1歳 転生したっぽい
さっきからナースコールを探して、ごそごそ動かしてた手を見た。
よ~見たら……よ~見んでも、ぷにぷにや。そして、小っちゃい! むすんでひらいて……ワキワキしてみる。私の手ぇや。浮腫んでたんと違たんか!
んしょ。ちょっと熱っぽくてしんどいけど起き上がってみた。
座って足を見る。こっちも、ぷにぷにや。
あとは〜「メガネ、メガネ……やなくて~、鏡、鏡」呟きながら頭をキョロキョロして探す。
『ほら! ほら! 先生、今の! 今の聞きました!? この子、何か喋ってますよね!』
ひょっとしてオカン? が、先生の背中バンバン叩きながら言うたはる。
むっちゃハイテンションやな。
あっ! ドレッサー発見! これまたピンクいな~。
ベッドの端までハイハイ。うんしょ、うんしょ、くるりとお尻を外へ向けて~、そぉろぉ~っと足を下へ降ろ……そうとしたら、ガシッと後ろから腰を持たれて、その腕に抱っこされた。
うおっ! 男前のアップや! 七三に分けたサラサラの黒髪に、くっきり二重としっとり潤った黒い瞳。唇は薄めやけどぷるぷるしてる!
『本当ですね。しかも、いつもより元気な感じです』
ぷにぷにお手てでぷるぷる唇を触ってくる私に、ちょっと顔を背けて引いたはります。
『まだ少し熱がありますが、もう大丈夫だと思います』
そう言いながら、ベッドに寝かされる。
ちょっと何してくれてんの! もう1回、起き上がって鏡を目指す。
『ダメよ、メアリー。お熱が下がるまで大人しくねんねしてね』
布団をかけられてポンポンってされた。
……今は無理っぽいな。でも、自分がどうなってんのか気になる……。
『おにゃかしゅいた。いんごほちい』
麻酔の所為でも、外国語やから言えへんのでもない。歯ぁ少ないから喋られへんにゃ! 舌も上手く動かへんし!
『嘘っ! メアリーもう1回言って!』
『おにゃかしゅいた。いんごほちい』
『嘘っ! 嘘っ! メアリー、もしかしてお腹空いたの? リンゴが欲しいの?!』
うんうん、って頷く。
嘘って連発されたから部屋から追い出そうとしてんのバレたかと思うやん。
『先生っ!! この子にリンゴのすりおろしをあげてもいいでしょうか?! それともジュースにする方がいいですか?! それとも両方?!』
オカンのハイテンションが止まらない。
『あっ、はい。すりおろしで大丈夫です。飲み物は白湯をお願いします。……というか、昨日まで “ ウ~ ” と音が漏れるような感じで喉に問題があると思っていたのに……。しかも2歳児並みの言語力……』
オカンのテンションと私の喋りに、男前がむっちゃビックリしたはる。
で、私の口に手を伸ばして口の中を見ようとしてくる。
『やーー!』
って言うて、今度は私が顔を背ける。
『ちょっと、先生! メアリーを苛めないでくださいまし!』
『あっ、つい……すみません。ごめんね。え~と、元気になったらお口の中見せてね』
伸ばしてきた手で頭を撫でられた。
『それでは奥様。私は部屋に戻らせて頂きますので、何かございましたらお呼びください』
『はい、助かりますわ。それより早くヤーサに言って、すりおろしリンゴを用意してもらわなくっちゃ! あっ! 先生にも差し上げますわね!』
走り出しそうな勢いで、興奮したオカンが部屋を出て行った。
『すりおろされてないやつだといいな……』
呟きながら先生も出ていかはった。
よし! 作戦成功! 早速、布団から出てベッドの端へ移動すると、
『ダメ! ミャーリー、ねんね!』
クール君、いや、ロンリー君がいた。
だがしかし、この子に私を戻すほどの力は無い!
