4歳 更なる、もう一つの作戦
足止め作戦No.4に隠された、もう一つの作戦【育成費用 獲得作戦】を聞いて、一瞬、ポカーンとするみんな。
「あ、メアリーが誘拐された暁には、自警団犬や救助犬に活躍してもらって周囲にも諜報員にも職業犬の素晴らしさをアピールします」
お父様が、そう付け加えて言うと、ハッと我に返り、
「ふざけんな! お前、そんなことで、こんな小さな子を危険にさらすのか!? もし誘拐されたら…何をされるか分からないんだぞ!」
私を指差しながら、師匠がお父様を怒鳴りつけた。いつものふざけた感じやなくて、本気で怒ったはる…ビックリや。
「メアリーのことを聖女だと思ってるからこそ連れ去るので…乱暴な扱いはしない…はずです。子供の魔法使いほど危険なものはありませんから…。まして属性が複数あって、どんな魔法を使うか分からない聖女ですから…対処のしようもないと思います。だから…メアリーに逃げられないように…ご機嫌を取りながら連れ出そうとするはずです…」
…ゆっくりと…自分にも言い聞かすようにお父様が言うと、
「それ以前に…お嬢様が聖女なのか確信がないまま連れ出すでしょうか? 目の前で物体の入れ替えをするように言ってくると思いますよ」
と、ダリアが眉間に皺を寄せながら言うた。ので、
「大丈夫! その時も、こんな風に…ごめんあそばせ。お父様に人前でやっちゃダメって言われておりますの…って、聖女っぽく言って回避するから!」
しおらしく聖女用のセリフを言って、ニッと笑って自信満々に言うた。
…………。
何かシーンとなった。皆が私の方をビックリした表情で見てる。
あれ? もしかして…今の…むっちゃ聖女っぽかった!?
と、喜んだのも束の間…
「お前はバカか!」
そう言って、師匠が席を立ち、ずかずかとこっちに来てソファーに座ってる私の前に仁王立ちした。
ほんで…
私の手首をガッ! と掴むと、そのまま上に上げて…ぷらーんと私を持ち上げた。
…五十肩やなくても…痛い…。肩が抜けへんようにグッと力を入れる。
これ…地球人の幼児やったら、肘 抜けるで。幼児の腕は引っ張ったらアカン!
「「 師匠! 」」
下の方から両隣に座ってた兄様とエリーの驚く声が聞こえる。
「あんた、何やってんだ!」
お父様が怒鳴ってこっちに来る。モモ爺とイワン先生、ダリアにクロイも来た。
そして、いつも落ち着いてるお母様も立ち上がってる。
「いつまでも魔法を使わなかったら…嫌でも魔法を使うように…何も知らない下っ端の奴に命令して、こういうことをさせるかもしれない。これでも魔法を使わないなら…こうやって…もっと酷いことをするかもしれない」
言いながら、私の首を絞めて、
「それでもお前は笑っていられるか?」
と言う師匠。
「…笑って…いられません…ね」
すぐに緩められた大きな手を…小っちゃい手で首から外しながら言うて、その小っちゃい手で師匠の頭を抱きしめると…手首を掴んでた手も離されたので、その手も師匠の頭に回してギュッ!と両手で抱き締める。
師匠が私の体を両手で支えて落ちひんようにしてくれた。
…だだ泣きしながら…。
…師匠…私を片手で持ち上げてから…涙 流しっぱなしや。お父様を始め、みんなも…師匠を止める手を止めてる。
「お前は…悪い奴等を知らなさすぎる。世の中には子供を動物以下として扱う奴だっているんだ…そんな目に遭うかもしれないって時に笑うな」
泣きながら囁くような声で言う師匠に、
