7歳 シンリー(27歳) とある領主の長~い1日 = 疑問 =
「おっ、皆、ご苦労さん」
マール山公園から馬を飛ばして屋敷へ戻ると、客用の馬繋場に見覚えのある馬や馬車が停めてあったので、そこに繋がれている馬たちに労いの言葉を掛け、厩へと向かう。
港街の代表者たちの馬 ── 報告に来てくれて代表者もだが、遠方なのに1日に2回も往復させて本当申し訳ない。
「お帰りなさい、坊ちゃん」
乗っていたイケメン黒馬【ネーロ】を厩に置いて、裏口から急いで中へ入ると、リュージに頼まれたのか、ハッタリさんが出迎えてくれた。
俺が、自分ではなくナタリーや子供たちの所へ飛んで行くと分かっているからなんだろうが……こんな日ぐらい行かせてくれよ!
「詳しい報告は来客が引けてから行いますので、とりあえず “ 怪しい動きをした者や酷いケガを負った者はいなかったので、全員施設へ収容することになった ” とだけ伝えてください」
「そうですか。上手くいって良かったです」
手ぶらで戻ってもらうのは気が引けるので、取り急ぎリュージが知りたいであろうことを報告すると、いつも余裕たっぷりの笑顔をするハッタリさんが、ほんのちょっとぎこちない笑顔を向けてきた。
いつものように姿勢を正してはいるが、きっと凄く疲れているのだろう。
朝からずっと村にいて、監察員の皆に正体がバレないようにしながら行動していたうえ、リュージの護衛、そして、【影】の年長組として、スケサさんと共に村人の安全にも気を配りながら山を越えないといけなかったんだから無理もない。
「ふふっ……最後の一歩で油断して転んだ人がいましたけどね。あんなに大勢を連れての移動、大変だったでしょう。お疲れ様でした」
「いえ、村民の皆様は従順で周りに心配を掛けるようなことはなさいませんでしたから、それほど大変ではありませんでしたよ」
最初に到着した村人のことを思い出し、少し笑いながら労うと、さっきと同じようにぎこちない笑顔をされたのだが……。
何だろう? それとは別に少し引っ掛かる言い方だったような……?
「寧ろ、坊ちゃんの方が大変だったでしょう? 領民・商人・観光客と、大勢どころではない人数がいるのですから。お疲れ様でしたね」
ちょっと首を傾げたら、ハッタリさんが俺の頭にポンと手を置いて、心配そうな顔で労ってくれた。
なんだ、俺のことを気遣ってくれていたのか!
「そうなんですよ。怒り出した観光客がいたらしいし、自警団や憲兵団はもちろん領民にも何度もあちこち走り回ってもらって……仕方がないとは言え、ちょっと申し訳なくなりました ── って、俺が労われている場合じゃないんですよ! 子供たちはどこに?! リビングですか!?」
早く行って “ よく頑張った ” と思いっきり抱きしめてやらねば!
「いえ、殿下たちは応接室にて、奥様が地区の代表者たちとどのように話をなさっているのか、見学されております」
「え……」
当然、ロンリーたちのことを教えてくれると思ったのに、タロンたちの居場所を教えられた。
そうか……俺が預かったんだから、先にそっちを確認するべきだよな。それなのに……ちょっと忘れていたなんて言えない!
「そうですか。本当、勉強熱心な子供たちですね」
驚くフリをして、にっこりと笑ってみたが……ちょっとぎこちなく見えたかも。
と言うか、
「リュージもそこにいるんですか?」
アイツのことだから、領民の反応を見るために適当な理由をつけて同席しているに違いない。そう思いながら訊いたのだが……
「いえ。陛下は……ロンリー坊ちゃんとメアリーお嬢様とエリーと一緒に【聖女の館】で休んでおられると思います」
自分の子供たちではなく、ウチの子供たちと一緒にいるうえ、屋敷にはいないと教えられた。
は? 何だそれ?
「え? 何で我が家ではなく、【聖女の館】で休んでるんですか? 4人とも山を越えてきたんですよね?」
聖女の結界まで下りてきたのに、休むためにまた山を登るなんておかしくないか?