無視して、後ろ向きになり爪先をベッドの下へ伸ばす。
『ダメ! あぶゅないの!』
げえぇっ! 凄い勢いで両足を抱えられた! バランス崩してロンリー君共々、後ろにひっくり返る! バックドロップ! 頭をガード、って手ぇ届かへんし! 辛うじて片手で布団の端っこを一瞬握り、スピードを落とした状態でひっくり返った。
ロンリー君の顔の上に私のお尻が乗っかる。
ラッキースケベってやつやな。言うてる場合やない。
『らいじょ~う?』
横に転がってロンリー君から降りて訊く。
『ぼく、らいじょうぶ。ミャーリー、らいじょうぶ?』
ロンリー君が起き上がりながら、心配そうに訊いてくる。
『らいじょ~うらよ』
笑って答えた。
問題なさそうやから、立ち上ってドレッサーに向かう。
フラフラする。頭重い。熱の所為でも二日酔いでもない。
頭が重くて、水の入ったバケツを頭に乗せてるみたいにバランスが悪いんや。
歩くのは諦めてハイハイでドレッサーに向かう……が、ネグリジェが邪魔で進みづらい。
もぉっ! 障害物競争の網をくぐり抜けるように踠きながらネグリジェを脱いで、高速ハイハイで進む。
うりゃ、うりゃ、うりゃ〜! 退け退け~い!
『ミャーリー、おねちゅある、ダメ~』
ロンリー君が追いかけて来る。
ドレッサー……高いなぁ。見上げる。椅子に手ぇ伸ばして上がろうと思ったけど、握力 全然無いし上がれそうにない。はぁ~……年齢に合わせた家具にして欲しいもんや。
ぐるっと周り見渡しても他に鏡は見当たらへん。
あっ!
カーテンの隙間から窓ガラスに部屋が映ってんの見つけた。
今って、夜なんやな。
うりゃ、うりゃ~。またまたハイハイでベランダへと向かう。
到着。立ち上がってカーテンを捲る。
と、そこには! 暗い部屋をバッグに目を見開いてオムツ一丁で立つ ―― 紫色の髪のおかっぱで、目つきの悪い三白眼の幼児がいた。
名前的に女やと思うんやけど……一応お股をオムツ越しに触って確認してみる。うん……付いてへんと思う。
酷い。髪は女の命やのに染めるとか……。
「禿げたらどないしてくれんねん!」
実際には舌ったらずな関西弁で呟いた。
『ミャーリー、どうちたの? おねちゅ、ちゅらいの? らいじょうぶ?』
私がイライラしてんのが伝わったんか、私の顔を覗き込んで心配してくれるロンリー君を見る。目つき悪いし、たぶん、お兄ちゃんなんやろな。
私、死んだん確定で、外国に生まれ変わったみたいや……。
いや、待てよ……。日本に住んでる外国人の可能性もあるよな?
おりゃ! おりゃ! 外を見たくて窓を押してみる。
……開かへん。取っ手が中央にあるから引き戸ではないと思うんやけど……。やっぱ鍵かかってんのかな。取っ手に手ぇ届かへんから引くのは無理やし……。って思いながら、取っ手をジッと見上げると、その奥にあるモノが目に入ってきた。
え、嘘やん! そんなんありえへん!
窓の中央の窓枠をガンガン叩く。開いて!
