土手を自転車二人乗り
このサブタイトルそのまま、特に制服で、が私の神シチュです!
キッとブレーキの音がして、自転車が停まった。下がりがちだった目線を上げると、近藤君が長い脚を廻して自転車を降りた。
「駅まで送る」
「え、なんで?」
「多田に頼まれた」
「なあんだ……」
地面を見ながらまた歩き出した。近藤君はそのちょっと後ろで自転車を押している。5歩歩いて気が付いた。
「でもそれヘン。多田どうして部活に出ろって言わないの?」
「…………」
――こういうときはいつもよりおしゃべりになってほしい。これじゃ会話が繋がらないよ。こっちがドキドキしてるのが隠せない……。
前を向いたまま話すことにした。
「夏休み、大事な大会あんじゃないの?」
これはもう呟き、答えは期待していない。
「うん、のっけから夏季大会。もう一回飛べたら8月行けるかも……」
そう、8月、がインターハイ。
川下の海から吹いてくる風が背中を押す。私のポニーテールはくるくる踊っているのか、頬の横では遅れ毛が煩く絡んでくる。
「見に………………、来てくれないか?」
「ミニ?」
文章が一続きだとわかるまで3秒要した。
「応援ってこと?」
「う……ん」
「近藤君がちゃんと練習していい結果出すならね」
――行っていいなら頼まれなくても!
近藤君はまた沈黙だ。足を止めてまで顔を見上げる勇気はない。草の靡く土手のあちこちに咲く野花に目をやりながら歩いた。
「足首を……ぐねったんだ……2週間、様子見」
「え?! じゃ歩いちゃダメじゃん? 自転車乗って、暗くもないし大丈夫だからさっさと帰ってよ!」
思わず立ち止まり、ふざけた兄を叱責するときの口調を浴びせていた。
「後ろ、乗れよ……」
「ヤだよ……」
「嫌か……」
「だって私重いもん、足首に負担だよ……」
「いや、足はちゃんとテーピングしてるから。多田にスポーツ整形の専門医に連れていかれてやり方習ったんだ」
「そう……」
「そんな話、しないのか?」
「話? 多田と? やめてよ……」
やっぱり自分と多田先生の仲、誤解されてる……。
「乗れよ、早坂の体重くらい何でもない。先生にも頼まれてるから……」
記録に向けて自分と闘う精悍な瞳に見つめられていた。
普段から笑顔でいる人じゃないけど、今は顧問からの依頼をさっさと済ませたい、内心ウザいと思っての仏頂面かも、と焦った。
支えてくれている自転車の荷台にちょこんと横座りするつもりが、よたっとなってしまう。
「何でそっち側? 川に背中向けなくていいだろ?」
「だって……」
憧れの人と土手を自転車二人乗りってそりゃ夢みたいだけど、でもそれは「但し両想いに限る」、じゃないかな?
兄にしがみついて二人乗りした記憶はある。
相手が同級生の場合はどこに掴まるべき? サドルの付け根を持てばいい? 黒い油が付きそうだよね。
ーー景色のいい川のほうを向いたら、問題の左手が近藤君側になるんですけど!
「早坂って、とろいんだか頭いいんだがほんとわからないよな。行動起こす前にいろいろ考え過ぎるんだろ?」
自転車のハンドルを握ったままでいる近藤君の死角でうろうろしていると、呆れられてしまった。
「考えないでいい人はいいよね……」
「歩くより自転車のほうが涼しい。俺じゃ彼氏の代わりにはならんだろうが、今日は公認だ。我慢して乗ってくれ」
「彼氏じゃないよ……」
「何だって?」
「何でもない……」
「掴まったか? 危ないだろ、手は前に伸ばせ。ここだ。持っとけ」
サポーターの上からでよかった。近藤君は私の左手首を握って自分の腹に廻すと、ベルトを掴ませた。
なだらかな上り坂の土手を自転車は走っていく。広い背中から汗の匂いがした。男臭いけど嫌じゃない。川は空を映して青をあちこち煌めかせている。
次の橋が来たら左折して川から離れ、駅前ロータリー。
近藤君はその直前で自転車を一時停止した。片足を地面について前を向いたまま。
「さっき、もしかして、『彼氏じゃない』って言った? 多田と付き合ってないの?」
白いシャツの背中に低く声が振動する。
「やめてよ。先生と生徒だよ? どうしてそんな噂になったか、信じらんない」
「じゃ、なんでアイツ、あんなにお前のことばかり?」
ーー先生ったら、部活の生徒たちに何話してるの?
「ちょっと心配してくれてるだけだよ……」
「このサポーターのせい?」
近藤君は視線を落として私の左手首を見ている。
「っていうか……」
「もしかして、白血病とか貧血とかなわけ?」
「は? ハッケツビョウ?!」
「多田が、早坂は内出血しやすいんだって、青あざになりやすいって、病気の可能性もあるだろ……?」
――信じたんだ、あの設定。いや、問題は多田が生徒に言いふらしてるってこと?
「ち、違うって、そんな深刻じゃない……」
「煩く先生に聞いた俺も悪いけど、でもこれしとかなきゃならないっていったいどういうことなのか……」
「きゃあ!」
近藤君の恐らく右手人差し指が、サポーターの下にすっと忍び込んだ。
「やめて、頼むから、やめて!」
心臓がどくんと飛び上がった。中指と人差し指で挟んでサポーターを引き抜こうとしたのかもしれない、その途中で憧れの人の細長く骨ばった掌は、私の手首を上から握ってしまった。
「うぎゃぁああー、ら、らめぇ、おねがいぃぃぃ……」
ぷるぷるしながら自転車から落ちそうになって、近藤君の背中に頭を預けた。力が抜ける。でも手首の内側を掴まれるよりは完全腰くだけまで時間があった。
額をつけて「近藤君の背中好きだなあ」と思ったら次の瞬間にはずり落ち、土手道にへなへなと崩れたけれど。
「おい、早坂!」
近藤君は自転車を投げ倒して、私を抱き起こしてくれた。
「さわっちゃ……だめ……」
そう言うと、パッと両手を離した。後ずさりして間隔を取り、うなだれる。
――高跳びしてる時とは別人みたいな近藤君。