3歳 祝!初魔法
1時間ぐらい歩いたところで……道がなくなった!
替わりに奥へ向かってではなく横向きに石畳が現れた。
で、その石畳を境に、いきなり鬱蒼とした森が目の前に広がってる。
なんやこれ?
『う~ん、道の先は暗い森やけど、道の途切れ方が不自然なんが気になるなぁ~。行ってみる?』
兄様に訊いてみる。
『せやなぁ~。ちょっとだけ行ってみよか。ちょっとだけな』
兄様、好奇心と恐怖心の狭間やな。
意を決して手を繋いで進んだ。
そやのに……3歩進んだところで、ボヨ~ン! とトランポリンのネットみたいに体が弾き返され、兄様と2人で尻餅をついた。
『ほえ? 何や今の?』
『ボヨ~ンてなったねぇ~』
兄様と2人でキョトンとなった。
う~ん……目の前に柔らかい樹があるわけやない。普通に空間があるだけや。
兄様が立ち上がって何もない空間に手を伸ばし、ぼよんぼよんってしてる。パントマイムみたいやな。
私も手を伸ばす。ぼよんぼよん。何かゴムみたいな感触がする。
触りながらちょっと走って横に移動してみる。……続いてる。
透明ゴムの壁……?
あれ? この透明ゴム壁の前、全然 樹ぃ生えてへんし、平坦な小道みたいになってんな。
タタタター。壁を触りながら走ってみる。
兄様も『どこまで続いてるんやろ?』言いながら、ついてくる。
そうして、足元と手の感触に気を付けながら走ってたら、上からカサッって音がした。
ん? と何も考えんと上を見る。
「「 うわーーーーーーーっ!!! 」」
2人とも叫んだ。
固まって上を見上げてる私の腕を兄様が掴み、2人で山を滑降する。
転んだり滑ってお尻を打ったりしながら……逃げる! 逃げる!! 逃げる!!!
はぁはぁ……陽がいっぱい差し込んでる明るい所へ出た。
はぁはぁ……上を見上げて、ついてきてへんか確認する。
はぁはぁ……大丈夫みたいや。
崩れ落ちるように、その場に座り込む。
『さっきのん……はぁはぁ……蜘蛛やんなぁ?』
一瞬しか見てへんけど、たぶんそうやと思う。
『うん。はぁはぁ……ウチの玄関扉ぐらいの大きさやったけど……蜘蛛やった』
兄様も息が上がってんな。
さっきのん……タランチュラみたいな毛がもさもさの黒と赤の縞模様のバカでかい蜘蛛で、真っ黒の目ぇ? がいっぱいあって、前足? をこっちに振り上げてた。
はぁ~~も~~ホンマ、マジで死ぬか思ったわ。
この星、あんなんもおるんや~。むっちゃ怖いやん!
ちゅ~か~もぉ、ホンマ毒々しかった。せめて全身 赤かったら茹でた毛ガニに見えんこともないこともないのにぃ~~。
『お兄ちゃん、腕、引っ張ってくれてありがと~な』
命の恩人にお礼を言う。
『ううん。それより、ケガ大丈夫か?』
『うん。全然、大丈夫やで~』
『そっか。ほんなら、もう少し休んだら、帰ろな』
こういう時はニコッと笑う兄様が真顔で言うた。
で、周りをキョロキョロ見てる。
兄様……気丈に振る舞ってるけど、ちょっと震えてんな。
……蜘蛛が怖い……のは勿論やけど、もひとつ問題が発生したもんな~。
ぶっちゃけ、今、私ら迷子や。
上にいた時、横に移動して適当に降りてきたからな。
登ってきた古道がどこにあるか分からん。子供の足で1時間ほど登っただけやから、たぶん、すぐに下山できるとは思うけど。
こういう、親がいぃひん時にアクシデントが発生するとお兄ちゃんとかお姉ちゃんは大変や。
自分一人やったら泣けるけど、弟や妹がいたら弱音吐いたり泣くわけにいかへんしな。お父さんやお母さんみたいに頼りになる人になって、弟や妹を不安にさせへんよ~にしながら守らなアカン。
まぁ逆に弟妹がいると心細さがなくて助かったりもするんやけどな。
前世では姉やったから、妹の立場になったん初めてやけど、もしかして妹や弟には強がってんのバレバレやったんやろか……。
一生懸命 頑張ってくれてる兄様のおかげで、こっちはちょっと余裕がでてくる。
『お兄ちゃんが一緒やったらどこでも安心や』
笑いながら言うて手を繋ぐ。
『うん』
言うて神妙な顔で手を握り返す兄様。
妹は気楽でええよな~とでも思てるんやろか、いや、そんなこと思う余裕すらないかも。
『ほな、そろそろ帰ろか』
今ので私も大丈夫やって思ったみたいで、兄様が立ち上がる。
ん? あれ?
