7歳 シンリー(27歳) とある領主の長~い1日 = 弟子 =
「僕のことは “ アッシュ ” と、呼び捨てにしてください」
「へ? ああ、もちろん、領民の前では呼び捨てにするよ。さっきは君が公爵令息だと知っている者しかいなかったから “ 様 ” 付けにしたんだ」
話があるなんて言うから何事かと思ったら、そんなことか。
「あの……それぐらい僕にだってわかりますよ。バカにしないでください」
わかりやすいように理由を説明したら、怒られた。
ん? じゃあ、どういうことだ?
「演技をしないといけないとか、そういうことではなく、エリーと同じように誰かが側にいなくても呼び捨てにして欲しいのです」
首を傾げると、わかりやすく例を挙げて説明してくれた。
「え、いや……エリーはまさか公爵家の血を引いているとは思わなかったからそうなっただけで……。寧ろエリーのことは “ セーラ嬢 ” と呼ばないといけないのではと……」
今気付いたが、そうするべきだよな。
「あ、それは絶対止めた方がいいです。自分はエリーだと言って怒り出すし、そう呼ばないと返事をしてくれません」
「そうなのか? しかし……私より高位の貴族の子供を呼び捨てにするのはなぁ」
いくら俺でも、それぐらいの常識はある。
「え、でも、アナスのことは呼び捨てにされていると聞きましたよ?」
「ああ、あれは、ヤーオイン伯爵 ―― ムロン様に頼まれたからなんだ」
「え! そうなのですか?」
「そうだよ。いくら失礼千万と言われている私でも、さすがに伯爵令息を呼び捨てにしたりしないぞ。あれはな、夫人のフレージュ……あ、これは友人だから呼び捨てにしてるんだが……アナスの母親が準男爵の中でも特に貴族の血が薄いということでな…」
「あ! それ、乳母から聞いたことがあります! フレージュ様の両親は貴族から生まれた平民でフレージュ様のお姉様とお兄様も平民だったのに、3番目の子供のフレージュ様は信仰心が篤かったから、神様が再び魔力を授けたって! だから僕も、ちゃんと魔力を授けてもらえるよう教会へ行って、その教えを学んで行動するようにしていました!」
う~ん……あまり大っぴらにする話でもないので言葉を濁して説明しようと思ったのだが、既に聞いていたのか……。
と言うか……だから、アッシュ君は周りの人にあんなに優しいんだな。
神の教え ── “ 人の痛みを知れ ” ──
安寧な世界を築くために必要なことだと思うし、それ自体は良い教えだと思っているが……
それを諭す神に、俺は不信感を覚えている。
フレージュの両親は優しくて、自分たちは子供ができなかったと言って寂しがっていた父方の伯父夫婦(平民)を自宅へ呼び、皆で仲良く畑仕事をしながら暮らしていたらしい。
それなのに ──
後先考えない神がフレージュに魔力を授けた所為で、フレージュは家族から引き離れ、同じ光の魔法使いである母方の伯母さんの家で暮らすことになってしまったんだ。そのウチの子が皆平民判定されたという理由で!
そこでどんな生活をしていたかまでは聞いていないが、幸せ一杯なんてことにはならなかっただろうし……人の痛みを知らないといけないのは神の方だと、俺は思うぞ!
それはまぁ、ムロンさんと出会えたから、今は幸せかもしれないが……いくらフレージュが自分のことを崇拝してくれているからって、それだけで平民に魔力を授けるなんて、本当、神様って信じられない!
