2歳 師弟&師妹
修行は当分続くと思っていたが、2ヶ月半で一旦中止となった。
7月頭にお父様が御帰還。里で師匠と仲良く(?)修行中の私達を見て、
「こんなの……ショックが過ぎる! プーマ師匠まで俺の子供達と意思疎通してるじゃないか! いつの間にーー! このままじゃ、俺のこと忘れ去られてしまう!!」
ということで、3ヶ月ほど家での生活。
無職になったプーマ師匠は元職場でアルバイトすることに。
「よし! この間にクールな自分を取り戻す!」
と張り切ったはった。
でも「ちょっと寂しいみたい」と、チヨネ姉さんがモモ爺に笑って話したらしいので、師匠が休みをもらえた土曜日に里へ遊びに行くことになった。
1ヶ月ぶりかな? とりあえず、挨拶がてら「師匠、大好き」と言うと、兄様に蹴られながら嬉しそうに「メアリーもロンリーも相変わらず男前だな」言うて私達を両腕に抱っこしはった。
「ちょっとプーマ師匠! なにメアリーを誑かしてるんですか!! メアリーも! こんな誑しに引っ掛かっちゃダメだろ!」
言いながら、お父様が私を奪い返…
「ちょっとプーマ師匠、手を緩めてくださいよ」
「やだね。今、お前なんつった?」
「……プーマ師匠はいい男だなって」
「他に言うことは?」
「プーマ師匠、大好き」
「失礼なことを言ってすみませんでした、だろ~が!! お前、メアリーとそっくりだな!」
お父様、怒られた。そんな父親に、
「父様、メアリーは師匠の誑しの顔や性格は全然好きじゃなくて、体だけが好きなんだよ」
兄様が報告。
「おい! ロンリー、それだと私が弄ばれてるみたいじゃないか!」
報告内容に師匠が憤慨。
「プーマ師匠! メアリーに何したんですかっ!!」
「何もしてねぇよ! メアリーが只の筋肉好きなんだろうが! それよりお前、この2人に年上を敬うとか、失礼じゃない言い回しとか、ちゃんと教えろよ!」
お父様も憤慨した。けど……元師弟関係なだけあって師匠はお構いなしや。
「えっ? この子達、ウチに出入りしてる役所の人や商工会の人たちに丁寧な話し方をして “ さすが領主の子供だけあって、しっかりしてる ” と評判なんですが」
さっきまで覚えてた憤りを忘れ、きょとんとするお父様。
「あ、そういえば……修行始める前は丁寧に話してくれてたな。と言うか、あの時、有り得ないぐらい丁寧に話してたな……」
言うて、師匠が私達を切ない顔して見てくる。
けど……私と兄様が睨んだのを見て、しまった!って顔をした。
あの時のことは内緒や言うたやろ!
師匠、ホンマに【影】か!? 【影】なんかポーカーフェイス必須やろ!
「あの時って、どの時ですか?」
ほら、見てみぃ! お父様、眉間に皺を寄せてるやないか!
どないすんねん! 思てたら、
「う~んと、アレだな。こいつら私に無茶苦茶 気を許してるってことだな。で、どうやら私はこいつらのことを無茶苦茶 気に入っているようだ」
お父様の質問には答えんと、嬉しそうにそんなこと言わはった。
ほんで、チュッ! チュッ! と珍しいことに兄様と私にキスしてきた。
お? いつもは挨拶でもせえへんのに。ていうか初めてなんちゃうやろか?
