3歳 魔獣
『ねぇ~、ホンマにも~帰んの~?』
タラちゃんが寂しそうな感じで訊いてくる。
『うん、ちょっと来た道と違うとこに来てしもたから帰り道探さなアカンしな。帰るわ』
兄様が迷子を認めた。
『えっ、それやったら私、道分かるし。帰りも家の近くまで乗せてってあげるから、ウチに来て一緒にお茶でも飲みながら喋ろ』
『いや、でも、今日 会ったばっかりで、いきなり家に行くのはちょっと……』
タラちゃんのお誘いをやんわりお断りする兄様。
そ~やんな、いきなり蜘蛛の巣に連れていかれて『合っ掌~! いたぁ~だきぃ~ます! 』ってされたないしな。兄様、頑張れ~!
『え~も~、そんな遠慮せんとおいで~や~。家、ここからすぐやし。大丈夫、なんもせえへんから。終電もなくなったし、タクシー代ここからやと結構かかるで』
言いながら、タラちゃんが前足の先を兄様の肩に置いた。
『おいーーー! それ、絶対いただかれるやつやから! 帰るっ! 歩いてでも帰る! 』
『え、メアリー、急にどうしたん? 僕ら歩いてここまできたし、ちょっとニホンゴおかしいで。あと、タラちゃんが言うた “ シュウデン ” とか “ タクシー ” って僕わからんねんけど、メアリーは何かわかる?』
ハッ!
『ちょっとタラちゃん! 何でタラちゃんが終電とかタクシー知ってんの?!』
『え~~、何かは知らんけど、マリちゃんが異性を誘うときは、こう言うて肩に手を添えればええよ、って言うててん』
マリちゃんとやら! 蜘蛛に、何 教えてんねん! しかも、この誘い方!
『マリちゃんて、男やったんか?!』
『ううん。男 違うよ。マリちゃん、昔はめちゃ可愛いくてフリルとか似合う女の子やったで』
マリちゃん! 女やのに、なんでこの誘い方、薦めた!?
あれ? でも、今、昔って言うたな。性転換したんかな?
『昔って?』
『ん? 25歳ぐらいまでかなぁ。さすがに亡くなった時の91歳でフリルはキツいし』
『マリちゃん、結構 大往生やってんな』
『うん。人間の割には長生きやったよ~。だから、いっぱい喋れて、ネテマテ語もニホン語も教えてもらえた』
『へぇ~、マリちゃんに言葉教えてもらったんや~。蜘蛛に言葉教えるて、マリちゃんて優しかってんなぁ』
『うん。むっちゃ優しかったで~。私が知ってる限り、喋れる魔獣って私しかしらんしな。マリちゃんに会えてホンマ良かった思てんねん。
っていうか、ホンマ立ち話もなんやし、ウチ……言うても、マリちゃんが住んでた家やねんけど……ウチにきて喋ろ。
マリちゃん、魔法で家が埃だらけにならんようにしてたから、今も綺麗やし。お茶は自分らで淹れてもらわなアカンねんけど……。やっぱり嫌かな?』
さっきまでの強引さはなくなって、遠慮がちに言うてくる。
『タラちゃん、魔獣なん?!』
兄様がビックリ顔した。あっ、そういえば、今、そんなこと言うたな。
『って! えっ! 魔獣!!』
遅ればせながら、私もビックリ顔。
『ええ~! 今更?! こんな大きい蜘蛛、普通の蜘蛛ではおらんし、普通の蜘蛛やったら冬に死んでまうと思うから年齢訊くこと自体おかしいで。2人とも、まだ小さいから、そういう常識はわからへんのかな?』
タラちゃんが両前足を万歳して驚き、片方の前足先を顎に当てて顔を傾けて考えるポースをした。
『うん、普通に大きい蜘蛛がいるんやと思った』
兄様、普通に答えてる場合ちゃうで!
私も只のデカい蜘蛛やと思ってたし、もしかしたら昆虫しか食べへんのかもって思ってた。
でも魔獣は……
『魔獣って……人、食べるんやんな?』
兄様を背中に庇いながら、タラちゃんを睨む。
『メアちゃん……そんな顔せんといて』
悲しそうな声で言うてくる。けど、騙されへん!
『食べるんやんな!』
『うん、そうや……。魔獣は……人も動物も虫も食べるし……普通に共食いもするよ。でも! 私はマリちゃんに魔法で人間を食べられへんようにされてるし、私自身もマリちゃんに会ってから人間を食べたいとは思わへんようになった! ……信じてもらえへんかな?』
また悲しそうな感じの声で訊いてくる。
……わからん。魔獣に会ったん初めてやし、こんなに近くにいるとは思ってへんかったから、全然、情報も仕入れてへんし、魔獣の常識もわからん。
ホンマに喋れる魔獣はタラちゃんだけなんやろか?
