3.とある休日の朝
とある休日の朝。
「ねぇ燐花ちゃん、朝食作るの手伝おうか?」
「……いらない。てか寝てれば?」
ぶっきらぼうに見えるかもしれないが、「休日くらい休んで」という意味の燐花なりの配慮なのだ。
「はぁ。……分かったよ。じゃあ寝るとするか! 燐花ちゃんの布団で」
「……永遠に寝てれば?」
「ひどいなぁ」
だが優作は、ジトッとした目で睨む燐花の頬が、ほんの少し赤くなっていることに気づいた。少し恥ずかしがっているのかな? と思う優作。
「それじゃあ、燐花ちゃんは俺の布団で寝てよ。それならおあいこだよ」
「っ! …………ば、馬鹿じゃないの?」
あからさまな動揺をみせる燐花。そこで優作が、燐花の目を見ながら言う。
「で、どうするの? それでいい?」
「そ、そんなの……!」
赤面しながら葛藤する燐花。頭ではそんなのダメだと分かっているのだが、心のどこかの欲求が判断を鈍らせているらしい。
「ど、どうしてもっていうなら……」
燐花が言いかけると、優作が途端に微笑んだ。
「なんて、冗談だよ」
「…………え?」
突然の言葉に、燐花は困惑する。
「休日だからって気を使ってくれるのはありがたいけど、無理せずいつでも俺を頼ってもいいんだよ?」
つまり今のは、あまり気を使わず、肩の力を抜いてくれという事を伝えるための、優作なりの冗談だったのだ。
「今の、冗談だったの?」
「うん、ごめんね」
少しからかってしまったと謝罪する優作。
しかし燐花は、自分でもよく分からない虚無感のようなものを感じ、なんとなくもやもやしてしまう。
「………………」
「あれ? 燐花ちゃん?」
「ばか」
「え?」
すたすたとキッチンに戻ってしまう燐花。
「あれ? もしかして、怒らせてしまった!?」
燐花が不機嫌になった理由がよく分からない優作は、リビングでただオロオロしていた。
――――――――――――――――――
10分後。
目の前の光景に、優作は唖然とした。
「いただきます」
「………ねえ燐花ちゃん」
「なにかしら?」
「なんで、俺の分の朝食だけ、プラスチック製のお箸一膳と水道水一杯だけなのかな?」
燐花が座っている方にはご飯、目玉焼き、アスパラベーコンなどがある一方、優作側にはコップ一杯分の水道水があるだけだった。
「しかも、水道水にお箸は一切必要ないって知ってるよね?」
「当たり前じゃない。バカにしないで」
「……じゃあ、どう考えてもわざとにおいたようにしか思えないんだけど?」
正直悪意しか感じられない、と優作は思った。
「じゃ、食べれば?」
「何をだい?」
「お箸を」
「……燐花ちゃん、箸は食べ物ではないんだ」
もちろん、燐花も本当に箸を食べさせようとは思っていない。機嫌が悪いのでついやってしまったというだけの事だ。
「フン……。冗談を言った罰よ」
「や、やっぱり怒っていたのか……。よく分からないけど、仕方がない、よく反省して味わうことにするよ……」
「お箸を?」
「水道水を!」
そんなに箸を食べさせたいのだろうか? と本気で思い始めた優作であったが、取り敢えず水道水を飲み干した。
「ね、ねえ優作」
「なんだい?」
「ご飯は欲しいかしら?」
「もちろん。できれば欲しいかな」
そう優作が答えると、何故か燐花は頬を紅潮させ、いじらしく手をもじもじさせながらこういった。
「じ、じゃあ。今日の夜、一緒の布団で寝てくれるなら許してあげる……」
「……!」
突然のデレに、優作の心はじわっと熱くなり、自身もわかるほど赤面していた。
「どうなの?」
「も、もちろんいいよ」
「そ、そう」
もはや優作にとって朝食など、どうでもよくなっていた。
そして、優作が答えるのと同時に燐花の気分も高揚していた。不機嫌だったことなど忘れてしまったかのように。
その日の夜、優作と燐花は一緒の布団で抱き合うようにして眠ったのであった。




