4歳 抉(えぐ)るように打つべし
『タラちゃん、魔力いっぱいあるとこでしか生きていかれへんのに、どうやってここに来たん?』
エリーと兄様がレスリングしてんのを眺めながら…タラちゃんに訊いた。
『う~んとねぇ、あれは…入道雲がもくもくして太陽が照りつける真夏…やけど、山の上で涼しくて快適な森の中でのことやった…』
タラちゃんが再び回想を始めると、相手の出方を伺いながら、組み合った状態でぐるぐる回ってた兄様とエリーが慌てて席に戻った。
で、2人が喧嘩してる間に私が淹れたアイスティーをゴクゴク飲んで、私にお礼を言う。
それを見ながら、タラちゃんが話を再開。
『あの時は…そう…私の張った黄金比のファンタスティックな巣に、ちょっと大きいカメムシがかかって慌てふためいてたんや。私、むっちゃ嬉しかったけど…そこは落ち着いて…逃げられんようにゆっくり背中に近づいてん。ほんでガシッ! と取り押さえて、ガブッ! と毒牙でもって咬みついて鎮静化させた後で…ゆっくり堪能しながら、もしゃもしゃ食べた。
ほんで、満腹満腹ごっきげ~ん! って感じで…次は何処に私の芸術的な巣を張ろうかなって、ウロウロしてたら…エグルヨウニウツベシ! って言いながら、魔獣を殴り倒してこっち向かってくる人間が現れてん。
ちょっとビックリしてそっちに釘付けになってたら…目があってしもて…ズンズンこっちに来た! と、思ったら…いきなり光る手で掴まれて…そのまま、ここまで連れて来られてん。
で、ここって魔力 少ないやんかぁ。うわぁ、これアカン、息 出来ひんくて死ぬ~~! 思たんやけど、目の前に魔力の混じった血の入ったお皿を置かれてな…それ飲んだら、ちょっと元気になってん。
あ~良かったぁ。ってホッとしたんやけど…その途端、いきなり頭に刺さってた針をズボッ! と抜かれてな…激痛が走ったんやけど…イタイノイタイノトンデケ~って優しい声がして、柔らかくて心地良い光に包まれたと思ったら、もう痛くなくなってた。ほんで、何か頭も無茶苦茶、軽なっててな…私…ホンマ、ピョンピョン跳ね回るぐらい、むっちゃ嬉しなってん!
だから、マリちゃんが行方不明になった恋人の狩人さん探すついでに私を山に帰そうとしてくれた時、必死でくっついて離れへんようにしてん。
そしたら…モシカシテ、アノヒトノウマレカワリ?…って泣きながら呟いて、私を連れ帰ってくれはって…。
それからは、人間の言葉 話せるように…麦粒で作った魔道具の『翻訳機』を口の中に貼り付けて…喋れるようにしてくれたり、人間の血をむっちゃ不味く感じるようにしたり、魔力のないトコでも生きていける2/3魔獣にして魔獣の血 飲まんでもここで過ごせるように…してくれ…はった…』
タラちゃんが8つの目から涙をぽろぽろ溢れさせて…マリちゃんのアホ~。死ぬの早すぎやねん…言いながら泣き出した。
幼児3人でギュッ! て抱き締めて優しく、なでなで、なでなで、した。
しばらくそうしてたら、私のお腹がぐ~きゅるきゅるきゅる~って鳴いた。
タラちゃんが笑って、兄様とエリーが呆れた。
美味しいお弁当 食べた。タケットで飛び回ってちょっと運動。美味しいお菓子 食べながら、タラちゃんも一緒にトランプで遊んで、小石マジックを披露して…久々に広いお風呂に入って、のびのびした。
マリちゃん…天国に行ったかな…。それとも…また、どっかの星に生まれ変わって美味しいもん食べて、のんびりお風呂入ってるかな…。私みたいに幸せやとええな。
ぷかぷか浮いてる2つのおいどを眺めながら、そんなことを思った。
『『 ぶはっ! どっちの方が長かった?! 』』
お湯から顔を上げた兄様とエリーに訊かれる。
『…見えへんかった…』
言うたら2人に怒られた。2人が起き上がる時にあげた水飛沫が目に入ったんやからしゃ~ないやん!
