は、修行でジップラインからの着地もやってるし、簡単にイメージ出来た。操縦の仕方は何となく分かったから、あとは、ちょっとずつスピード上げたりして、スピードのコントロールを親指に覚えさせるわ』
兄様が楽しそうに言うた。
『そしたら、お兄ちゃんはそのまま自分の好きなように飛んでて。私は、エリーに付くし』
エリーも簡単に熟した。
『メアリーに浮遊で動かされるより、自分で操縦できる方が怖くない』
と言われてしまった。
…信用されてへんのかな…初っ端のトラウマになってるんやろか…。
ちょっと落ち込んだ。
そ~いや、昔、救急訓練で担架で運ばれる役やったけど、手ぇ滑らさはって落ちたら怖いなって、身体堅くしたわ。それを思ったら、兄様もエリーもよく私に身を任せてんな。ちょっとは信用されてるかもしれん。
ちょっと浮上した。
兄様とエリー、1日中、飛び回ってた。午前中…様子を見て大丈夫そうやったから、午後…私はタラちゃんと女子会してた。ゆっくり喋んの久々や~。
『ちょお聞いて、タラちゃん! 私、失恋してん! 私、3歳やからど~しょ~もなかって~~~ん』
『メアちゃん、今日は泣き! 歌も歌っていき! 男おらんでも私がおるからな! 過去の男は糧にして強く逞しく生きるんや! 目指せ100歳やで!』
『ありがと~な、タラちゃん! 歌って泣かせてもらうわ!』
【First Love】【レイニー ブルー】【M】【わがまま】【ラヴ・イズ・オーヴァー】ちょいちょい泣きながら歌った。
タラちゃんが【元気を出して】を歌ってくれたので、【もう恋なんてしない】を泣きながら熱唱! 更に【TOMORROW】をタラちゃんが歌ってくれたから、最後に【サンキュ.】を歌った。
はぁ~、かなり元気出てきたわ。
やっぱ、こ〜いう時は、素で話せる友達が1番やな。
翌日、最終日。
樹と樹の間を飛びながら、3人で競争したりして遊んだ。タラちゃんは審判。
2人とも思い通り操縦できてる。
これやったら、夜に抜け出して、ここに来れそ~や。
…取り扱い注意のワックルと拳銃の扱いは、追々やな。
タラちゃんに、また暫しのお別れの挨拶をして家路に着いた。
夕方、リビングで師匠にお茶を淹れてもらって飲んでたら、ヤーサが入ってきた。
「ただいま戻りました。坊ちゃま、お嬢様。って、ちょっと、プーマ! あんた、ボーイが坊ちゃま達と一緒にお茶飲んでるってどういうことよ!」
ボーイの格好で私達の向かいに座ってお茶してる師匠に怒るヤーサ。
「ふん! お前達が帰ってきたんだから、俺はお役御免でお客様だ」
ソファでふんぞり返る師匠。
「どう見ても私達が帰ってくる前からそこに座ってたでしょうが!」
「俺はこいつらの師匠だからいいんだよ。それより、トク兄はどうしたんだ? 部屋か?」
「ダリアとイワンを連れて奥様とモモヂ様へ報告に行ったわ」
「えっ!あいつら、もうこっちに戻って来るのか?!」
「2人とも、こっちに戻りたがってたから、話があって早々に仕事を引き継いで、引っ越しの準備も万端で、私達が来るのを待ってたわ。引っ越し用の荷馬車に便乗できたから馬車代が浮いて助かったけど…その分、引っ越し作業を手伝わされたわね」
「ヤーサ、おかえりなさい。ダリアさんとイワンさんて、新しくここで働いてくれる人?」
聞き慣れへん名前が出てきたから訊いてみる。
「あっ、すみません。お嬢様。いきなりプーマが目に入ってしまって…失礼しました。…ええ、ダリアが新しいメイド頭で、イワンが主治医です。ダリアは私とプーマの幼馴染でプーマと同じ33歳。イワンはチヨネの幼馴染で28歳です。若いですが、医者としての腕前は問題ないとトク兄も言っています」
ヤーサが少し慌てた様子で教えてくれた。
「…確かに、仕事はまぁ出来るやつらだけどな」