『ちょっとお兄ちゃん! 足、ケガしてるやん!』
足首のとこ、靴下に血が滲んでた。
『あぁ、大丈夫やで』
『大丈夫ちゃうて、血ぃ、いっぱい出てんのちゃうん!?』
『そんなん言うたら、メアリーかて手のひら傷だらけで血ぃ出てるやん』
『こんなんすぐ治るし! とりあえず靴下めくるからな!……ヒャー!』
兄様の靴下をめくると靴下破れてて、足首切れたとこから血がどばどば出てきてる! 見てるこっちが痛い!
慌ててリュックを下ろして、レジャーシート(只の大きな布)を広げる。
兄様にもリュックを下ろしてもらって、山頂側に足を向けてもらって寝っ転がってもらう。水筒のお茶で傷口を洗って、私のハンカチを傷口に乗せて、兄様のハンカチを広げて、傷の幅に合わせて細長く折り私のハンカチの上から被せて傷口の反対側でギュッと結ぶ。で、傷口の上を手でも押さえると、兄様が「痛っ!」って小さい声で言うた。
ほら、やっぱり痛いんやん、もぉ! 兄様はやせ我慢しすぎや。
こういう時は、アレやな。
『痛いの痛いの飛んでけ~』
傷口 早よ塞がって~! 思いながら、定型句を言うた。
ん? 何や? 何か変な感じ?
思た瞬間……ポゥ~って、手で押さえてたとこがほんのり光った。
なにごと?
「メアリー! 後ろ!」
叫んだ兄様が、起き上がって私を背中に庇ってきた。
振り返ると……さっきの蜘蛛がいた!!
ギュッて全身に力が入って体が竦んでしまう。
『今のん、もっかい言うて』
………声がする。
『あれ? わからへん? そんなことないやんな。さっき、この言葉喋ってたやんな』
………。
『あれ? ほんなら「もう1度、今の言葉を言って下さい」こっちでええか?』
………。
『えっ? ちょっと聞こえてる?』
………。
『え? ホンマに聞こえてへんの? やっぱ、人間も私みたいに体中の毛から音を聞き取れるように進化した方がええんちゃうやろか?』
!
『その毛ぇ、耳やったんかーーっ!』
思わず声をあげてしもた。
『なんや、ちゃんと聞こえてんにゃんもぉ~。久々に喋って、こっちも緊張してんねんから、早よ反応して欲しいわぁ~』
おいおいおいおい~!
『なんやてー! そんなん言われたかて、こっちもいきなり巨大蜘蛛にバック取られて死ぬ思たんや! まだ3歳やから走馬灯、一瞬すぎて見たかどうかもわからんわ! しかも、喋られへん思てる蜘蛛から話しかけられて、むっちゃパニくって喋るどころちゃうっちゅ~ねん! しかも日本語て! どないなってんねん!』
一気にまくし立てた。
『メアリー、落ち着いて』
兄様が私を背中に庇ったまま言う。
『あ~そうか。久々に懐かしい言葉 聞いたから嬉しなりすぎて、私の姿 普通の人間からしたら怖いの忘れてたわ。ごめん、ごめん。てへぺろ』
巨大蜘蛛、右の前足の先を頭にのせて謝ってきた。
……“ ぺろ ” は見当たらんな。
『あっ! 私、タランチュラって言うねん。タラちゃんて呼んで。そっちは? お2人さん名前、なんて言うの?』
名前、まんまやないかい!
なんやこの蜘蛛。むっちゃフレンドリーやな。人見知りせぇへんタイプか。
『僕はロンリー、こっちは僕の妹でメアリーだよ』
兄様が律儀に答えた。
『2人とも素敵な名前やね~。ロン君にメアちゃん、よろしくね~』
って言いながら、右前足を私達の前に出してきた。……。
『『 よ、よろしく 』』
兄様と私、出された前足の先をそっと握って挨拶した。
『うん! そしたら今から私ら友達やからね~。なぁなぁ今から時間ある?』
どうやら巨大蜘蛛と友達になったらしい。
……食べられへんみたいやな。ちょっと一安心。
『えっと、今から帰ろ思てたんやけど』
兄様が答えた。ん?
『はーーーっ! お兄ちゃん、足!! 立ったらアカン! 心臓より足の方を高くして! 血ぃ止まらへんで!』
兄様を寝かせて、ズレてしもたハンカチをはずして、付けなお……ん?
