4.過去
さ~て今日も今日とて黒木にお届け物だ。もちろん先生から預かったものであり、友基の手は借りちゃいない。
黒木とLIMEを交換してから一週間、不思議と気分がいい。黒木宅へ向かう足取りも自然と軽くなる。
さあ黒木の家(と、隣の自宅)が見えてきた。今なら届け物も全然ウェルカム、文句の一つも浮かばない。
「到着、っと……おや?」
黒木の家の前に、見知らぬ人物がいた。
他校の制服を着た、俺と同じくらいの歳の女子高生。誰かを待っているようなそぶりを見せる彼女は、俺に気がつくと。
「えっと、あん子の、お友達……ですか?」
そう尋ねた。
う、うぅむ…………俺は黒木の友達、と言ってもいいのだろうか。LIMEでのやりとりこそすれ、声を聞いたのはあの日の一回きりで、LIMEで通話を試みても『やっぱりまだハードルが高い』と断られるし、顔に至っては一度も見たことがない。そんな友達がいるのだろうか……。インターネットの普及により友人関係にも多様性が生まれたとはいえ、さすがに今の関係を「友達」と呼称するのは些か抵抗がある。しかしここでノーと答えるのもそれはそれで寂しいものがある…………。
「うーん、答えは保留にさせてくれ」
「えっ!? ほ、保留!?」
俺の返答に、彼女は目を丸くして驚く。だって仕方ないじゃん、よくわかんないんだもん。
「で、でも! クラスメイトではあるんだね?」
「ああそうだ。席も隣だし家も隣、友達かどうかはわからないが距離でいえば一番近い」
さらに言えば、クラス、どころか学校の中じゃ一番黒木に詳しい。これだけは自信を持って言える。
しかしこの子は、黒木とどういう関係なのだろうか。「あん子」って下の名前で呼んでいるし……。
「私はね、あん子の同級生だったの。中学時代のね」
納得。黒木にも中学時代があったし、そこには俺の知らない黒木と、その友人がいたのだ。それが、彼女。
「はじめまして、黒木の旧友さん。俺は和泉 聖也」
「あはは、まだ名乗ってなかったね。私は沢渡 朋佳。よろしく」
沢渡が差し出した手を握り、上下に振る。すると沢渡もすぐ振り返してきた。気が合うかもしれない。
「それで、沢渡はここで何をしてたんだ?」
「あん子を待ってたんだよ。ちょっと、話したいことがあってね」
話したいことというのも気になるけど、まずは。
「黒木は学校には来てないんだよ。だから待たなくとも、ここにいる」
「…………そっか、まだ……」
途端に、沢渡の顔は陰りを見せた。まるで嫌な予感が的中したような。
「まだ」というと、黒木は中学時代から登校を拒否していたのだろうか。
「うん、まあね。それについて、今日は話したかったんだけど……また今度にしようかな」
「ああ待ってくれ、少し、話をしないか」
「え?」
俺が引き止めると、沢渡は不思議そうな顔をした。たしかに、黒木という共通点があるとはいえ学校も違う、沢渡からすれば俺と話す理由はないだろう。
しかし俺には理由がある。黒木の中学時代のことが気になるのだ。思い出話も、登校拒否の原因も。
「……わかった、話すよ。懺悔する」
懺悔。なにやら不穏な雰囲気を感じるけど、ひとまず立ち話もなんだからと、俺は沢渡を家に招いた。もちろんプリントを届けた後で。
「わ〜男子の部屋って感じ〜」
不穏な雰囲気はどこいった? 沢渡は俺の部屋を見回してそんな感想を述べた。
「ベッドの下見ていい? あと本棚と引き出しの奥も」
「距離の詰め方バグってるのかよ! あとダメだよ!」
いきなりトレジャーハントをしようとする沢渡をなんとか止めて、話を始める。
「いや〜ごめんごめん、いざ話すってなったら緊張しちゃって。……えっと、どこから話そうかな」
「俺は中学時代の黒木が気になるな。どんなやつだったんだ?」
「昔のあん子かあ。……可愛かったよ、ほんとにね。ちっちゃくて、元気いっぱいで。成績も良くってさ、一緒に勉強したりしてたんだ。それにテニス部のエースで——」
沢渡は楽しそうに、懐かしむようにして黒木のことを話した。その様子を見れば、黒木のことが本当に大好きだったのだと一目でわかる。
なんとなくだけど、黒木も沢渡のことが好きだったんじゃないかと思う。二人は親友だった、そんな気がした。
「——ていうことがあって……あれ? 今どのくらい話してたっけ?」
「三十分くらいノンストップだったよ。おかげで黒木への愛は伝わった」
「は、恥ずかしい……」
なにも恥ずかしがることじゃないんだけどなあ。というかそんなにエピソードが出てくる友達がいて羨ましい。今度友基を連れ回してみようか。
しかし彼女の話を聞くと、どうしても今の黒木に繋がるようには思えない。
快活で、勉強もできて、スポーツもできる。そんな人物がなぜ登校拒否を続けている?
「なんでもできたから、だったのかもしれない……」
「え?」
「あん子が学校に来なくなった理由。も、もちろんあん子が悪いだなんていう気はないよ! ……でも、原因の一つでは、あったのかなって……」
沢渡は目に涙を浮かべていた。
それから、心底苦しそうに、悔しそうにして。
「あん子はね、いじめられたの」