「はい」
と殊勝な返事をすると、
「乱暴なことをして悪かった…」
言うて、師匠がギュッ!と抱きしめてきた。
…ホンマ…こんなん虐待で通報やで。
「修行以外の時に兄様とエリーに同じことをしたら、師匠のこと嫌いになりますからね」
こんなんされたらトラウマになるわ。って思いながら言うたら、
「…しない…お前にも二度としない」
私の筋肉質なお腹に顔を埋めて涙声で師匠が言うた。
「師匠がやったことは許せませんが、私も同じ気持ちです。お嬢様は危機意識が低すぎます」
「本当に…キーモン領でしか生活をしたことがないので仕方がないのかもしれませんが…笑ってするような話ではありませんよお嬢様」
クロイとダリアにも怒られる。周りの皆も頷いてる。
あやや~、いざとなったら魔法使えばいいか…って思ってたからな…。危機感、薄れてたわ…。
よ~考えたら…4歳の子が誘拐される話とかしてるんやもんな…そりゃ、無茶苦茶 心配するわ。私も…兄様とかエリーがやるって言うたら…絶対 止めるな。
「ごめんなさい。真面目にやります」
殊勝な感じで言うたら、
「だから…お前がやる必要はないと言ってるだろ」
師匠が泣きながらお腹の所で言うてきた。
「…そうもいかないんですよ。本当なら、麻薬探知犬の育成所立地のための土地を提供するだけで良かったのに…救助犬や盲導犬の育成、それから…働くワンワン王国建国と…多額の領費を使う提案をしたのは私なので…」
むっちゃ気楽に…な。獣医さんとか合宿所作りとか…職業犬に向かへん犬達のこととか…そんなん頭に無かった…。働くワンワン王国も…大きな犬を檻に入れて見せるより、活き活きと動いている姿を見せる方がいいやろ、ってことで…ペットショップレベルから、えらい大規模になことになってしもた…。
「メアリー、お前…そんなことを気にして引き受けたのか…」
お父様が師匠の頭の上にある私の顔を見上げて…少しビックリした顔して言うた。ほんで、
「いいか、お前が案を出したからと言って、お前が責任を感じる必要は無い。やる、やらない、と決断した時点で責任は父様に移るんだ」
と…呆れながら言うて…さらに、
「お前は面白いことを思いつくからな。お前が責任を気にして、何も言わなくなる。そのことの方が、よっぽど困るんだぞ」
と、いたずらっぽい笑顔で言うてきた。
で、ふぅ…と、一息つく お父様。
「よし!」
と元気よく言うたかと思うと、皆をグルっと見回し、
「この作戦は止める!」
って言うた!
「はあっ?! 何 言ってんの、お父様!」
突然の中止宣言に思わず声を上げる。
「父様は、この作戦を…上手くいけば目付け物…ぐらいに思っている。が、お前は…聖女だって思われなかった場合、責任を感じて悩みそうだからな…。聖女と見られる為に悩むなら、お嬢様修行になって良いが…責任について悩むなら…NO! だ」
元々…100%気乗りしてた作戦でもなかったからか…ちょっと清々しい顔して言うお父様。
…アカン!! それやとアカンねん!! 中止されたら…
更なる、もう一つの作戦…
【聖女やと思ったら、只の悪戯好きの器用な女の子やった、と世の中に知らしめ…うっかり魔法を使ってる所を見られても…また嬢ちゃんが何か技を使って悪戯しとんで、と思ってもらう作戦】
名付けて…
【狼少年ならぬ聖少女 作戦】
略して…
【オナセ作戦】~ツッコミ言葉・オナセってなんやねん! を添えて~
が、ポシャってしまう!
