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7.素顔

 土曜日の午前十時、俺は出かけるための身支度をしていた。

 あーくそっ、高校生ってどんな服着てたっけ。中学から着てるプリントTシャツなんかはダサいのか? つーか俺のクローゼット、モノクロ写真みたいだな。

 ま、まあとりあえず今まで通りの格好でいいや。適当なTシャツに薄手のパーカー、ズボンはデニム、あとはボディバッグでも掛けていくか。……ダサい気がする。


 今度、ファッションについて勉強しようと心に決めて、俺は家を出た。そして、隣の家へ。

 インターホンを鳴らすと、黒木のお母さんが出てきて、それからすぐに黒木もやってきた。


「よ、よお和泉」

「ああおはよう、黒木……凄い格好だな」


 黒のワイドパンツにダボっとした白いTシャツ、そしてそれらを覆い隠すようなサイズのトレンチコート、さらにはマスクにサングラス。金髪はポニーテールにして黒いキャップを被っている。

 暑そうで、怪しかった。顔もシルエットもわからない。……靴も厚底スニーカーだ。背丈すら変えてくるとは、犯行直前なのか?


「外は久しぶりなもんで……防御力を重視した」

「……あーうん、子どもに近づかなければ大丈夫だと思います」


 理由が理由だけに「着替えてくれ」とは言えず、とりあえず冤罪には気を付けようと思った。


「和泉くん」


 不意に、黒木のお母さんに呼ばれ。


「娘を、あん子をお願いします」

「……ええ、もちろん」


 神妙な面持ちで言う黒木のお母さんに、俺も真面目に返答する。今日は黒木にとって、大事な一歩を踏み出すための日なのだ。そこに同伴する俺は、責任重大である。


「母さん! そういうのやめてってば!」

「あん子、頑張ってね……うぅ…………」

「泣いてるの!? も、もう行くから!」


 涙を零すお母さんに見送られ、俺たちは街へ繰り出した。

 今日は黒木のリハビリが目的の街ブラだ。行き先も決まっておらず、黒木の行きたいままに進むつもりである。


 あの日、俺がかつてなく羞恥心に悶えた日。俺がなんやかんやで送った遊びの誘いに。


『わかった』


 と。黒木は短い了承の言葉を返してくれた。

 そして予定を決める最中、黒木は「学校はまだ無理だけど」と何度か言っていた。「まだ」ということは、「いつか」は来てくれるのだろう。

 徐々にでも、学校復帰を目指しているというのは、俺にとっても喜ばしいことだ。お母さんでは尚のことだろう。


「さあ黒木、行きたい場所があれば遠慮なく言ってくれ。地元民が案内するぞ」

「お、おお、頼もしいな……んじゃあ、涼めるところに」

「コートを脱げよ!」


 やれやれ、先が思いやられる。

 俺は黒木のコートを受け取り、また行き先を尋ねる。


「な、なら……映画が見たい、かな」

「よしっ、なら行くか。近くのショッピングモールに映画館も入ってるんだ」


 その他いろいろ入ってるから、どこに行きたいと言われても恐らくここに行くことになっただろう。

 さて、ショッピングモールにやってきたわけだが……しまったな。ここは人が多い。外出一発目でこんな人混みは……。


「映画館はどこだ? 二階か?」

「え? あ、ああそうだ」


 案外平気らしい。なんだ、心配しすぎたようだな。

 とはいえこの人混みではぐれるようなことがないとも限らず、そうなれば黒木を任せてくれた黒木のお母さんに申し訳が立たない。

 離れないように言うと、黒木は遠慮がちに、俺のパーカーの裾を摘んだ。


「……行こうか」


 映画館(というにはやや小さいが)では黒木の希望で、ネットで評価が高かったという恋愛映画を見た。……が、よくわからなかった。

 どうやら黒木が見たというサイトは、映画マニアのブログだったらしく、監督の半生なり撮影環境なりを考慮した上での評価であり、我々一般人では理解できない内容だった。


 で、今は若干の気まずさを感じながらファミレスで昼食を摂っているところである。……俺だけが。

 黒木は頑なに頭部の装備を外そうとしないのだ。ようやく顔を見れると思ったのだけど。


「黒木は、映画が好きなのか」

「ま、まあな。部屋の中じゃそれくらいしかなかったし……だが久しぶりの映画館で見たのがあんな映画とは……悔しい!」

「なら今度は、テレビで番宣してるような、大衆向けのやつを見ればいい」

「……うん」


 やっぱり気まずい……。

 そういえば、初デートは映画館がいいなんてことを言うが、現状を鑑みればその限りではないようだ。述べられるような感想もないわけだからな。


「それで黒木、疲れてないか? まだ歩けそうか?」

「心配しすぎだっての。今日はまだ映画見ただけだ、体力なら問題ないさ」


 細い腕で力こぶを作るようにして、気力をアピールする黒木。表情こそわからないが、その様子はご機嫌そのものだ。上手くエスコートできているか不安だが、楽しんでくれているならよかった。

 それから俺たちはショッピングモール内をうろついて、ゲーセンだ百均だの、あまり金を使わない場所で時間を潰し、午後四時を迎えた。

 日も傾いた、というほどの時間ではないが黒木も十分楽しめたようだから、解散する運びとなった。


「今日は楽しかったよ、和泉」

「どうってことない。俺も楽しかった」


 家の前で、短く会話をする。


「なあ、今度もまた…………一緒に来てくれるか?」

「もちろんだ。また遊ぼう」


 そう言うと。

 黒木は(おもむろ)に、一つ一つの動作を確かめるような手つきで、顔を隠していたそれらを外し、髪も解いた。

 顕になった黒木の顔。

 幼さの残る丸みのある輪郭。控えめな眉の下では、大きく、力強い瞳がこちらを見つめる。すらりと通った鼻筋に、僅かに動く、桜色の唇。

 その小さな体躯も相まって、まるで人形の様。そんなありきたりな比喩がしっくりきてしまうほどに、可愛かった。


「…………和泉」


 呟くと、顔を朱に染めた黒木は、その小さく冷たい両の手で俺の右手を包み。


「ありがとう」


 そう一言、囁くようにして言った。

 それからそそくさと家に入っていった黒木の背中を、俺はただぼうっと眺めていた。

 右手に残る、柔らかな感触を思い出すように。

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