家に帰って、晩ご飯のあと、またお風呂に入ってリビングでまったりしてたら、師匠が手紙を持ってやってきた。
ダリアがリビングの窓を開けると、
「モモヂ様も呼んでくれ」
窓から中に入ってダリアにそう言い、チラッと私の首と手首に視線を送ってから、いつものように私と兄様の間に無理矢理お尻を突っ込んで座る。
そうやって…電車の席に座ってくる大阪のおばちゃんを彷彿とさせた師匠、
「大丈夫そうだな」
って、私に言うて…ちょっと緊張しながら…私のほっぺに触って、反対のほっぺにキスして兄様に足でマッサージしてもらいだした。
「本当に大丈夫ですってば。師匠のことを嫌ったりしてませんから、いつも通りしてください」
まだ、ちょっと大丈夫やなさそうな師匠に笑顔で言うと、
「いや、まぁ、そうなんだが…」
と、まだ、遠慮がち。
もっかいソファーの背もたれの上に立ち上がって、お腹まですっぽり覆ってくれてるカボチャパンツの一つでも見せて、いつもの感じにさせたろか! 思たけど…お母様おるしな…。はしたない! 言うて怒られる。
しゃ~ないから、
「あ~、もぉ~、大好きだって言ってるじゃないですか!」
って言いながら、ほっぺにキスを返して、
「これで分かりましたか?」
って言うた。
師匠、ちょっとビックリしてから嬉しそうに目を細めて、今度は、いつもみたいに遠慮なく抱き締めながらキスをしてきた。
で、私の正面に座ってたエリーにデコピンされて、おでこを押さえながら、
「今度、お前のお父様の前でキスしてくれ」
楽しそうな顔して、そんなことを言うた。
なんで態々お父様を怒らせようとするんやろ。そんなに、お父様に構って欲しいんやろか…。
兄様に蹴られながら、エリーに額が赤くなるほど強力なデコピンされて楽しそうにし、お父様にまで殴られようとする…ドMな師匠。ある意味…怖い。
ノックの音がして、モモ爺とダリアとチヨネ姉さんが入ってきた。
3人とも幼児達と楽しそうに戯れてる師匠を見て嬉しそうに微笑まはった。
師匠って…何だかんだ皆から好かれてんねんな~…ほんま根っからの誑しや。
チヨネ姉さん、師匠よりも先にウチに来て…今日1日、里で留守番をしながら受けた各地からの報告内容をモモ爺へ伝えに来てた。近場の領に潜んでる【影】から早速、諜報員情報が上がってきてるらしい。聖女作戦を受けて、以前から掴んでた外見情報に加え、北風タイプ(脅迫して情報を得るタイプ)か? 太陽タイプ(懐柔して情報を得るタイプ)か? などの行動の情報も取り寄せ中や。
言うても、対象は17人で、うち、3人はゲンブー領以外の王都を囲む3つの公爵領、7人はネテマテ国の各辺境を統べる7つの侯爵領へ派遣されていて、残りの7人を王都と自領のゲンブー領で使役したはるそうや。
ダリアとチヨネ姉さんがお茶を淹れに行った。
その間に師匠が兄様とエリーに、
「今日は、修行できなくて悪かったな」
って言うてキスをして…お母様以外、みんな席移動。
幼児3人は、子供用ソファーに移動。さっきまで私達が座ってた…お母様の前のソファーにモモ爺と師匠。戻ってきたダリアがお母様の横。予備の椅子を師匠の横に置いてチヨネ姉さんが席に着いた。
◇◇
― 国王陛下が職業犬育成費の予算への組み込みを前向き回答 ―
師匠…吉報を齎した。
まだ、何の恩も売ってへんのに! しかも…犬がどんな風に働くか? 目で確認したワケでもないのに…お父様の簡単な説明だけで!
私が皆に説明した時なんか…1歳で舌ったらずやったこともあって…なかなか分かってもらえへんかって、むっちゃ大変やったのに…。
それにしても…結構すぐに陛下と謁見できるもんやねんな。師匠、珍しく王都の方に泊まって、昼過ぎに向こうを出たらしいから…お父様、月曜日の朝一に謁見の手続きして昼ぐらいまでにはお目通りが叶ったってことやん…。
ウチなんか、たかだか男爵領の領主やのに、時期によっては面会のスケジュール調整してんで。う~ん…お城には、いっぱい人いはって…ほとんど部下の人が応対して…陛下自身は暇なんかもしれんな。今回は未知の案件やったから、陛下まで話がいったんかも。
◇◇
― 聖女作戦 中止 ―
師匠、残念なお知らせも齎した。
それって、【オナセ作戦】も中止ってことやん! 兄様と三文芝居までやったと言うのに!
…エリーしか観てへんかったけど。
私以外のみんなが、むっちゃ安堵した。
「良かった…」
わざわざ立ち上がって私の方に来たお母様にギュッ! と抱きしめられる。
足止めの為にやろう! とは言えへん雰囲気や。…お金の都合が付いた今、作戦を実行する大義名分も無くなったし…こりゃ、本格的に逃亡生活準備しとかんとアカンな。
◇◇




