2歳 土下座
さっき出てきはった大きな家とは違う、小さめの家に連れて行かれた。
家の中も和風で……土間があって、通り庭みたいになってる。
そこに、おくどさんと流し、それから食器棚がある。
上がり口の奥には囲炉裏があり……あっ! 収納たっぷりの箱階段もある。屋根裏部屋があるんやな。
そして床には、い草の座布団に敷き物。こんな時になんやけど……いい香りや~。
上がり口で2人とも服を脱がされて下着姿にされ、入口から遠い奥に座らされた。チヨネ姉さんが鉄瓶に水を入れてプーマさんに渡し、プーマさんが囲炉裏で火にかける。言うても、魔道具使ったはるから灰は無い。カセットコンロみたいな物や。
そして、チヨネ姉さん。今度は桶に水を入れ始め……さらに白い布を用意してる。
……窒息死させられるんか。さっき脱いだ服を海や川で発見させて死体は桜の樹の下に埋めて養分にさせられるんやな。
兄様は足にケガ。私は体力不足。アカン……完全に詰んでる。
『メアリー、せっかくおとりになってくれたのに……ホンマごめんな』
泣き止んだ兄様が日本語で謝ってきた。
『そんにゃん……もともと、わたしがここにくるっていうたにょがわるいんやから、あやまらんでええよ。これ……つんでるよにゃ』
『せやな。さいごに……むだじにだけはせんようにがんばろ』
『うん』
「坊ちゃま達、何を話しているんですか? 目の前で内緒話をされるのは、あまり気持ちのいいものではありませんね」
プーマさんが訝し気な目を向けてくる。
「あなたも知らない言葉なのね。油断しちゃダメよ。このお二人は何をするか分からないわ」
チヨネ姉さんが桶の縁に布をかけてを持って上がってきた。
兄様がギュッと私の手を握ってきたから、私も握り返す。
そして、手を離し ―― 座布団から降りて後ろに下がって正座する。
「どうしました? 今度は何を企んでるんですか?」
チヨネ姉さん、また楽しそう……。
兄様と目を合わせ頷いてから、プーマさんの顔を見る。
そうして、手を膝の前につき、ガバッ! と上半身を前へ倒した。
……土下座ってやつや。
「ぼくたちのいのちはさしあげます。いえのちょうどひんやおかねももっていってもらってかまいません。ただウチではたらいてるしようにんさんたちのいのちだけはとらないでください」
兄様が言う。
「あと……おかあしゃまにょいにょちも、とらにゃいでくだしゃい。おかあしゃま、りょうにょみんにゃのために、まいにち、がんばってましゅ。りょうにひつようにゃひとでしゅ。にゃにとじょ、よろしくおねがいいたしましゅ」
私が言う。……ホンマは領よりもお父様に必要な人やけどな。
「おい、チヨネ、これは…「お2人は死んでもいいと?」
プーマさんが何か言おうとしたけど、それを遮ってチヨネ姉さんが訊いてきた。桶を床に置いて、こっちをジッと見てくる。
「いいわけない……。ぼくが、ちゃんとかんがえてこうどうしなかったから……メアリーを…しなせることに…グズッ」
兄様がまた泣き出した。
「わたしは……できれば、わたしをひとじちにして、にいしゃまは、このままいえへかえしてくだしゃい。しょのほうが、しょちらにとってもいいとおもいましゅ」
私は最後のあがきをしてみることに。
「メアリー、なにいってんの?!」
兄様、私の言葉にビックリして涙が引っ込んだ。
「どういうことなのか聞きたいわね」
よし! チヨネ姉さんも聞く耳をもった!
「はい、説明します。兄様もちゃんと聞いて。
あのね、兄様は家に帰って、私が川で遊んでて流されたって言うの。実際には、私の服だけ流しておくわ。
で、キーモンにいると私のことを思い出して悲しいからと言って、1週間ほどお母様と一緒に王都のお父様の所へ行くの。
その際、こっちの使用人さん全員にお暇をだしてお屋敷を空にして、その間に調度品やお金を盗んでもらったら、人が死ななくて済むよ。
チヨネ姉さん達は兄様達が帰ってくるまでに国外へ逃げればいいわ。
私のことは、トイレに飲み水と木の実でも置いて、片手が動く状態で繋いでおいてもらえれば1週間で死ぬことは無いと思うので、王都から帰ってきた兄様がこっそりここへ来て縄を外し、私は川下の方へ移動して葉っぱでも食べながら生きていたってことにするの。
これなら、誰も死なない。どうですか?」
頑張って……実際には舌ったらずな状態で……話した。
「坊ちゃまが裏切ったら私達はおしまいですね」
「ぼくは、メアリーのいのちがかかってるんだ。ぜったいにうらぎらないよ! ぎゃくに、そっちがメアリーをころさないっていう、ほしょうがない!」
チヨネ姉さんの言葉に兄様がちょいキレ気味。
「絶対と言われましても……私からしたら保証がないのはお互い様ですよ。坊ちゃま」
睨みながら言うてきた兄様に淡々とチヨネ姉さんが返した。
そして、
「お嬢様は? 私達を信用するのですか?」
首を傾げながら、私に訊いてきた。
「信用しますよ」
って、にっこり笑って答えたけど、実際には「しんよ〜しましゅよ」ってなってるからイマイチきまらへん……。
「お嬢様……。本当に嘘つきですね。お嬢様の方が泥棒に向いてますよ」
笑って言われた。目は笑ってへんかったけどな。お互い様や。
「おい! チヨネ、いい加減にしろ! お前、坊ちゃま達に何を言ったんだ?!」
プーマさんがチヨネ姉さんに怒鳴った…。何や突然? 仲間割れか?
