2.会話
迎えた翌日。
昨日のことがあったからか、少し早く目が覚めてしまった。とはいえ朝に何があるわけでもない、だから久しぶりにゆっくりと朝を過ごすことができた。
『一位は山羊座のあなた!』
朝の占いを見てみれば、俺の運勢は一位だった。ふはは、今日はいい一日になりそうだ。
『まさかの出会いがあるかも! 逃さないようにしましょう! ラッキーカラーは浅葱色』
まさかの出会い、か。今一番出会いたいのは黒木だな。出会いたいってよりは、何かしら反応があれば面白い、くらいのものだけど。
……で、なんなんだ浅葱色って。どこにも無いぞそんな色した持ち物は。できれば身につけておきたいんだけど——
浅葱色の物を探してたら遅刻ギリギリになった。マズったぜ! しかも見つからなかったし!
早起きしたというのに結局バタバタと家を飛び出して学校に向かう。……その前に黒木の家で、連絡袋を回収。これがなきゃお届け係は務まらんのだよ。
それからまたもバタバタと通学路を駆け、なんとか学校に到着。くそっ、疲れた……。こんなの三文の得があっても差し引きマイナス、プラマイマイだ。
額にかいたわずかな汗を拭い、ひとまず教室に行く。
「なんだ聖也、遅かったじゃないか」
「ちょっとな。朝の占いは一位だったんだけど……」
教室では、中学からの友人である一条 友基が出迎えた。
友基は黒木の席に腰掛け、ひらひらと手を振る。
「占いなんて全部テキトーだからな。振り回されるようなものじゃない」
「ラッキーカラーの物を探してたら遅刻ギリギリ……ついてない」
「めちゃくちゃ振り回されてるじゃないか……。で、見つかったのか?」
「いいや。浅葱色なんてどこにも見つからないよ」
「浅葱色……それって黒木の連絡袋の色だぞ?」
ま、マジか……。
言われて見てみればチャック部分の色が、なんか、青緑みたいな色をしている。
「これが浅葱色? もっとネギみたいな色なのかと」
「知らずに探していたのか……」
なんだ、じゃあ俺はラッキーアイテムを持つ運命にあったというのか……!
「何言ってんだか……」
呆れる友基と喋っているうちに、始業のチャイムが鳴った。
で、放課後。
今日も何事もなく授業が終わり、あとは帰るだけなのだが……。
「なんだ聖也、帰らないのか?」
「あ、ああ、ちょっとな」
俺はどうしても帰る気になれなかった。
いや、このままでは帰れない。と言ったほうが正しい。
今日は黒木に持っていく物がないのだ。それでは昨日のメモの返事を貰うことができない! 返事が貰えるとは限らないが、こっちから出向かないと、貰えるものも貰えないのだ。
まさか黒木が俺の家まで来て、「よお! 声を聞かせに来たぜッ☆」などとやるわけもないし。
「ふーん、黒木なあ。そんなに気になるなら普通に会いに行けばいいんじゃないのか」
「それはさすがになあ……同級生とはいえ、見ず知らずの男が急に訪ねてきたら怖いって」
「そりゃそうか。なら、そうだな、俺がそれっぽいプリントを作るから、それを持っていけよ」
「なんかキモいな」
「キモいとはなんだ! 人がせっかく協力してやろうというのに!」
偽造してまでって、引かれないか……?
とは思いつつも、友基に過去のプリントをパクったプリントを作ってもらい、俺は黒木の家に向かった。
「うおぉ……なんか昨日より緊張するかも……」
黒木宅にて、俺はインターホンを鳴らすのに手こずっていた。
本当に鳴らしてもいいのだろうか。プリントを偽造してまで反応を見たがるなんて、人をおもちゃにしているようなものじゃないか!
……という躊躇いじゃなく、普通に恥ずかしい……!
プリントを偽造してまで反応を見たがるなんて、まるで黒木のことが好きみたいじゃないか!
(しかしここで引き返せば、友基の作ったプリントが無駄になる!)
俺はペラ紙一枚に全責任をなすりつけ、ようやくインターホンを鳴らせた。ピンポーン。
「……あれ?」
出ない……もう一度だ。ピンポーン。
「……いない、のか?」
どうやら黒木母は出かけているらしい。なんだ、じゃあ出直すとしよう。
と、黒木宅に背を向けた、その時。
ダン!
と。上の方で音がした。何かを叩くような音だ。
ダン!
まただ。俺は急いで音がした方、黒木の部屋のある場所を見る。すると。
「おい、そこの」
「え? あっ、俺?」
小さな子どもの様な、しかしどこか冷たさを感じる声が、俺を呼んだ。
カーテンの開けられた窓の向こう。暗くて姿こそ見えないが、もしかして……いや、もしかしなくたってこの声の主は、黒木 あん子だ。
……占いスゲー! マジで黒木の声が聞けちゃったよ!
「お前、何しに来た」
「あ、あーいや、ちょっとプリントをですね? 届けに参った次第でして……」
「ならポストにでも入れといてくれ。母さんは買い物中なんだ」
言われ、俺はいそいそとポストにプリントを入れる。
黒木……意外と強気な感じなんだな。もっと、深窓の令嬢みたいなのを想像してた。イメージを修正しておこう。
「な、なあ黒木。なんで、俺に声をかけてきたんだ?」
「なんでって、母さんがいないんだから、仕方なくだよ」
「そうか……手間取らせて悪かったな。じゃあ、またな」
「あーそれと」
再び帰ろうとする俺を、黒木はまたも呼び止めた。
「なんだ?」
「いや、えっとな、あー……」
露骨に言い淀む黒木。どうしたんだろう。
「……あのメモ、お前か?」
「ああそうだ。……迷惑、だったか?」
やはり気持ち悪がられている…………ああああああああああっクソ恥ずかしい!! こんなことしなきゃよかった、昨日の俺をぶん殴りたい!!
後悔の念に押しつぶされそうになる俺に、黒木は。
「いや、そのなんだ……声くらいなら、聞かせてやってもいい」
そう言って、カーテンを閉めた。