2歳 洗濯 雨は嫌やな
修行のお話から5日後、勤め先に新しい人が入った!
というワケで~、師匠、円満退社で修行開始!
午前中:グランドで体力作りの基礎トレーニング
正午~15時:チヨネ姉さんの手作りランチ&昼寝
15~17時:アスレチック……いや、修行用具でタイムトライアルやトランポリンでバク宙や前転の訓練。ジップラインでは色々な道具を使っての滑空、及び着地の訓練。芝生の上で護身術や攻撃の技の訓練……等々etc。
少量の雨であれば雨天決行。大雨の時は、薬草や毒のある食べ物など他、サバイバル知識の勉強。及び、動物や魚を捌いたりの見学。
前世で魚は捌いてたけど、鶏や豚や牛が捌かれるのを見んのは初めてやった……。
料理も勉強のうちということで、エビの背ワタ取りとか、さやえんどうやえんどう豆のスジ取りをやらされた。
あと、一口ヒレカツの衣つけなんかも……。
チヨネ姉さんが塩コショウして一口サイズに切った豚ヒレ肉を小麦粉の入ったバットに入れると、一人息子のキリカ兄が小麦粉をまぶして軽く叩き、溶き卵を入れたボールに入れる。そのボールに私が手を突っ込んで溶き卵にくぐらせ、パン粉の入ったバットに入れると、兄様がパン粉をまぶして空のバットに並べていき、ある程度たまったところで師匠が油に投入。
って、これ完全にお手伝いやん! 修行ちゃうでぇ~!
因みにふんどし君、改めキリカ兄。結構すぐに仲良くなれた。同じ釜の飯を食べてるからな。
里では通常、チヨネ姉さんが1人でお留守番。
どの家も「盗られて困る物はちゃんと隠してあるし、素人に盗られて困る物は何もない!【影】たるもの情報こそが命!」ってことで、皆、朝早く畑の世話をしてから働きに出たはる。
モチベージョン凄いねんな~。誇りを持ってやったはる感じや。
ってことで、昼間はチヨネ姉さんが1人で里の留守番をしたはる。
鴨を田んぼに放して害虫駆除とか、里で飼ってる馬や牛・鶏の世話。
そして、初級コースの5人(キリカ兄含む)と教育係の2人、プーマ夫婦、兄様と私の計11人のお昼ご飯作りも、里で一番大きい建物の寄合所でチヨネ姉さんがやってくれたはる。
そんな中で、特に “ こりゃ大変や! ” って思ったのは、急に雨が降って来た時の洗濯物の取り込みや。
自分家だけやなくて、各ご家庭の洗濯物が対象やからな、タイムトライアルや。
前は1人でやったはったらしいけど、今はプーマ師匠が里に入り浸りやから、2人でダッシュして行かはった。
私と兄様は……小さくて手が届かへんから寄合所でお留守番。
寄合所の入り口でタオルを持って2人を見てた。
チヨネ姉さんが右回りに各家の玄関を次々に開けていく。
師匠は物干し竿ごと洗濯物を回収し家の中に置いていく。
そして、全ての玄関を開けたチヨネ姉さんが、今度は左回りに洗濯物を回収して家に置いていき、師匠と合流すると寄合所に戻ってきはった。
チヨネ姉さんにタオルを渡すと「ありがとう。気が利くわね」って嬉しそうに笑ってくれはった。
「お礼はメアリーに言ってね。メアリーが言い出したんだから」
師匠には兄様が一言添えて渡す。
「へぇ~、メアリー、本当に女の子だったんだな、ありがとう」
≪感謝の言葉 ~余計な一言を添えて~≫を頂いた。
それから、温かいお茶(紅茶)で一休みした後、傘さして私とチヨネ姉さんペアが右回り、兄様と師匠ペアが左回りで各家を回り、洗濯物を屋内の梁に干し直していった。
途中、
「こんにゃにょ、ひとりでやってたんだ。チヨネにぇ~さん、えらいにぇ~」
って、感心しながら言うたら、
「メアリーありがとう! 今度、あの2人には内緒で美味しいお菓子食べようね」
って、嬉しそうに笑いながら、軒下でチュッとほっぺにキスしてくれはった。
そうして、残りの一軒の家で男性陣と合流。
「あっ! メアリーのほっぺたにキスマーク! チヨネ姉さんがしたの?」
兄様が口紅の痕をすぐに見つけた。
「そうよ、メアリー、可愛いからしちゃったの」
チヨネ姉さんが唇に人差し指を当てて言うと、
「僕も!」
と兄様が言ったので、チヨネ姉さんがしゃがんで兄様にキスしようと、ほっぺに唇を寄せると、
「違うよ! 僕もメアリーにキスするの!」
と言って、私のほっぺにキスしてきた。
「プフッ!」
師匠が吹き出して笑うと、
「ボフッ!」
と、チヨネ姉さんの拳が師匠の鳩尾にめり込み、
「グフッ!」
苦しそうな息を漏らして、師匠が地面に膝を着いた。
姉さん、怒らしたらアカン人や!!