師匠が苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
何でそんな顔すんのか訊こうとしたら、ガチャとドアが開き、
「3人とも揃ってるわね」
言いながら、お母様が入ってきた。
そして、その後ろから、
「あっ! プーマ兄! 本当にボーイしてたんだ!」
精悍な顔つき…なのにチェリーピンクの長髪男が満面の笑みで入ってきた。
『…黒髪か銀髪の七三オールバックで渋い声と喋り方で、もっと落ち着いてたらタイプやったのに…』
うっかり日本語で呟くと、
「メアリー、それはもう別人」
エリーが冷静にツッコんできた。
更に、あずき色のふわふわの髪をお団子ヘアにした背が高くて色っぽい女の人が入ってきて、
「イワン! 坊ちゃまとお嬢様への挨拶が先でしょうが!」
ベシッ!と長髪男をしばきながら言うた。
…ウチの人等ユルいから、新しく来た人もユルくて良かった。和むわ。
「ダリアさんとイワンさんですね。僕はこの家の長男でロンリーと申します。これから、宜しくお願い致します」
兄様が立ち上がって、先に挨拶した。
「妹のメアリーです。これから、宜しくお願い致します。こちらは私付きのメイド見習い予定のエリーです」
「今、お嬢様からご紹介に与りましたエリーです。まだメイドの仕事は何も覚えていないので、これからご指導ご鞭撻のほど、宜しくお願い致します」
私とエリーも立ち上がって挨拶した。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私はメイド頭をさせて頂くダリアです。さん、は不要です。ダリアとお呼びください。こちらこそ、宜しくお願い致します。至らぬ点がございましたら、遠慮なくご指摘いただけると助かります」
手をきっちりと揃えて、慣れた様子でお辞儀しはった。
「私は医師のイワンです。トクターさんの足元にも及ばない若輩者ではございますが、皆様が元気にお過ごしになれるよう力を尽くさせていただきます」
おっ、長髪の人もちゃんと挨拶しはった。
- ぶはっ! - 吹き出す声がした。
師匠が「あはははははは」と1人で笑ってる。
「プーマ! あなたね、いい加減にしなさい!」
ヤーサが、また叱りつけた。
「いや、悪い悪い。普段のこいつらを知ってるだけに…それに、初めてロンリーとメアリーに会った時のこと思い出して…本当にあの頃も今みたいに行儀良かったよな~。しかも、ロンリーでちゅ、とか、メアリーでしゅ、って、むちゃくちゃ可愛かったんだよ。それが今や…あはははは」
そう言って笑った後、
「ダリア、イワン、こいつら俺の弟子でかなり出来るからな。子供だと思って甘く見るなよ」
指で目尻の涙を拭き取りながら、師匠が自慢げに言った。
…そんなにちゃんと挨拶するウチらがオモロかったんか?! 師匠の赤ちゃん言葉モノマネの方が小恥ずかしくて笑えたんやけど。
っていうか、あんさんも、あの頃はウチらに丁寧に喋っとったがな!
「プーマの弟子なのに出来る子供達だから、何か訊かれたら子供に説明するような内容ではなく、詳細を丁寧に回答するように」
モモ爺が、失礼します、と礼をして入ってきて、言った。
師匠が、慌てて居住まいを正し、
「モモヂ様、酷い…」と呟いた。
ダリアとイワン、部屋は当面、ヤーサとトクター先生の部屋にそれぞれ居候。
荷解き…転入側がすぐに必要な物を箱から出して、空いた箱に転出側の当面使わない物を入れていく…そんな感じらしい。
2人とも2日後から、ウチで引継ぎしながら働き出した。
仕事内容、人間関係とも問題なさそ~や。モモ爺の人事選考、流石やな。
給料…どうしてるんやろ? お母様に訊いたら…研修期間ってことで少し安くて大丈夫って言うてもらえたらしい。良かった。2人共いい人や。