それに……“ 思います ” って、確定しないのも気になる。
そりゃ、ウチの子供たちのことだから、大人しく休んでいないかもしれないが……。
「その前に……アッシュ様はご一緒ではないのですか?」
答えを待っていたら、今の話と全く関係のない質問をしてきた。
「あの子は今、モモ爺と一緒です。かなり疲れたらしく抱っこしたモモ爺の腕の中で気持ち良さそうに寝てしまったので、俺だけ先に帰らせてもらいました。起こさないよう、ゆっくり帰ってくるでしょうから、到着するまで後30分ぐらい掛かると思います ── これでいいですか!」
この人が相手に押し問答しても無駄に時間を費やすだけなので、腹を立てながら素直に答えると、
「あ~……私の言い方がまずかったですね。陛下からアッシュ様を【聖女の館】へ連れて来るようにと申し付けられているので、少し焦ってしまいました。疲れている時に無駄に怒らせて申し訳ございません」
苦笑しながら後回しにした理由を言って、またもや労うように俺の頭をポンポンしてきた。
昔からリュージにはしないのに、俺にはしてくるんだよな……。
と言うか、ハッタリさんでも焦ることがあるのか!
「では、今から説明するので、そうやって大人しく、最後まで話を聞いてください」
驚いていたら、今度は頭をなでなでしてきた。
俺、27歳なんだが!?
「わかりましたから、さっさと話してください」
「あ、怒るのも禁止ですからね」
怒りたくなるような内容なのか!
そうして、訝しく思いながら大人しく話を聞くことにしたのだが ──
「実は……村人を送り届けた後、陛下が “ シンリーは報告書を書き上げないといけないし、使用人の皆さんは施設のお手伝いで疲れているだろうから、自分たちのことで気遣わせては申し訳ない ” と申されて ── 陛下と殿下たち、ロンリー坊ちゃんとメアリーお嬢様、そして、エリーとアッシュ様と私、計16名で【聖女の館】に泊まると言い、夕飯も向こうで食べると言って、スケサ兄にお好み焼きの材料を持ってくるように命じ、私とプーマとチヨネにはアッシュ様と殿下たちを【聖女の館】へ連れてくるように命じられたのです」
「はあ!?」
思った通りだったので、怒り心頭に発した。
なんでアイツがウチの子と夕飯を食べて外泊するんだ!
“ 今すぐに帰ってくるように言って来てください! ” とでも言って、目一杯怒鳴りたいところだが……ハッタリさんが悪いワケじゃないし……疲れている人に八つ当たりをするのは良くないな。
それにリュージが危惧する通り、俺は、あの子たちがいると一緒に過ごすことを優先して報告書の作成が遅くなるだろう。使用人の皆も……王家一行だけでも気を遣うのに、外食して帰ってきたら、いきなりエリーの兄なる者がいるんだから無茶苦茶 驚くだろうし……片足が不自由なのを見て “ どうすれば屋敷内で不自由なく暮らせるだろうか…… ” なんてことを考え始めて、ゆっくり眠れないかもしれない。
「わかりました……。使用人たちには “ 念のため今日は別邸に泊まってもらうことにした ” と言います。モモ爺とダリアとコークもそちらへ行っていることにしますので、屋敷で夕飯を食べた後、里で今後の作戦でも立ててください。【影】の皆さんがお集まりになられるでしょうから」
「その機転の早さ。さすがですね」
それが最善だと思えるので余計に腹が立つ! と思っていたら、ハッタリさんがニッコリと楽しそうに笑いかけてきた。いつもの余裕の笑顔だ。
俺が怒ってるのを分かってるくせに……。
「はぁ……。何を言ってるんですか。さすがなのは、俺が断れないようスケサさんに夕飯の準備をさせているリュージの方でしょう。本当、狡賢い ── なんて愚痴っていても仕方ありませんね。今から【聖女の館】へ行って、リュージにこちらであったことを報告して、ついでに子供たちを連れて帰ってきます。俺のことを心配しているようですが、アイツもエヴィス侯爵へ指示する内容を考えないといけないでしょうからね。夕飯まで子供たちは屋敷で預かりますよ」
報告についてはナタリーたちも一緒に1回で済ませたかったんだが、そうするのが1番だろう。
嘘の報告をさせようと思っていたアッシュも眠ってしまったからな……。
「あ、でしたら、私が行きますよ。アッシュ様もまだ暫くは到着なされないようですからね。坊ちゃんはその泥だけの服を着替えて、お茶でも召し上がっていてください」
早いに越したことはないと、くるりと振り返り、裏口の扉を開けようとしたら、ハッタリさんがポンと軽く肩に手を置いてきた。
「ありがとうございます。でも、俺が行きますよ。ハッタリさんはタロンたちを見ておいてください。来客が帰った後、ナタリーは報告内容をまとめないといけませんし、クロイも洗濯物を畳んだりしないといけないでしょうから、フォローを頼みます」
魔法官と司法官がすぐに動いてくれるのは予定外だったからな。戻るまでに少し時間が掛かるかもしれない。
「それなら大丈夫ですよ。領民の対応については、ダリアとコークが補佐しておりますし、干してあった洗濯物については、プーマとチヨネが回収して、各部屋へ片付けに行っていますから」
そうか! 皆も無事に帰ってきてくれたんだな!