◇◇
お父様と密談したその日の夜…子供部屋のラグの上に座って兄様とエリーに、この作戦を伝えた。事前に言うたんは、お父様の作戦の話が出た時にビックリして反対せんようするためや。
『そんなんアカン! メアリー、分かってるか? 誘拐言うたら…後ろからいきなり猿轡噛まされて麻袋を被せられるんやで! そんなん絶対チクチクするからな!』
と…それは確かに嫌やな…な心配を兄様にされながら、まぁ待て…って言うて、
『…とまぁ、普段、構って欲しいが為に話 盛ったり、嘘 言うてたら…ホンマのこと言うても信じてもらわれへんようになんねん』
と、嘘つき狼少年の話をした上で【オナセ作戦】を説明したら、
『アレやな…一度、容疑者になって容疑を晴らしたら、同じ件では疑われへんようになるっていうヤツやな。ランスロ様も危うくそれで騙されるとこやったんや。あそこで、奥様がヒントワードを口にせえへんかったら迷宮入りになるとこやった。ホンマ危ないとこやで』
愛読本【魔王ランスロの検挙録】で得た知識に例え直して、エリーが納得してくれた。
『チクチクしたり…他に何かされたとしても…ホンマの魔法があるし大丈夫や! 誤魔化すために…(ゴソ)…コレも用意したしな』
そう言うて、魔法発動時と同じ色の光を放つ照明石をポケットから出して、兄様に見せたら、
『あっ! また、下で魔道具作ったな! 倒れるからアカン言うてるやろ!』
心配性の兄様に怒られた…。
『これは簡単やから1発で出来たし、大丈夫ですぅ~』
ちょっと馬鹿にするような口調で言い返すと、
『アホか! そんなことして…』
って言うて、フッ…と口の端を上げて笑い、立ち上がって、
『いざという時に魔法使えへんかったらどーすんねん』
と…ちょっと棒読みで…下手な芝居を仕掛けてくる兄様。
『…え…それって…お兄ちゃんも【オナセ作戦】に賛成ってこと?』
兄様に合わせて立ち上がり…両手を口に当て、目を見開き…驚いた表情をして言うと、
『ふん。しゃ~ないしな。ど~せ、止めてもやるんやろ』
ちょっとノってきた兄様。両手を腰に当てて、顔を横に向け…照れた様子を演出しながら言うた。
『さすがお兄ちゃん! 私のことよく分かってんな! 大好きやで!』
これが狙いなんやな。思いながら、兄様に抱きつくと、
『危ないと思った時は、すぐに魔法 使うんやで』
素のモードで心配して言うてきた。
…兄様…こういうとこカッコええわぁ~。
思てる横で、
『なんやこの三文芝居! 全然おもんないんじゃーー!』
座ってるエリーが…ぅぉおら〜っ! と、ちゃぶ台ひっくり返すジェスチャーしながら…ぷんすかして言うた。
いったい…どんな会話したら、こんなジェスチャーまで教えることになるんや…タラちゃん…。
◇◇
そうやって準備もしたのに…まさか自分の失言で中止にされるとか…アカンがな!
何より…、
「お父様のバカ! お父様は領主なんだよ! 私のことより、領民のことを考えないと! 国費を掠め取って、働くワンワン王国もそれなりに上手くやって収支を±0にすることが出来れば…育成費用に回していた領費を…別の事業に使えるんだよ!」
ってことや。
私の言葉を聞いて、清々しい表情から一転、眉尻を下げて困惑した表情になるお父様。
よし、もう一押しや!
「仕上がった職業犬を売るだけじゃ、育成の費用を補えないよ! 職業犬の値段に上乗せするとしても…高すぎたら…そこまでしてまで要らない、と売れなくなっちゃうんだからね! このチャンスを逃したらダメだよ! 取り敢えず、やろう!! 失敗したところでマイナスになることは無いんだから! お金がかからない作戦だし、やらないと損だよ!…私…やれることがあるのに何もしないで、のんびりしてる方が責任感に苛まれるよ。せめて…失敗するとしても…私は一所懸命なんとかしようとした! という気持ちにさせてよ!」
私がズバババッ! と言うと…お父様がハッ!として、私を見た。
…大袈裟に言うてるけど…やることって、ただの石の差し替えや…。
お父様の目に再び光が宿った! うっし! こっちはオッケー!
あとは…っと、
「それに…王都や他の領でやるんだったら危険かもしれないけど…ここ、キーモン領には頼りになる【影】がいっぱいいるんだから! 大丈夫だよ!」
私が力強く言うと、私のお腹の締め付けが強まった。
他の【影】の面々も…ちょっと気合いの入った表情になる。
おまけのクロイまで…。
クロイ…あんたは【影】やの~て、ただの執事やろ…。そっちグループに入ったらアカンがな。領の為やなくて、ちゃんとポップン家の為に働いてや~。




