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8.自覚

 あの土曜日から、どうにも黒木と話すのが気まずくなった。

 LIMEのメッセージも、通話も、あまり気軽にできない。なんでだろうな。あの日は大きな失敗も無かったというのに、なんだろう、心残りというか、やり残したことがあるような気がして、何度も思い出してしまう。


「今度、か……」


 ベッドに寝転び、天井に向けた右手を仰ぐ。

 黒木の顔が頭から離れない。

 可愛かったから、というのももちろんある。幼さと気高さが相まった彼女の顔立ちは見る者を魅了する。だが、それだけじゃないような、でも他にどんな理由があるのか、自分でもわからなかった。


 ……なんとなく、黒木とのメッセージの履歴を見返す。

 遡っていくと、他愛もないやりとりばかりが並ぶ中、遊びの約束を取り付けたメッセージが出てきた。その前の、恥ずかしいセリフを文字に起こしたメッセージも……。


 やっぱり何度見たって恥ずかしい。黒木は忘れなくていいというが、どう考えたって黒歴史だ。

 しかしこれは、俺の本心なわけだ。

 黒木には学校に出てきてほしいし、一緒に登校したい。


 ……なぜ、俺はそんなことを思うようになったのだろう。

 最初は文句を言っただけで、黒木から何か反応があればいいな〜くらいのものだった。

 その次の日に貰った連絡先から、黒木とやりとりをするようになった。

 さらに一週間後、沢渡と出会ったことで、黒木が登校拒否を続ける理由を知った。


 そうだ、この時は腹が立ったんだ。何も悪くない黒木がつまらない思いをしていることに。

 できたばかりの友達の、力になってあげたいと思ったのだ。

 そうだったそうだった、それで俺は、黒木のことを気にかけるようになって…………。


(……本当に、それだけなのか?)


 助力がしたい、だけではない気がした。俺の胸中には、それより大きな何かがある。

 そうじゃなきゃ、黒木とのやりとり一つ一つで、あんなに心を揺さぶられたりはしなかっただろう。初めて黒木の顔を見た時なんて、自分の心臓が跳ねたような、そんな気がした。それに今だって、黒木のことであれこれ考えさせられている。


 どうしてしまったのか。こんな一人の人間に、ここまで頭を悩まされるなんて。


(まさか…………)


 俺はまた、メッセージの履歴を見返した。黒木とのものじゃなく、友基のだ。


『恋だろ』


 その文言を、俺はじっくり眺める。

 友基は恋だなんて簡単に言うが、そんなことがありえるのか?

 黒木とは、この半月にも満たない、ほとんどがLIMEのやりとりで為されてた付き合いしかない。それ以前の提出物の受け渡しはただ事務的に…………いや、もしかしたら律儀に宿題をこなす黒木に、多少の好感は抱いていたなんてことがあるかもしれないが、それを含めたってたったの一か月と半月程度だ。

 そんな短期間で、人を好きになるなんてことがあるのか?


 思えば今まで、俺は恋だなんてしてこなかった。人を好きになる、恋をするなんてのは、言葉ではわかっていても、感覚でいえば何もわかっていなかった。

 家族や友人に向けられる好意とは違う、恋愛感情というものを、俺は知らなかった。


 だとすれば、この初めての感覚が、恋なのだろうか。

 …………初恋か。

 高一にしてようやく。遅いもんだ。


(俺は、黒木が好きなんだ)


 そう自覚してしまえば、驚くくらい気持ちが楽になった。未知の感覚に名前がつけられ安堵する。そんなUMA発見みたいな感じの。

 そういえば黒木にメモ書きを渡した時も、未知との遭遇だとか思っていたっけ。思い返せばあれは、恋心という未知との遭遇の、始まりに過ぎなかったわけだ。

 ……何言ってんだろ。口に出さなくて良かった。


 そんな具合で初恋に浮かれていると、スマホが通知音を鳴らした。


「どれどれ…………えっ!?」


 液晶に表示されたのは、黒木からのメッセージ。それをタップで開いてみると……なんと、黒木の姿を写した写真が送られてきていた。

 驚いたのはそれだけではない。黒木の髪が、黒髪になっていたのだ。そしてその写真の下には一言。


『どうかな』


 と記されていた。どうかな……? 髪色について訊かれているのだろうか、それとも真っ赤で愛らしい顔についてだろうか、初めて見た黒木の部屋がそれなりに整理されていることについてだろうか……。

 恐らくは髪色についてなのだろうが、まあどれにしたって。


『すごくいいよ。』


 そう返すに決まっている。我ながら気持ち悪いが、今は変に素直すぎるというか、黒木への恋心が暴走気味らしい。初恋ゆえのものなのかは知らないが、自制しなくては……。

 などと考えている内に、黒木から更にメッセージが送られる。


『なあ和泉

『私

『学校行くよ

『明日から』


 それは、なんとも喜ばしい話だった。

 短く区切られたメッセージにどこか覚悟を感じ、これは本当なのだろうと確信する。

 ようやくだ。ようやく一緒に学校に行ける。

 だというのに、なぜだろう。心の底からは、喜べていない俺がいた。何か心の底に、切ないものを感じる。


 俺は黒木が好きで、一緒に登校したくて、それは本心のはずなのに。


『ああ、嬉しいよ。』


 俺は、心の籠もっていないメッセージを送った。

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