『ミャーリー! たたいちゃダメ! おちょとでたいの?』
『うん』
『かあたまかヤータよんでくるから、まってて』
走って行ってくれたロンリー君を見送り、またガラス越しに空を見上げる。嘘や……。
『かあたま、はやく!』
『どうしたの、ロンリー?』
『はやくきて』
オカンを連れて来てくれた。
『ミャーリー、おちょとでたいって』
ロンリー君がこっちを指さした。
『メアリー! ちゃんとねんねしてないとダメじゃない!』
抱っこされて、ベッドに連れて行かれそうになる。
『やーっ! しょと! しょとにいくにょ。はにゃちてーー! まろあけてー!』
叫びながら、えい! えい! と手足をバタつかせて抵抗。
『メアリー、あなた、どうしたの? そんなにバルコニーに出たいの?』
『うん! おしょと、でう!』
『しょうがないわね……。まだ外は冷えるから少しだけよ』
そう言うて、私を抱っこしたまま横向きの取っ手をクルンと90度回して縦向きにして押し、窓を開けて外に連れていってくれた。
……。
窓に変なもんが映ってたわけやなかった。
満天の星が瞬く夜空には月が……2つあった。
青白い月と、その倍の大きさの、
『あかい……ちゅき』
『そうね。だいぶ赤くなってきたわね。レッドムーンは魔力も強まって、来月にはもっと赤くなるわよ』
オカンが私と一緒に空を見上げながら言った。
少し肌寒い空気の中、少し暖かい夜風が吹くと何処かから運ばれてきたピンク色の花びら達が2つの月に照らされながら、はらはらと舞い落ちてきた。
「ぅわぁーーーん!」
遠吠えをして狼に変身!……したわけでは勿論なく。
私は泣いた。恥ずかしげもなく、でっかい声で山ほど。
ひ~んひ~んって泣き、ふえぇぇぇって泣き、ゔえぇぇぇ~んって泣いた。
外国で生まれ変わっても日本に行ったら、家族、友達、同僚に会えると思ってた。姿が変わっても、お互いしか知らん黒歴史なんかを話したら分ってもらえて、生まれ変わった感想とか言うたり……また笑いながら話せる思てた。
でも、ここ、地球と違た。皆に2度と会えへん。
そう思ったら涙が止まらへんかった。
『メアリー! どうしたの?! また熱が出てきたのかしら……。ロンリー、先生を呼んできて!』
オカンが慌てて部屋の中に入って窓とカーテンを閉め、私を部屋の中にある篭に寝かせ ―― オムツの状態を見た。
一瞬、涙が止まりそうになった。が、それでもまだ溢れてきた。
『オムツではないわね』
そう言って、またオムツを着けなおされ抱っこされる。
先生が来て今度はベッドに寝かされた。
『熱は上がってないようです。どこか怪我でもしたのでしょうか?』
私のおでこに手を当てた先生が眉間に皺を寄せて言うと、
『ベッドおりる、くるん、なった。ミャーリー、らいじょうぶいった。らいじょうぶなかった。ぼく、ダメだった。ふえぇぇ~ん』
ロンリー君が自責の念に駆られて泣き出した。
オカンがそんなロンリー君を宥め、先生が私の体をチェックしていかはる。
『外傷や鬱血、腫れなども見当たりませんね。う~ん、どこか痛くて泣いてるという感じではないんですよね……。そう言えばお腹が空いてたようですが……リンゴはもう食べましたか?』
空腹で泣いてると思われた。
すぐに、すりおろしりんごが届き、上半身を起こした状態にされて口の前に運ばれる。
ぱくっ! 生温いリンゴを食べながら、ふぇん、ふぇん泣いた。
『食欲も問題なさそうですね。夜泣きの一種かもしれません。このまま寝かせてください』
先生が安心したように言うた。
『本当にそれで大丈夫ですか? この子、生まれてこの方、一度も泣いたことがなかったのですが……』
オカンは心配そう。
『そちらの方が問題でしたので、寧ろ今の方が健康ですよ』
先生がにっこり微笑んで出ていかはった。
『ヤーサ、今日は私がここで寝るわ。あなたは下がってもらって大丈夫よ。自分の部屋でおやすみなさい』
『畏まりました、奥様。さぁ、坊ちゃま、お部屋に戻りましょう』
『ぼくも! ぼくもここ! ミャーリーなく、いっちょねんねちゅる』
そんな会話を意識の遠くで聞きながら、
(人が産まれてすぐ泣くんは、前世の自分が死んだことを自覚して、大切な人らに会えんようになったことを知るからなんやな)
と思った。
ほんで、思いっきり泣いて前世のことを忘れて、また新たな人生を歩み始めんにゃ。
私も出遅れたけど……明日には前世のことを忘れて、この新しい場所で新しい人生を始めることになるんや。
これが最後になるんかと、前世の皆のことを思い出していく。
まだアカン! 気持ちに反し、遠のく意識。
……みんな……宇宙人ってホンマにいた……で………。
泣きながら寝落ちた。