3歳 お風呂
タラちゃんが教えてくれた通り進むと、登ってきた道に出た。
迷子になったって思った時、ずっと下ってけばええやろ思てたけど、途中で一回上がらなアカンとこがあったから、教えてもらっといて良かった。タラちゃん……ホンマ悪いことしてしもたな。
『この古道に樹ぃ生えてへんのって、タラちゃんが手入れしてたんかな?
喋れんの自分だけとか言うてたし、話し相手が来てくれんの待ってたんかもしれん』
朝、ぼうぼうに生えてた草がキレイに刈られてんの見て兄様が言うた。
うわぁ~、ホンマにゴメンやでタラちゃん!
自分のやらかしたことに凹みながら、兄様と2人でトボトボ歩く。
朝は木漏れ日を見てたけど、今は下を向いて自分の影を見てる。
兄様の影を見ると、頭ちょっとおかしかった。
……これはちょっと言い方、変えた方がいいな。
頭から何か飛び出してた。ちょっと怖いか。頭が変。……最初に戻ったな。
本体の兄様の頭を見る。朝、突っ込んだ、水色のお花が飛び出てた。
紫色のは無くなってる。自分の両耳の上を触ってみる。
両方とも、お花 無くなってた。ちょっと寂しいな。
『明日、タラちゃんとこ行くとき、タラちゃん色のお花探しながら行こ』
『せやな。黒いのは難しいから、赤いお花探そ。そしたら、手土産にお花追加やな』
『うん!……ん……なぁ、お兄ちゃん。タラちゃんが喜ぶお菓子って何やろ? “ 虫 ” とか……』
……。
『一応、クッキー持って行こ』
兄様が目を逸らして言うた。
『うん』
素直に頷いた。
途中から草刈りされてへん道になった。
だいぶ下ってきたから人の目につくのを避けたんかな?
『やっぱり、タラちゃん、大勢の人に見つかったら危ないよね?』
兄様に確認する。
『うん。しばらく黙っといた方がええやろな。今日、ちょっとモモ爺に魔獣のこと、訊いてみるわ』
『うん。私も一緒に聴く』
『それから、メアリーの魔法のことも訊いてみよ』
『そ~や! すっかり忘れてた! 私、魔法使えたんやった! 他にも使えんのかなぁ~。呪文一覧表とかあったら助かるんやけどな~』
何かやっぱり、わくわくするわ~。
ん? 何となく視線を感じて振り返ると、朝、通り抜けた緑のセロハン壁があった。
あれ? いつの間に通り抜けたんやろ? ちょうど草刈りがされてる所とされてない所の境目にあるから、そっちに意識もっていかれて壁に気付かへんかったんかな?
でもって、視線の主はタラちゃんやった。
隠れてる樹が細くて頭も尻も丸見えやけど、本人は隠れてるつもりっぽい。
タラちゃん……ちょっとオモロイわ。
家に着くと、まだ11時半やった。
『あっ! お弁当食べなアカンやん』
頼んで作ってもらったんや、美味しくいただかねば!
裏庭の水道で手ぇ洗って、チューリップの傍で布を広げて座り、リュックから出したバスケットの蓋を開け……絶句。
サンドイッチ、バラバラ事件発生や。思いっきり転んだしな……。
『僕のと半分交換しよ』
言うて兄様がキレイな状態のサンドイッチをくれた。
兄様の方は、ぎゅうぎゅうに詰まってたから型崩れせえへんかったみたいや。
正午、裏口横に置いてもらってる棒で、兄様がドアノッカーをゴンゴンと鳴らす。
「おっ! 坊ちゃん、嬢ちゃん、今日はお早いお帰りで」
すぐに使用人のリヨンが開けてくれた。
昼食の準備を終えて休憩中やったみたい。
「「 ただいま~ 」」
「サンドイッチ美味しかった!ありがと~!」
言いながら、空のバスケットを渡す。
兄様もお礼を言いながら渡し、
「リヨン。明日、朝から友達の所へ行くからクッキーとサンドイッチに3人×3回分ぐらいの茶葉を用意して欲しいんだけど……間に合うかな?」
早速、明日の準備開始。
「その内容なら余裕だな。8時には準備しておく。それにしても今日も泥だらけだな。街の大店の子供の方がよっぽど上品だぞ」
楽しそうに言いながら、裏口を閉めるリヨン。
「リヨンの方こそ、王都の大店を言葉遣いが悪くてクビにされたって聞いたよ。お給金、良かったんじゃないの? 口もだけど頭も悪いんだね」
兄様、ちょっと頬を膨らまして反撃!
「悪くて結構。おかげで、こんないい職場に恵まれて俺は幸せもんだね!