実は、魔獣はみんな喋れて言葉巧みに人を騙して新鮮な状態で巣に持ち帰って食べるとか……。
喋れるんはマリちゃんから教わったんやなくて……マリちゃんを食べたから、その知識を手に入れられたとか……。
『メアちゃん……。無理そ~やね』
悲しそうに言うて、
『ねぇ、筆記具、持ってる?』
って訊いてきた。
『へっ? 持ってへんけど、何で?』
『もぉ~、帰り道 わからんにゃろ? 今から、ここに描くし、筆記具 持ってへんにゃったら、頭で覚えや~』
いきなり命と関係ないこと言われてビックリしてたら、今おるんがここな……って、地面に地図 描きながら説明し始めた。
ほんで、
『ほんなら私、先 行って2人が通ってきた道の草 刈っとくさかいな。気ぃ付けて帰りや』
静かにそう言うて、カサカサカサと8本足で歩き出した。
『タラちゃん! また会いたい時は、ここに来たらええの?』
兄様が大きい声で呼び止めて訊くと、足を止めて振り向き、
『ううん。ここより、道のどんつきのとこ。最初に、シールドを触ったとこで、また触って揺らしてくれたらええよ。
……また会えたら嬉しいし、落ち着いたら来てね。ほんなら、またね』
ちょっとだけ元気な声になったタラちゃん。
カサカサと足音を立てて去って行かはった。
『あの、ぼよんぼよんしてたんシールドなんや〜』
兄様が明るく言う。
『お兄ちゃんはタラちゃんのこと信じんの? 怖ないん?』
『う~ん、せやな。最初はむっちゃ怖かったけど、今は怖ないで』
『なんで? 魔獣やで?』
『ん~、そうやねんけど……。え~とな、メアリーが魔法の呪文唱えた時やねんけど、タラちゃんがな、優しくて大好きって言うたんや。
でもな、よ~考えたら呪文自体はそんな優しい言葉やないやん?
でも、タラちゃんはそう言うたし、僕も同しように思た。
メアリーの手ぇから出た光が温かくて優しかったっていうのもあるけど、なんていうか……それよりも、その言葉を言うてくれる気持ちが嬉しかったんや。
だからな、タラちゃんもマリちゃんに治してもらった時に同しように思ったんかな? って思ったら怖くなくなった。
それに、その後も魔法を続けたメアリーのこと心配してくれてたし、いい人……やなくて、いい蜘蛛やな……て思た』
兄様がニコニコ笑いながら言うた。
そ~言えば、そ~やった。魔力に気ぃとられて、タラちゃんが心配してくれたこと忘れてた……。
『それから、メアリーと話してる時のタラちゃん。表情はわからんけど、声がむっちゃ楽しそうやったし、メアリーも普通に楽しそうに話してるように見えたで』
『楽しい言うか、なんやろ…うん…なんかホンマに普通に話してくるし、私も遠慮なく喋れた。……どうしよ、お兄ちゃん。私、タラちゃんに酷いことしてしもた。今から謝りに行ってくる!』
『ちょい待ち! 』
走り出そうとしたら、兄様に腕を掴まれた。
『今日はもう帰んで。ほら、この布も片付けんと。傷は治ったけど服に土とか血ぃ付いてるし、こんなんで人様の家に行くわけにいかへんやろ。
明日、ちゃんと手土産と茶葉持って伺お』
『家には入らんでも、玄関先で謝るぐらいはしときたい』
『あのタラちゃんが、玄関先で、ほなさいならって言うわけないやん。僕も謝りたいし、明日、2人で謝ろ』
『お兄ちゃんが何、謝るん?』
『ん~、さっき、なんのフォローもせえへんかったことやな』
『フォロー? どゆこと?』
『ん、だから、さっき、メアリーが僕のこと必死に庇ってくれてんのが嬉しくて、タラちゃんが悲しそうなん放置してしもた。今、メアリーに言うたこと、さっき言うてたらタラちゃんも、もっと元気に帰れたかもしれん』
そう言うと、兄様がレジャーシートをパンパンと叩いて土を落とし始めた。……それやと埒が明かん。
『私がこっちとこっちの端っこ持つから、お兄ちゃんはそっちとそっちの端っこ持って広げて。ほな、いくで~』
そう指示して、手首を上下に振って布をわっさわっさと、はためかして土を落とす。
ほんで、ててててと兄様の方に移動して端っこを合わせて半分に折り畳み、もっかい、端っこを持ってはためかせる…Repeat。
そうして小さく折り畳みリュックになおす。
『じゃあ、今日は帰ろか~』
諦めて言うと、
『せやな。帰ろ、帰ろ。さすがに千年前の茶葉でお茶したくないしな』
って兄様が清々しい顔をして言うた。
ん?
『お兄ちゃん……色々、言うてたけど、正味な話、賞味期限切れの茶葉が怖かったんやな』
白い目で見たら、
『……ちゃうからな! それは3番目ぐらいの理由やからな!』
言いながら、抱きしめてきた……。どうちゃうんか? 訊いたろかな。