「それなら、尚更、安心です!……っと、あれ? 今、イワン兄の名前が出てませんでしたよね?」
誰かケガをして里の方で手当てをしているのだろうか? それとも、本人がケガをして部屋で休んでいるとか……?
「イワンは陛下の指示でヨーシャネさんと一緒に施設のフォローに行きました」
「あ、そういうことですか! なら、なんの問題もありませんね! じゃ、ちょっと行って来ますので、モモ爺が帰ってきたら、そのうち戻ると伝えてください」
そう言って再び扉を開けようとしたら、今度はガシッ!っと、力を込めて肩を掴まれた。
「いえ、坊ちゃんはここにいて、モモヂ様がお戻りになられましたら、奥様も一緒に今後の領民への対応などをご相談ください。あっ! 先程の決定事項もお伝えくださいね。モモヂ様はご存知ありませんので」
ふむ。そうだな……。アッシュのこともあるし、明日の朝、使用人の皆に何て言って話すか、ちゃんと打ち合わせをしておかないと ── とは思うが!
「……ハッタリさん……どうしても俺を【聖女の館】へ行かせたくないようですが、一体、何なんですか?!」
さっきから何かおかしいんだよな。
俺とリュージが直接話す方が早いって、1番わかってるのはこの人のハズなのに……何で邪魔しようとするんだ?!
「あ、気付きましたか」
「一歩も動けなくなるほど強く掴まれたら、いくら俺でもわかりますよ!」
子供扱いをするにも程がある!
「なれば……何か事情があるのだと察して、大人しく待っていてくださいよ。子供じゃないんですから」
「嫌ですよ! 俺は今すぐあの子たちに会いたいんです!」
こんな時ばっかり大人扱いするなんて、ズルいぞ!
「理由については陛下からお話しいただきますので、先程言いましたように着替えて、こちらでお待ちください。では ── って、抱きつかないでください! 奥様や殿下たちに見られたらどうするつもりですか!」
「俺だって、こんなことしたくないですよ! でも、俺、ハッタリさんの肩を思いっきり掴めるほど、背が高くないからこうするしかないんです! と言うコトで ── 放して欲しかったら、今すぐその理由ってやつを話してください。そもそも……【聖女の館】へ行くなら、ここは通り道だし、行くならタロン達を一緒に連れて行くハズなんですよ。
それぐらいのことハッタリさんなら分かるハズなのに……わざわざいないと分かっている【聖女の館】へ確認に行く理由って何なんですか? それとも、何かここへ寄れなかった理由があるんでしょうか?」
よく考えたら明らかにおかしな状況だし、リュージに説明させるってことは、言ってもいいか悩むようなことがあるってことだ。
他のことならまだしも……ウチの子が絡むことで、これ以上秘密にされてたまるか!
強い決意と共に抱きついている腕にギュッと力を込める。
これだけガッツリ腕が回っていれば、如何なハッタリさんと言えど易々と外すことはできないハズ! 足も掛けたから万全だ!
「はぁ……わかりましたよ。お話しますので、とりあえず離れてください。キーモン領の領主がこんな……母親にしがみついている子猿みたいな格好をしてるなんて、誰にも知られたくありません」
よし! 初めてハッタリさんに勝ったぞ!
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