12 自分の子より人の子が大事なの?
「森山直樹。中央児童相談所主任に補する」
2007年4月。私は主任に昇任した。主任になれば、チームを率いる立場になる。自分の担当業務だけでなく、部下の業務のカバーも必要になるのである。
ゴールデンウィーク中のある休日の朝、明日香を連れて近所の公園に出かけていた時のこと…携帯電話が鳴り出した。横田課長からである。休日の上司からの電話…ろくな話ではない。
「森山さん、お休みのところ申し訳ありません。実は緊急に対応しなければならない案件が出たんですが、地域担当の中本さんと連絡が取れなくて…。代わりに対応してもらってもいいですか? 今後のフォローのこともあるんで…。」
そう言われると、拒否できないのが主任という立場の辛いところである。今出先なので、帰宅して落ち着いてから対応する旨伝え、とりあえず電話を切った。
急ぎ帰宅後恭子に事情を話し、電話で対応を試みたが埒が明かない。結局案件処理のために現場に出向くことになった。
「直樹さん、あなたは自分の子どもよりよその子どもの方が大事やねんね」
恭子がボソッとつぶやいた。恭子1人で2人の子どもの面倒を見るのが苦痛なのだろう。
「お母さんに電話してきてもらうから」
そういうと、まるで私が悪いことでもしたかのようにチラチラ見ながら、義母に電話を架けはじめた。急に子守りを頼まれた義母もたまったもんではなかろう。
結局、義母の都合もつかずであったが、ここでグズられたら二進も三進もいかなくなる。私は仕事着に着替えて家を出た。
案件処理は夕方までかかり、休日が1日潰れてしまった。なお、休日出勤分は月内の平日に代休を取るか、時間外手当の支給で保障される。現実的には平日に休みを取るのは困難で、必然的に後者を選ばざるを得なくなるのが現状である。
帰宅すると案の定、恭子がふてくされた顔で座っている。明日香と仁は寝たようだ。
「私の休日はどうなるの?」
おかえりとも何とも言わず、第一声がこれである。仕事の緊急度合いや立場上仕方がないこと、出勤分は超勤手当で担保されることを説明すると
「お金はあなたのバイク代に消えるんでしょ!意味ないやん!」
私だって好きで休日勤務をしているわけではない。私の仕事の特殊性をちゃんと理解して欲しいし、平日だって、おそらく一般的な男性よりも家事育児には貢献していると自負している。
余談であるが、児童相談所に勤めている職員やその家庭でも、遠からず同じようなことが起こっている。実際、地域から虐待(ネグレクト・育児放棄)の通報があり、出向いてみたら児童相談所職員の自宅だったという笑えないような話があったとも聞く。
虐待事件が起こると、マスコミはこぞって児童相談所や市・区役所の対応の不備を責め立てる。しかし、現場の職員は身を粉にして、時には家族を犠牲にして働いている。あまりの激務に心身を壊す者、志半ばで退職する者もいる。
「私の休日はどうなるの?」
この約1年9ヵ月後…「休日」が「正月」に置き換わり、再び恭子の口から発せられることになる。そしてその言葉は…森山家崩壊の伏線になるのである。