誰かにキスしてんのも見たことないし……こう見えてチヨネ姉さん一筋なんかもしれん。
「おっ! 柔らけぇ~。これは癖になるな」
うわ! もっかい私にキスしてきた。
「「メアリー!」」
案の定、お父様と兄様が叫ぶ。
と同時に師匠、いきなりしゃがみ込んで兄様を自分の腕から放し、私だけを抱えてアスレチックコーナーへ走り出した。
「メアリー。手を離すかもしれないから、私の首に腕を回して落ちないようにしろ」
師匠から命令が下ったので言われた通りにする。
「メアリー! そんなのに抱きついちゃダメーー!」
「メアリー! そんな体だけの男に身を委ねるなーー!」
大声で叫びながら、兄様とお父様が追いかけてくる。
「あいつら……。今日は他の里人もいるってのに……覚えてろよ」
師匠が呟きながら逃げる。
「ロンリー、お前はこのまま追いかけろ! 父様はこっちから回る!」
お父様が兄様に指示を出す。
「あ~あ、作戦が筒抜けだな。こういう時、お前達のニホンゴは役立つんだろうな」
師匠が走りながら話しかけてきた。余裕やな。
「そうだよ~。【影】の間でもあるんでしょ?」
「ああ、あるにはあるが、単語や行動を別の言い方に変えるだけで、お前のニホンゴみたいに全て聞いたことがない言葉なんてのは初めてだよ。っとヤベ!」
チッ! と舌打ちをして師匠がスピードを上げた。
お父様が横から突進してくる。
「プーマ師匠、もう30越えてるんだから無理しないでください」
「お前こそ、机にかじりつきで鈍ってるんじゃないか? 私の方がまだイイ身体だな」
丸太の吊り橋遊具をはさんでお父様と師匠が向かい合ってディスり合い。
「俺、頭がいいんで。体だけの師匠とは違います」
「頭ならメアリーの方がいいんじゃないか? 私とメアリー、いいコンビになれそうだな」
お父様を見ながら、私のほっぺに頬ずりする師匠。
「くっ! この誑し野郎が! さっさとメアリーを離せ!」
お父様が遊具に手をかけて、その遊具の上に立つ。
そんなお父様の次の動きを警戒する師匠。
そして、そんな師匠の耳元で私が囁く
「師匠、兄様が木登り丸太をよじ登ってます」
「なっ! あいつ、あそこから飛びつく気か?! 危ないだろ!」
師匠、兄様が猫みたいにジャンプする前に走り出し、シャーーーーっとジップラインで池の上を滑空 ―― その先にクロイが現れた!
「このまま突っ込むから、しっかり掴まれ!」
ありゃ、シートベルトは私自身の腕か……。
「御意!」
ギュッ!っと師匠にしがみつくと、師匠が私の背中を片腕で抱きしめた。
シートベルトちゃんと別にあった!
ガチャン! と滑車とストッパーが接触。
体に浮遊感を感じると、横に飛びのいたクロイが見えた。
「師匠! こういう時は手前で飛び降りないと!お嬢様に何かあったらどうするんですか!!」
私を抱えたまま見事に着地を決めて走り出す師匠。
それを追いかけながらクロイが叫んだ。
「お前に何かあったらって……クロイの奴、わかってないな。それともお前、家では大人しくしてるのか?」
しょっちゅう落っこちたり転んだりして受け身上達しまくりの私に師匠が訊いてきた。
「当たり前ですことよ。お嬢様ですもの」
と丁寧に答えたら、ぶはっ! って笑われた。ほんで、
「修行中止の間に、お嬢様言葉を勉強しておけ」
とか言われたんやけど……。何かおかしかったか?
その後、兄様に花を持たせて捕まる師匠。
「私とメアリーの愛の逃避行もここまでか」
「メアリー、こんなのについていくなんて……。そんな自棄になるほど、どんな悩みを抱えてるの? 僕に言って」
兄様が抱きついてキスしてきた。
何か、私の知らん間にストーリーが出来上がってるみたいや。
「ロンリー、お前の中の私はどんな奴になってんだ?」
言いながら、師匠もキスしてきた。で、
「本当に癖になるな。ロンリーがやたらメアリーにキスするわけだ」
とか言う。
「ギャーーーッ! この誑し! 離れろ! 僕はメアリーが好きだからキスするの! 体、目当てじゃないの!」
ゲシゲシと兄様がいつものように師匠を足蹴にする。
兄様は私を心配してくれてるけど……私は師匠のこと ―― 兄様に蹴られたいM男やと ―― そう思てる。
別の日、よそ行きの服を着せられ、領主一家として師匠が働くお店に行った。
お忍びの時のガラの悪い格好では入店拒否されるらしい。
師匠のことやから荒くれ者の船乗りさんがくるようなお店に勤めてるんやと思てたわ。
師匠には内緒で行ったから、私達が入店すると身だしなみを整えた師匠がちょっと引き攣った笑顔で「いらっしゃいませ」と出迎えた。
それを見たお父様、とても楽しそうだった。勿論、私も!
