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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

或る二人の記憶

或る少女の話

作者: 月鳴

「或る國の話」の王子サイドです。未読の方は前作からどうぞ。

 

 彼女と出会ったのはいくつの頃のことだっただろうか。


 その時にはもう自分の置かれた立場も、望まれたことも、そして自分自身が望んだこともはっきりとしていたのは確かだった。


 真紅の髪と瞳を持った不遇の姫。忌色を持ち呪われていると噂される彼女は死んだ瞳ながらも美しい容姿をしていた。隷属の証として押し付けられるように彼女との婚姻を約束したが、俺にとってそれはそう悪いことにも思わなかった。その瞳には自国を想うような色がなかったからだ。


 下手に愛国心のある姫が妻にでもなれば邪魔になるのは間違いない。その前に革命が成功できれば良いが懸念の種は少ない方が良いに決まっている。


 彼女はこの世の何にも興味がないように俺には見えた。


 きっと国が滅びようと、自身が死のうと、彼女の関心を引くことはないのだろうと。


 花を贈ったのはちょっとした興味本位だった。赤い花ではなく白に近いピンクの花を。彼女は少し鼻に寄せて香りを嗅いで礼を言った。


 それが何故か嬉しくて、俺は時折気まぐれに見える範囲で花を手渡した。その度に花の香りを楽しむ彼女は年相応の少女に見えた。




 革命への準備は順調に進んだ。このまま行けば彼女と婚儀を交わすまでもなくあの国は滅ぶ。そう思うと胸が高まるのと同時に、虚しくなった。


 父を殺され、母を殺され、弟を殺された。


 正当性はこちらにあり我々は虐げられている民のために世界をひっくり返さねばならない。この恥辱を味わせた相手に報復しなければならない。……けれど、その先に何が残るだろう?


 誇りや名誉を取り戻したところで家族の誰も戻らない。俺が手にするのは新しくなった国の玉座だけ。冷たく孤独で血塗られたそこに縛り付けられるだけ。


 思えば思うほど、心が澱み、信念の灯火が消えそうになる。しかしもう後戻りはできない。そういう場所に俺は立っている。ふと、赤い髪が視界の端で揺れた。


「アンネリーゼ姫」


 絢爛な城のなか、彼女は供もつけず一人で歩いていた。彼女の置かれている立場はよくわかっている。つけないのではなくつけてもらえないだけだということも。そして誰もが彼女を恐れ近寄りもしないことも。だからこそ俺の婚約者になったのだ。


「ラモン様」


 泉に落ちる一雫のように静かで透明な声。これが悪魔の囁きにでも聞こえるというならそいつらは頭が狂っている。まあこの国の大半のやつらにはそう聞こえるんだろうな。


「……呼んだだけだ」

「そうですか」


 彼女の名前を誰も呼ばない。俺だけが呼ぶその名前。特別でも大切につけられたわけでもないと知っている。だけど、俺にとっては特別な名前。あと幾度呼べるだろうか。まもなく戦火がこの国を襲う。それまでに。




 彼女はどんな粗雑な服を着ていても美しく、気高かった。粗野な男に振り回されて転がるように俺の前に晒されてもそれは変わらない。周りの男たちはその色と容貌に少しだけ狼狽えている。隣にいる男だけがただ静かにそこにいた。


「アンネリーゼ姫、……最後に言いたいことはあるか」


 最後に何か聞きたかった。彼女は俺と似ている。持って生まれた色に何もかもを奪われた悲しい王女。搾取され奪われ続けた彼女が、最後に思い残すことはなんだろうか。


 透き通った赤い目が俺を写す。


「……、お幸せに」


 喉が張り付いて、声が出ない。彼女は何を言っている?


 俺が幸せに? なれるわけないだろう。


 この血に汚れた体で、関係のない人間もたくさん死なせた俺の幸せを、お前が望むのか。


 ──今から自分を殺す男の、幸せを。お前が。



 喘ぐように息をして俺は告げる。




「……やれ」



 髪と血飛沫が、まるで花が散るかの如く鮮やかに舞う。


 ゴトッと硬い音を立てて首が落ちた。俺はそれを目に焼き付けながら、自分が彼女に呪われたのだと思った。



 ──もう幸せになんてなれないんだよ。





 薄い色の花を見ていつも鼻を寄せるお前を、名前を呼ぶたびに息をつめて固まるお前を、赤い髪に触れるとほんの少し不機嫌そうな顔してそれでも拒絶しないお前を。


 俺がどんな風に思ってたかも知らないくせに。


 不遇な俺たちは本当によく似ていた。死んだ目をして何にも気を許せず、周りは敵ばかり。味方なんていない。宗主国と隷属国という違いはあれど立たされた位置に違いなどなかった。


 けれど俺には使命があった。お前に出逢う前から課せられていた使命が。そのために俺は生きなければ生きなければならない。いつ死んでもいいなんて言えるほど俺は国を捨てられなかった。……その目的のためにお前を失うことになっても。


 最後に願ったことも、叶えてやれそうにない。


 姫が死んだことによってヒュッテンフェルトの王族はもう誰もいなくなった。この地を平定し、国を併合、それから……。あとのことは残ったものが上手くやるだろう。


 事は成った。もうエンブレムに価値はない。血塗れの過去を忘れるためには俺が邪魔になるだろう。誰かの手を汚してしまう前に。俺は。



 ……やっぱり俺たちはよく似ているよ。何のために生まれたのかわからない俺たちは、そうであるがゆえに死ぬんだ。








 かつて物見に使われた今は廃墟と化している塔には毎年同じ時期に二つの花が咲くという。


 散り際になるとぼとりと花弁が落ちる赤い花としな垂れ下がる房状になった黄金色の花。


 本来ならば咲く場所も咲く季節も違うその花々は、いつも示し合わせたように同時に咲くのだと、今は亡き国の子孫たちは語る。今は昔の、悲しい物語と共に。





お読みくださりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 赤い花は椿?黄金色の花はミモザ??
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