「怒鳴らないでよ。私もさっきまで気付かなかったのよ。でも、まさか……ふふふふ、盗賊にされてるとは思わなかったわね」
楽しそうに笑うチヨネ姉さん。……されてる?
「おい!」
プーマさんがさらに怒鳴る。
「分かったわよ、説明するわよ。でも、その前に……」
チヨネ姉さんがこっちを見てくる。
「坊ちゃま、お嬢様、私達は盗賊ではありませんよ。だから安心してください」
今度は優しい笑顔で言うてきた。
「……盗賊じゃないなら……なんで、ウチの屋敷を見張ってたんですか?」
チヨネ姉さんを睨んだまま兄様が訊く。
「見張られてることに、いつ気付いたんですか?」
逆に質問され、
「4月1日 午前8時11分」
兄様が簡潔に答えた。
「初日からかぁ。しかも数分で……」
チヨネ姉さんが項垂れた。
「どんな様子で見張ってました?」
チヨネ姉さん、顔を上げて更に訊いてくる。こっちが訊きたいのに!
「ウチに出入りしてる人間を確認してる感じだった」
兄様、素直に答えたけど、警戒はしてるみたいで、プーマさんが少し動くと、私を庇うように私の膝に手を置いた。
「そうですね。お屋敷の方々の動向は気にしてなかったと思うのですが、どうして盗賊だと思われたのですか?」
チヨネ姉さんが、そんな兄様の動きを見て少し笑いながら訊いてくる。
「モモ爺と知り合いのあなたがあの子供を送り込んでいたと知ったからです。……そろそろ、僕の質問に答えてください」
兄様、笑ってるチヨネ姉さんにイライラを隠さずに言うた。
「あ~なるほど、モモヂ様が引き込み役で、キリカは……つなぎ役とでも思われたのかしら?
はぁ~……お嬢様もそういう考えみたいですね」
自分のことをずっと睨んでる私を見て、ため息を吐き、
「全く、お2人とも、本当に子供ですか? 私は、てっきり、私がお屋敷に送って行くと奥様やモモジ様に黙って出てきたことがバレるから、こっそり帰りたいんだと思ってましたよ。
まぁ、でも今思うと、それだけで眉間に突きを入れようとしたり、鳩尾を狙ってくるのはやりすぎな気がしますね。
でも、逆に命の危険を感じたのなら、あの場面では目を狙うべきですよ、お嬢様。それとも……私は結構、好かれていると喜んでいいんでしょうか?」
呆れたように言うて、最後はいたずらっぽく笑ったチヨネ姉さん。
「チヨネ姉さんもプーマさんもモモ爺も好きだったよ」
過去形で言うたったら、
「どうやら、私、嫌われちゃったみたいね」
眉尻を下げて、寂しそうな顔をした。
「なぁ」
ずっと黙ってたプーマさんがチヨネ姉さんへ話しかける。
「今のはどういうことだ? お嬢様がお前の眉間を突こうとしたのか? お嬢様は2歳だぞ! もし本当に狙ったとして、どうやったらそんなことができるんだ?」
えっ、今、そっちが気になるんや!
「本気で眉間を狙われたわ。どうやったらって……仰向けに寝かされたのよ。つま先を踏んだ状態で膝下を抱えられて脚を固定され、後ろからお嬢様に服を引っ張られて、そのまま後ろに倒れたの。この子達をただの幼児だと思ってると、あなたも足をすくわれるわよ」
また、チヨネ姉さんが楽しそうに言うた。あの時も楽しそうやった。
なんで倒されたんがそんなに楽しいんやろ……。
「嘘だろ?! シンリーの奴、何やってんだ! 修行は6歳からのはずだろうが! しかも坊ちゃまだけじゃなく、お嬢様にまでそんなこと教えて。一体、何考えてんだ!」
ビックリ顔で、チヨネ姉さんに怒鳴ったはる。
「私に言われても知らないわよ。この子達を送って行った時にナタリーに訊いてみるわ。でも、モモヂ様に見つからずに、いつ教えたのかしら? シンリーもなかなかやるわね」
チヨネ姉さん、理不尽な夫の言い分に憮然として言い返した。
……。
何か2人とも……お父様とお母様のことを名前で呼んでるな。しかも、呼び捨て。
っていうか、修行って何や?! そういや、前にお父様がプーマさんのことプーマ師匠って言うてた気が……。
あれ? もしかして、ホンマに盗賊とちゃう感じ?