窓際に向かい合わせで座った私とお父様。
外を見ずに、奥様方にキャーキャー言われながら気取って接客してる師匠をニヤニヤしながら見る。
お母様と兄様はメニューを見て、私と兄様にはアイスティー、お母様達にはあたたか~い紅茶と全員分のケーキを注文。
それらをアンティークなサービスワゴンでガラガラと運んで来たのは、師匠。
「え~っ、アイスティーはスケサさんに淹れてもらいたい。師匠、交替してきて」
って言うと、
「お嬢様、大変申し訳ございません。あいにく当店に指名制度はございません」
と、むっちゃ営業スマイル全開で言われた。
でも、チラッとこっちを見た時の凄んだ目ぇ!! ひ~怖いよ~!
「メアリー、あなたも。いい加減、プーマさんを揶揄うの止めなさい」
お母様に怒られた。
「さすがに僕も師匠が可哀そうになってきた。ちゃんと真面目に働いてるのに……」
いつも蹴り入れてんのに……。兄様、大人やな。
「奥様、坊ちゃま、お心遣いありがとうございます」
師匠がにっこり優しい笑顔を2人に向けると、
「ナタリー! こんな笑顔に騙されるなよ!」
お父様が慌てた。
「旦那様、お静かに願います。お嬢様には後でお詫びを差し上げますね」
言うて、私達にもにっこり笑ってきはったけど……恐怖しか感じひん!
パフォーマンスたっぷりでアイスティーを淹れたあと、
「ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
と、笑顔で言って去っていった師匠。
ごゆっくり強調され過ぎてて、早よ帰れとしか聞こえんかったわ。
オレンジ オレンジした栄養たっぷりそ~なキャロットケーキ。
人参そんなに好きやないねんけどな……思いながら、パクッ! と一口。
「!!」
人参と師匠に対する恐怖はどっか行かはった!
ごっきげ~ん♪ で、パクパク パクパク!
でもって、お母様のレモンドリズルケーキもパクッ! と一口。
さらにホット紅茶とセットのスコーンもジャムをつけてもらってパクッ!
いや~満足満足。師匠、いいとこに勤めてんなぁ~。
さて、色々満足できたからそろそろ帰るかと、席を後にして出入口へ向かう。
「ごちそうさま。とても美味しかったです。領内にこのように素敵なお店があると私も誇らしいですね」
お父様が見送りのため待機したはった支配人さんに領主っぽいことを言うてたら、スタスタ颯爽と師匠が近づいてきた。
そして ――
「坊ちゃま、お嬢様、外までお送り致します」
言いながら、私と兄様を両腕に抱えた。
店内の女性陣から、キャア! と声が上がる。
「そうそうお嬢様、先程はご希望に添えず誠に申し訳ございませんでした。これはお詫びです」
そう言うて、私のほっぺにキスしてきた。
店内に再び女性陣の羨望の声が響くなか、
「ロンリー、領主の息子がこんなところで暴れるなよ。もちろん領主のお前もな」
師匠が小さな声で兄様とお父様を牽制した。
悔しそうなお父様な顔を見て、ニヤッと勝ち誇った笑顔をした師匠。
もっかい私にキスをし、
「ロンリーには悪いことしたな。これは本当にお詫びだ」
と言って、兄様のほっぺにもキスした
またまた店内に響く黄色い声。
店の外にでると「プーマ師匠がいる時には2度と来ない!!」とお父様が言った。
たぶん、これが師匠の本懐なわけで……。
見事に遂げましたね師匠。さすがですわ。
私もな~。今度は師匠のいぃひん落ち着いた雰囲気の中で、のんびり海 眺めながらお茶したいわ。
前世の高瀬川沿いの喫茶店、落ち着いてて好きやってんな~。
そんな日もありながら、父様が王都へ出発する日が来た。
今年は師匠一家も見送りに参加。
「チヨネ姉さん。キリカ君。ロンリー。いいか、プーマ師匠からメアリーを必ず守るんだぞ! 純潔を失わせたりしないようにな!」
お父様が真剣な顔で言った。
「シンリー! お前、子供の前で何言ってんだ!」師匠。
「純潔って何?」キリカ兄。
「父様、僕、絶対に死守するからね」……兄様……分かってんのか?!
「私はキスしてもいい?」チヨネ姉さん。
「お昼ご飯を作ってもらわないといけないので、特別に唇以外には認めます」
やむなし……と諦めの表情でお父様が言った。
え? ご飯作ったら私にキスし放題なんか!?