あれ? あれ? あれ? 兄様の足を持ち上げて下から見たり、上から覗き込んだりする。
『メアリー、どうしたん? も~痛くないから大丈夫やで。血ぃも止まってんのちゃう?』
言いながら、兄様が上半身を起こし、自分の足首を見る。
『あれ? 傷口どこや?』
兄様も自分の足首を色んな方向から見る。
『2人とも、何してんの?』
タラちゃんが訊いてくる。
『さっきまで血がドバドバ出てた傷口が見当たらへんねん』
『えっ、何言うてんの~? さっき、メアちゃん治してたやん。その歳で、も~ボケてんの~? ぷぷっ』
タラちゃん……。表情は読みとれへん。っていうか、まだちょっと怖くて直視できひんけど……今、笑たよな。
『ボケてへんわ! 治す言うか、血ぃ止める手当てしただけや。せやのに、傷口ごと無くなってんにゃ! ハッ! もしかして、タラちゃんが何かしたんか?』
タラちゃんが来たら治ったもんな。
こんな規格外の蜘蛛、きっと何でもありやわ。
『私がそんなん出来るわけないやん。精々、毒を鎮静剤替わりに打てるぐらいやで。っていうか、メアちゃん、ホンマに分かってへんの?』
へぇ~。毒が鎮静剤なんや。まぁ、毒薬変じて薬となるって言葉もあるぐらいやし毒も使い方次第ってことやな。て、そんなこと言うてる場合ちゃうか。
『私が何を分かってへんの?』
全然、意味わからんわ。
『嘘やん! ホンマに分かってへんにゃ!』
『もお! そんなん、ええから! 早よ教えて~や!』
イラッとしてきた。
『ええ~、そんな怒らんといて~や〜。あんな~、さっき私が言うてって言うた言葉。あれ、ケガを治す魔法の呪文やと思うで。マリちゃんも同し言葉言うて、私のケガ 治してくれたんやもん』
『はあっ? 魔法? そんなんあるわけな……』
あっ、ここ魔法がある星やったわ。
『えっ、いや、でも、呪文って、ヒール! とかちゃうの?』
カタカナなイメージやねんけど。
『ヒールって何? マリちゃん、そんな言葉言うたことなかった思うけどなぁ』
左前足の先に右前足の肘? を置いて右前足の先を顎につけて、頭を少し傾けて考える仕草をする。
ちょっと可愛く見えてきたよ~な気がしないでもない。
『マリちゃんて誰?』
『私の友達やった子。もう亡くなってしもたんやけどね……』
『あっ、そうなんや……。ごめん』
『いやいや、謝らんでええよ。もぉ千年ぐらい経つし、今は落ち着いてご冥福を祈れるから』
『えっ! せんねんんん?! タラちゃん、今いくつなん?!』
『ちょっと、メアちゃん! 子供やからって女性に年齢訊いてええなんてことないんやからね! そ~ゆ~不躾なことしたらアカンよ! ぷんぷん』
メスやったんか。いや、まぁ、そんな気はしてたけどな。
蜘蛛の性別とか、よ~わからんわ。
『これは失礼しました』
年齢……むっちゃ気になるけど……本気で怒らせたくはない。怖いもん!!
『メアリー、手ぇケガしてるから試してみたら?』
兄様が言うてきた。
『そ~やな。試してみよ。お兄ちゃん、手ぇ出して。お兄ちゃんもケガしてるやろ』
『僕のは後でええから。先にメアリー、治し』
って、兄様は言うたけど、痛そうやしな。兄様の手を取って私の両手で挟む。
兄様は諦めた模様、大人しくしてる。
ホンマにこんなんで、この傷口がアニメみたいに塞がるんやろか? 思いながら、
『痛いの痛いの飛んでけ~』
言うてみた。
あっ、またや! 体に変な感じがして、手を当てたとこの隙間や指の間からポゥ~っとクリームイエローのような薄い黄色の光が漏れてきた。
『うふふ。やっぱりこの言葉、優しゅ~て大好きやわぁ~』
タラちゃん、嬉しそ~や。
兄様の上に乗せてた手をどけて兄様の手のひらを見る。
『メアリー、凄い! メアリーの手も早よ治し!』
兄様が目をキラキラさせてる。
合掌して同じように言うと、また光出した。
しばらく、そのままにしてみる。
何か……体の中で何かが手のひらに移動して出ていってる。
『メアちゃん、そろそろ止めとき。いっぺんにぎょ~さん魔力使たら、しんどなるらしいから』
タラちゃんが優しく言うてくれた。
『あ~これ、魔力なんや……』
謎だった何かが言葉によって、はっきり認識できた。
合掌を止めると、今度は周囲に魔力を感じる。
ほんで、周囲から全身にうっすらと魔力が入ってくんのを感じる。
一度、認識すると、そこら中に魔力があんのが分かる。
湿気みたいなもんかな。不快ではないけど。逆に今まで魔力に気付かへんかったんが不思議や。