おっ、なんだこれ。可愛いな」
リヨンが兄様の頭のお花を摘まんだ。
「あっ、それ、メアリーにつけてもらったお花。もう一輪、紫色のがあるはずなんだけど……ついてない?」
兄様が頭を差し出す。頭を差し出すって何か変やな。
「紫と水色って……ホント仲いいな。ん~、土しかついてないな。どこかに落としたんだろ」
って言いながら、兄様の頭の土を払い、
「というか、2人とも、花は男から女に贈るものなんだぞ」
私の頭の土も払ってくれた。
「そんなの分かってるよ! 最初に僕がメアリーの髪に差してあげたの! そしたらメアリーが僕にもつけてくれたんだよ!」
兄様が憤慨して誤解を解く。で私の方を見て、
「メアリーのは両方とも落ちちゃったね」
私の耳の上の髪を撫でながら少し悲しそうに言うた。
「坊ちゃんが紳士なのは分かったよ。この花は預かっといてやるから、早く湯浴みしてこい」
リヨンが苦笑しながら言った。
てててっと小走りで部屋に戻って、着替えを持って浴室へ行く。
蛇口をえいっ! と捻って私達用のお風呂(大きな浅い桶、前世のビニールプールみたいなの)に水をジャー! っと注いで溜めていく。
その間に脱衣所で服を脱いでポイポイっと汚れ入れ用の篭に入れる。
桶に水が溜まったら、水をキュッ! と止めて、棚から好きな温度の書いてある石を選んで(今回は40℃の石)、「お湯」と、この魔道具用の呪文を言うてポチャンと桶に入れる。
ほどなくするとお湯張り完了。
小っちゃいアルミ製のタライでお湯を掬って、しゃがんだ兄様の頭の上から、じょぼじょぼ~っとゆっくりかける×3回。
交替して、今度は私がお湯をかけてもらって汚れを落とす。
それから、湯船にちゃぽんと浸かる。ふぃ~。いいお湯や~。
『お兄ちゃん、お湯、沁みるとこあらへんか? 治せてへんとこあったら治すしな』
遠慮して言うてへんかもしれんから訊いとく。
『大丈夫やで。メアリーの方こそ大丈夫か? 背中とか手の届かへんとこは僕が薬塗るし言いや。なんかあれやな……僕は全身、メアリーに治せてもらえんのに、メアリーは治せへんとこがあるって。メアリー損してんな』
兄様が自分のことのように、しょんぼりしてくれる。
昔、O型は皆に輸血できんのに他の血液型の人からは輸血してもらわれへんって聞いて、O型は損してるって思ったことあったな。
でも、それよりも蚊に1番噛まれるって方が嫌やったわぁ~。
初夏、頑張って長袖・長ズボンパジャマで寝たのに指 噛まれるって!! なんで半袖・半ズボンのA型に行かへんねん! おかしいやろ! 私の方が肉好きやからかっ?! って思ったもんや。
それはさておき、
『私、腕、柔らかいから大丈夫やで。ほら!』
って言うて、背中で合掌したり、対角線上に腕をもってきて右手と左手で握手。腕を反対にして同じように握手して見せた。
『え~何やそれ~?! 僕も……あれ? こっち向きは出来んのにこっちは出来へん……』
兄様がちょっとショックを受けてる。
握手が出来ひんだけで触ることは出来てるから大丈夫やと思うけど。
『手ぇ届いてるから、大丈夫やと思うけど、ちょっと姿勢意識した方がええかもしれんな。あと、朝のラジオ体操、本気でやらなアカンで』
エラそうに適当なアドバイスをした。悪くはならへんはず……。
『まぁ、私の背中はお兄ちゃんに預けるから安心やわ』
って言うと、
『ほんなら、僕の背中はメアリーに預けるし、よろしゅ~頼むで』
嬉しそうに言うてきた。
『よっしゃ! 任せときぃ~』
張り切ってそう言うたら、
『そ~いう言い方するから男前って言われんねんで。もっとこ~ “ お兄ちゃん、任せて! ” みたいに言われへんか?』
説教された。
充分に温まったらザバーっと湯船から上り、兄様が体と顔を石鹸でゴシゴシ洗っていく。
私は兄様の背中と頭をゴシゴシ洗い、洗い終わったら私が兄様にどば~からのじょぼじょぼ~て感じでお湯をかけて石鹸を洗い流す。
この辺で、もっかい蛇口を捻って水を足していく。
で、今度は私を2人で洗う。私の濯ぎが終わったら、水を止めて、再び温まってきた湯船に浸かる。
身体が温まったら石を持って湯船から出て、「解除」と魔法終了の呪文を言うて棚に戻す。
それから、桶の片側を2人で『いっせ~の~で』で持ち上げて、ザッバ~ンとお湯を流し、壁に斜めに立てかけて水が切れるようにしておく。
タオルで頭をわしゃわしゃと拭き、タオルを体にぽんぽんと当てて水気を吸い取ったら、少量のツバキ油を髪と体に塗ってなじませ、脱衣所へGo!
んしょ、んしょと着替えたら、湯浴み終了~!
はぁ……湯沸かし器とシャワー欲しいなぁ~。
まぁ、これはこれで腕の鍛錬になってええけどな。