「シンリー様、どうしました? もしかして、ご存知なかったとか……」
人に魔力を与えてくれる慈しみ深い神に、もっと深く考えろ! と怒っていたら、それが顔に出ていたようで……敬虔な信者が不安そうな顔で声を掛けてきた。
「いや、大丈夫だ! 私は同じ平民育ちだと言うコトで、フレージュ本人から聞いたから安心してくれ」
「それなら良いのですが……」
「すまない。アッシュ君が知っていると知って、ちょっとビックリしただけだ。でも、まぁ……それなら話は早い。今、君が言ったようにアナスの母親は平民だったからな。ムロン様の血がいくら濃くても、アナスとスリージュに魔力がない可能性がある ── と、ムロン様はそのように考えておられていてな。
アッシュ君もそうだったと思うが……高位貴族の子供は産まれたその日からずっと “ ○○様 ” と呼ばれ、同じ年頃の子供と遊ぶ時なんかも自分が優先されていただろう? それが……だ ── 10歳の誕生日を迎えたその日、魔力が無いと分かると周囲の態度が一変! “ ○○ ” と呼び捨てにされ、それまでは、どんな我儘を言っても笑顔で譲ってもらえていたのに、嫌な顔をされるようになって、他の子同様、順番待ちをしなくてはならなくなるんだ。
低位貴族の子供なんかは、小さな頃から互いに呼び捨てにしているからそれほどショックを受けることは無いが、高位貴族の子供はその落差に大きくショックを受け、閉じ籠ってしまう子も多いらしい。
ムロン様はそれを心配されていてな。アナスやスリージュがそうならないように、普段から差別をしないよう言い聞かせ、呼び捨てにも慣れるように、低位の者に対しても自分のことは呼び捨てにしてくれと言うように指導されていて……実際にそうしているのは私の子供たちだけのようだが……私にも “ あの子たちのことは、10歳になって貴族と分かるまでは呼び捨てにして欲しい ” と頼まれたんだよ」
「なるほど……そうだったんですね。でも、アナスなら大丈夫ですよ。威張り散らしたりしないし、皆に優しいですからね。神様が絶対に魔力を授けてくれますよ」
う~ん……メアリーのことを一方的にフッているが大丈夫だろうか……。
「でも、そうか……僕も5番目の子供だから魔力の血が薄まってるだろうし、僕の子供が5人とも魔力を持つ可能性は低いと言うコトですよね。ちゃんと神様に信仰を捧げるようにしないと」
え? 子供なのに、もう子供のことを考えているのか?! しっかりし過ぎだろ!
とは言え ──
「そうだな。公爵家の領主になるんだったら、そういうことも考えないとな……ってコトで、未来の公爵候補をアッシュ君と君付けで呼ぶだけでも失礼千万と言われそうなのに、呼び捨てになんかできないよ。私のことも普通にシンリー殿と呼んでくれ」
「あ……。シンリー様……すみません! 僕、シンリー様のことずっとバカな人だと思っていて……だから、殿下たちが “ シンリー様 ” と呼んでいても頑なに “ シンリー殿 ” なんて、普通の呼び方をしていたんです!」
話を戻したら、わざわざ言わなくてもいいことを言ってきた。
「え~っと、謝ることなんかないぞ。私が9歳の時なんか “ どうせ俺は肉体労働をするだけの労働者になるんだから ” って、勉強せずにそこらでふらふら遊んでたからな。6歳で外国語を話していたアッシュ君に比べれば、バカ以外の何者でもない」
まさか自分に貴族の血が流れているなんて、想像もしなかったからな。
「そんなことありません! シンリー様は一斉に動き始めた領民の様子を見てすぐに交通整理を指示されました! バカな人にそれができるとは思えません! それに……それを聞いた団員や領民の皆さんが、すぐに従い始めて……僕、感動しました! 本当に凄い統率力です!」
「え? あ、それは私ではなく、すぐに意図を理解して行動してくれる領民が凄いんだ。キーモンでは、事故を減らす為に学校の授業で “ 交通安全教育 ” なるモノを行なっていて、自警団員が馬車の前に飛び出して馬に踏まれそうになるのを見せたり、一緒に暴れ馬に乗せたり、混んでいる道で押し合い圧し合いの状態になったら、どれだけ危険なのかを体験させたりするらしくてな、口で説明されるよりも記憶に残るらしく、冷静に注意を促すことができれば、安全に配慮して行動してくれるんだ」
本当、学校教育って大事だよな。
