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すばらしき新世界へようこそ  作者: 金屋かつひさ
第1章 哲也とレイラ
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3 美しい町並み

 哲也は病室を後にした。お世話になった看護師や医師に大急ぎで礼を言ってまわる。やがて彼はレイラに連れられて建物の外へとやってきた。そこには白い大きなカプセルのようなものが置かれている。


「さあ、遠慮せずに乗りたまえ」

 レイラが言うやいなやカプセルの横腹が開いた。どうやらこれは何かの乗り物らしかった。サイズや形状からして一番近いのは自動車だが、それにしては窓があるべき場所に見当たらない。タイヤも一見しただけではあるのかどうかわからない。


 哲也は乗り込んで中を見回した。広々としてちょっとしたリビングかとも思える内装だがやはり外は見えない。自動車ならあって当然のハンドルが見当たらない。未来の車ならジョイスティックやゲームパッドなんかで操作するのかとも思った哲也だったが、そのようなものも見つけられない。


 レイラが続いて乗り込んできて哲也のすぐ横に座った。彼女は何も手にしようとはしない。てっきりレイラが運転するのだと思っていた哲也はその様子を見て戸惑った。いやそれよりもこんな密室にこんな美女とふたりっきりになるのだとようやく気づいた。彼の心臓は事態の急を告げていた。誰からも見られる心配のない空間、赤みを帯びた柔らかな照明、すぐそばにはレイラの白い腕と脚。


 哲也がいろいろな意味で戸惑っているうちに音もなくカプセルは閉じた。すぐにシートに押しつけられるような加速感が彼を包み込んだ。


「ちょ、ちょっと。こいつ勝手に動いてますよ。それに前が全然見えない。早く停めないと」

「そうか、二百年前には自動車はまだ人が運転していたのだったな。心配ない。この時代の自動車は運転の必要はないんだ。それでいてスピードも安全性も人が運転していた頃とは大違いだ」


 少し自慢げに話すレイラ。2016年にはまだ実験段階だった自動運転車が、この時代にはあたり前になっているのだ。


「早くこの時代に慣れるにはまわりを見てもらったほうがいいな」


 レイラのその言葉と同時に車の上から三分の一あたりがガラスのように透明化した。何かを操作した様子はまったくなかった。顔の横あたりから上がシースルーになったのはまるでオープンカーのようだが当然風は入ってこない。


 これでようやくこのカプセルが自動車だという実感が湧く哲也。その一方で密室に美女とふたりっきり感がなくなってしまってがっかりもしていたのだが。もちろんそんな様子はおくびにも出さない。


 車は住宅街の大きな通りを走っていた。幅がたっぷり取られた歩道脇の街路樹の下で談笑する人たちの姿が何組も見えた。道の両側に建つ住宅のどれもに新緑の木々や草花が見て取れた。電柱や電線、テレビアンテナといった無粋なものは見当たらないし、その空の先には変わった形をした超高層ビルが林立しているのが見えた。はるか上空を行く飛行機雲は恐ろしい速度で伸びていた。


「どうかね、この時代の街を見た感想は」

 レイラがぐるっとまわりを見回すようにして言った。


「いやあ、思ったより緑が多いんですね。それに空が透き通るようだ」

「ん? 意外かな」

「いや、二百年もたっていたら開発され尽くしていて、都会では緑なんか見られないって思ってたから」

「このあたりは確か十年ぐらい前に整備されたんじゃなかったかな。先端住宅街のモデル地区のひとつだ。空がくすんでないのは恐らくPM2.5などの大気汚染物質がほとんどないためだな」

「えっ、最近造った街だったんですか。確かにきれいだけど、山を削ったわけでもなさそうだし、海を埋め立てたのとも違う。よくそんな土地があったんですね」

「余っている土地はいっぱいあるからな。そういえばテツヤ君の時代の日本の人口はどれくらいだったのかな」

「えーっと、確か一億三千万を少し切るぐらいかな」

「なるほど。じゃあ今の時代はどれくらいだと思う」

「えー、想像もつかないな。確か人口は俺たちのころから減少に転じてたはずだけど『一億は死守』とも言われてたよな。まあさすがに二百年も経てば一億は切って八千万ぐらいかな」

「二千五百万だ」


 レイラの発した数字は哲也の想像の範囲を遙かに超えていた。

 一億人以上がいなくなったという事実を。

 人口の八割以上が消えたという現実を。

 彼はとっさに信じることができなかった。


「嘘っ」

「私が嘘を言ってなんになる。人口がそれだけ少なくなったので人間の住む地域をいくつかに集約したんだ。少人数ずつあちこちバラバラに住んでいたんでは何かと不便だからな。この街はそういった新都市の一部。おかげで職場との距離は近くなるし、人の住まなくなった郊外には自然が広がるし。まあ、利点しかないな」

「でもそれって多くの人にとっては強制移住なんじゃないんですか。反対する人がたくさん出そうに思うんだけど」

「なぜそう思う。みんな喜んで移住したぞ」

「不思議だな。移住ってつまり“引っ越し”ってことでしょ。俺一回引っ越したことあるからわかるけどあれ結構面倒だよ。準備もだけど引っ越し先でなじむのにも時間がかかるし。だから俺のいた時代じゃ家族を元の場所に置いて単身赴任するっていう人が相当いるって聞いてるよ」

「そのあたりは今の政府のすぐれたところと言っていいだろう。政府と国民のあいだは固い信頼関係で結ばれている。移住には反対どころか懸念の声さえも出なかった」

「へー、どんなマジックを使ったんだろ。まさか警察とか軍隊の力をちらつかせて見かけ上は……、ってわけじゃないですよね」

「もちろんだ。そんなことをする必要はなかったからな」

「ふうん。でもレイラさんがそう言うんだったらそうだったんだろうな」


 哲也はゆっくりと窓のほうへ顔を向けた。彼の目線の先には美しい町並みとそこに暮らす人々の姿が横スクロールゲームのように後方へと流れていた。スクロールスピードはとてもゲームできるような速さではなかったが。


 哲也にはまだ信じられなかった。

 この街が一種の強制移住によって創られたことを。

 そしてその移住がなんの問題もなく行われたことを。

 そしてなによりも人口の少なさがまだ信じられないという思いが彼の頭を巡っていた。

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