「ロンリーは本当にメアリーのことが好きなのね」
パンパンと軽く手を払いながら師匠に背を向け、兄様に話かけるチヨネ姉さん。
「うん。ぼく、メアリー大好き! 一途だし、師匠みたいに浮気なんてこと絶対にしないんだ!」
「おい! ロンリーお前、何言ってんだ!! ってぇ…」
ごっつ笑顔で問題発言する兄様に、顔を歪めながら慌てる師匠。
「へぇ~、この人、浮気してるんだ?」
「うん。しょっちゅう色んな女の人に “ 可愛いね ” とか “今日も綺麗ですね ” って言ってるんだ。僕はメアリーにしか言わないよ」
内容の割にちょっと楽しそうに訊いたチヨネ姉さんを見上げながら、兄様が誇らしげに語った。
「ロンリー、そんなのは只の挨拶だ。お前も社交辞令として言えるようにならないとダメだぞ」
「え? ぼくは、 “ その可愛いドレス似合ってますね ” とか “ その素敵な髪飾り似合ってますね ” って言ってるよ。 “今日も可愛いね ” って直接褒めるのはメアリーだけだよ」
鳩尾を押さえながらヨロヨロと立ち上がる師匠に、男前なことを言う兄様。
「……なるほどな……」
呟いてる場合か? 師匠。
「ねぇ、この人、メアリーにはどう言ってるの?」
またまたチヨネ姉さんが兄様に訊く。
「え~、メアリーには、それでも女の子か? とか、実は男なんじゃないのか? とか、今日も男前だな! とか……意地悪なこと言う。師匠の目、腐ってる! 節穴だよ!」
お、兄様がちょっと怒り出した!
「ロンリー、それはちょっと気を付けないといけないわね」
「どういうこと?」
チヨネ姉さんが腕組みをしながら言うた言葉に、きょとんとする兄様。
「この人……好きな子や心を許してる人には意地悪を言うのよ。今の言葉を聞く限り、かなりメアリーのことを気に入ってるわね。浮気相手はメアリーになるかもしれないわ」
チヨネ姉さんが真剣な顔で兄様に言わはる。
ほほぉ~、これは良いことを聞いた。
「えっ! 大人なのにそんな感じなの?! まさか、大人なのに、そんな天邪鬼みたいなこと言うなんて思ってなかった! 師匠! メアリーに手を出さないで! メアリーは僕が守る!」
兄様、私を後ろに庇いながら師匠の方を向いて、バッ! と両腕を横に広げた。
「チヨネ、お前なぁ……余計なこと言うなよ。それでなくても、ちょっとナめられてるのに。しかも、こいつ、メアリーが絡むと目茶苦茶、面倒臭いんだぞ。どうしてくれるんだ」
師匠が兄様に近づいて……兄様に、足をげしげしと蹴られながら言うた。
「ごめん。ごめん。ちょっと面白くなっちゃって」
楽しそうに笑いながら師匠に謝ったチヨネ姉さん。
バサッ! と傘を開いたかと思うと、
「ロンリー! あなた! 可愛いメアリーは私がいただくわ!」
言うて、私を抱き上げ、雨の中、傘を差しながらバチャバチャと泥水を撥ねさせて走り出さはった。
「メアリー! 不倫もダメーーー!」
慌てた兄様が、閉じたままの傘を持って追いかけてくる。
「あっ! こらロンリー、風邪ひくぞ!」
傘を差した師匠が兄様を捕まえて抱き上げ、抱っこしながら追いかけてきた。
う~ん……兄様、浮気と不倫、どう使い分けてるんやろ?