「なるほど……。安全を確保したうえで疑似体験をするワケですね! あ、でも、それも素晴らしいですが、そうやって領民を立てるシンリー様も凄いです! 僕、両親が領民を褒めているところなんて、一度も見たことがありませんよ!」
「ふふっ……ありがとう。でもな、私が立てているワケじゃない。領民が私を立ててくれているんだよ」
立派な領主だと思ってくれているようだが、実は違うんだよなぁ。
「え? どういうことですか?」
「う~んと……なんと言うか……キーモンは男爵領だから、領主がころころ変わるだろ? その度に右往左往しなくてもいいよう、自分たちで代表者を決めて、決めた者の責任として、その代表者に協力して領地を盛り立てるという教えを説いていて……私のことも、生い立ちに同情してか “ 領主 ” というよりその “ 代表者 ” として扱ってもらっているようだ。おかげで、こんな私でも他国の者に領主として見てもらえている」
誰もが一目置くモモ爺が大袈裟と思えるほど俺を立ててくれたり、領民が “ 領主様と相談してから決めさせていただきます ” と言ってくれなかったら、先代のように “ え? あの人、領主だったんですか?! 適当に挨拶だけしてきてくれって言われたから、ギルド長ぐらいに思っていました! ” と、外国語で驚かれるところだ。
「ええっ! それってやっぱり凄いじゃないですか! 領主には、領主の子供に生まれたり、国王陛下お1人に気に入ってもらえればなることができますが、代表者になるにはたくさんの平民に気に入ってもらわないといけないんですよね? 僕の父は絶対になれませんよ!」
面接に来た外国人に “ 領主がこんな子供だとは思わなかった! ” と驚かれることはよくあったので、 “ 私もこの歳で領主になるとは思いませんでした ” と、相手の国の言葉で返したら、 “ 失礼いたしました! ” と、慌てて頭を下げられたりした ── そんなことを思い出していたら、俺よりも若い年齢で領主にさせられそうなアッシュ君が、目をキラキラさせながら俺を見てきた。
「それは、まぁ……確かに」
あの夫婦が多くの領民に慕われるとは思えない。
「何より、今の皆さんのとの遣り取り! 自警団や国から派遣されている方々が、各々の意見や最善だと思う案をどんどん話されていて、凄く気持ち良かったです! 僕の父なんて意味もなく威嚇して、意見を言わせませんからね!」
「そ、そうか? 」
議会の時は奥方が、がんがん俺に意見してきて、全然気持ち良くなかったが……。
「はい! それで、僕 思ったんです。シンリー様のような領主になろうって! だから、僕のことはアッシュと呼んで、色々教えてください!」
なるほど……親しいから呼び捨てにするんじゃなくて、師弟関係になるから、そのけじめとしての呼び捨てか……。
「わかったよ。陛下にも領主の仕事を教えるように頼まれているからな。しっかり学んで、領民と一緒にゲンブー領を楽しい領にしてくれ」
「ええっ! 陛下が?! さすが陛下……何故、聡明な陛下がシンリー様と懇意になされているのかと不思議に思っておりましたが……領主としての手腕を買っておられたのですね!」
いい感じに締めたのに、後半部分は聞いてもらえなかったようだ……。
と言うか ──
「おい! ついさっきまでの、私に対するリスペクトはどこへ行った!」
なんか俺ではなく、リュージの評価が上がってるんだが?!
「陛下の偉大さの後ろではないでしょうか?」
「私が小さいみたいに言うな!」
「大丈夫ですよ。シンリー様は僕の父よりは大きいですから」
「比較対象がアレなうえ、 “ は ” って何だ、 “ は ” って!」
「そんなことを気にするなんて……小さい方ですね……」
「言い方が、いちいち厭味なんだよ!」
「あ、そうだ。僕、シンリー様に相談したいことがあるんですが……」
「え? このタイミングで?!」
口論中だぞ!
「はい。ダメですか?」
「いや、まぁ、別にいいが……。一体、何だ?」
「僕、陛下から任務を授かっていたので、その結果を報告しないといけないと思うのですが……僕は泣いていただけで何もしてないんです……。何て言って報告すればいいですか……?」
さっきまで元気だったのに、いきなり泣きそうな顔になるのは反則だぞ!
お読みいただき、ありがとうございます。ペコリ