そうして、寄合所ではなく、自宅に入らはったチヨネ姉さん。
お茶 飲んでる間に、お風呂 沸かさはった。
「私はメアリーと入るけど、ロンリーも一緒に入る?」
「もちろん! いつも一緒に入ってるからね!」
チヨネ姉さんの問いかけに、元気良く返事をする兄様。そして ――
「……俺も……」
ボソッと呟く師匠。
「えっ、何? 何か言った?」
「お前……聞こえてただろ~が! 俺も一緒に入るっつったの!」
すっとぼけながら言うたチヨネ姉さんに師匠が声を荒げた。
え? ちょっと、師匠の顔 赤いんやけど。8歳の子供がいて何ですかこれ?
しかも、一人称も “ 私 ” から “ 俺 ” になってしもてるし。
「はいはい。大きな子供も一緒に入るとしますか」
楽しそうに笑いながらチヨネ姉さんが言うと、
「師匠はダメ! メアリーの裸を見せるわけにはいかないよ!」
眉間に皺を寄せた兄様から物言いがついた!
「メアリーの裸に興味はない!」
なんてことを師匠が言うので、
「ししょう、ひどい。あんにゃにあいしあったにゃかにゃにょに」
って、背中向けて泣き真似しながら言うたった。
「ほら見ろ~。お前が余計なこと言うから、メアリーが遊びだしたじゃないか」
師匠がチヨネ姉さんに言い、兄様が私に、
「メアリー! いつの間に師匠と!! こんなの全然タイプじゃないくせに~! メアリーのバカ~……グズッ」
言うて泣き出した!
「兄様、今のは冗談だよ! こんなのと愛し合わないよ! こんなのより兄様の方が好きだよ!」
一生懸命言うて機嫌をなおしてもらってたら、
「そ~か。私、こんなのと結婚しちゃったんだ」
チヨネ姉さんがちょっと落ち込んだ感じで言うた。
「お前まで何言ってんだ! メアリーのタイプが渋すぎるんだよ!」
チヨネ姉さん、師匠が何か喚いたはんでぇ。
なんだかんだ言いながら、4人で湯船に。
ふむ、やっぱりこの夫婦、筋肉が凄い。
「ししょう。せいかくはざんにぇんだけど、からだはすきですよ」
言うて、師匠のこと褒めたのに、
「メアリー。お前、私がロンリーに蹴られるのがそんなに楽しいか?」
さっきまで奥さんとお風呂に入れてご機嫌だった師匠が睨んできた。
「水の抵抗があるから、そんなに痛くないと思いますが」
「いや、こいつ、さっき私が負傷した鳩尾を蹴ってきてる」
「師匠から敵が負傷してるなら容赦なくそこを狙えって教わりましたからね」
「私は敵じゃない! み・か・た! お前が今、最初に言った師匠だから!! あ~、も~、ロンリーいい加減にしろ! お前が体を鍛えればいいんだよ!」
そう言って、湯船の中で立ち「えいっ! えいっ!」と蹴りを入れてた兄様を抱っこする師匠。
「ふふ、何だかこの2人が来てから、あなた楽しそうね」
「どこがだ! こいつらキリカより口が達者で全然素直じゃないし、振り回されて大変なんだからな!」
「すにゃおじゃにゃいにょはししょうです。ほんとうは、わたしのことすきにゃくせに。ほれほれ、すきですっていってみ」
「メアリー、お前……モモヂ様にお前がこういう事を言ったって言うぞ」
「師匠、大好きです!」
「メアリー! 師匠のバカー!」
「メアリーのバカ! そういう時は謝るんだよ!こら、暴れるんじゃないロンリー!」
ほかほか。体が温まったのでお風呂から上がって、タオルで体を拭く。
「はぁ~、こいつらが普通の幼児だったら、もう少しいい雰囲気になれたはずなのに……」
横には、ぶつぶつ言いながら項垂れる、水も滴るイイ男がいた。