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すばらしき新世界へようこそ  作者: 金屋かつひさ
第4章 対決の時
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37 自由とは 前編

「なるほど、テツヤ。それが君の言う『真実』なんだな」

 レイラが静かに言った。


「違うって言うのか」

「いいや。テツヤの聞いたことはすべて事実だ。政府はチップを国民をコントロールするための道具としてきたことは事実だし、反対派を抹殺してきたことも事実だ。義務教育後の学校をすべて廃止したことも人の住む地区をいくつかに集約したことも、公表されている表の理由以外に裏の目的があったってことも事実に違いない。でもそれは果たして『真実』と呼べるのか」

「なんだって」

「テツヤ、君は街行く人たちを見てどう思った。凶悪な強権政治におびえてびくびくしているように見えたか」

「いいや。みんな幸せそうに暮らしているように見えたさ。でもその感情は政府がチップシステムを使って無理やり植え付け……」

「それは違う」


 突然、レイラは哲也の言葉に割り込んだ。


「何が違うんだ」

「彼らは自分たちは本当に幸せだと感じているんだ。自分がしたいことをして暮らせ、収入などの心配をする必要がないだけじゃない。交通事故などの危険もないし、何らかの犯罪に巻き込まれる恐れもない。隣人とのトラブルなんていうのも皆無。仮面をかぶって本音と建前を使い分ける必要もない。そう、あらゆる不幸というものから解放された現代はまさしくユートピア。人類がたどり着いた一つの頂点。そんな中に暮らしている人々が幸せを感じないことなどあるだろうか。その感情は人々から自然に湧きだしたもの。我々が無理やり植え付けたものなんかじゃない。これこそが君の言う『事実』がもたらしたもの。これこそが『真実』なのだ」


 レイラは毅然として言い放った。自分たちの正しさにほんのわずかも疑いを抱いてはいないといった様子だった。

 しかし哲也も負けてはいなかった。


「でもその代償として自由を奪ったんだろ。確かに自分がしたいことをして暮らせているように見える。でもそれは誰かがお膳立てしてくれた幸せのメニューから選ばせられているに過ぎない。君が教えてくれたケーキ屋の例がまさにそうだ。でも人間には本来自分の人生を自分の意思で決めるという自由があるはずだ。たとえそれが(はた)から見て不幸になる道であったとしても自分の責任のもとでそれを選び取るという自由が」


 レイラがフフンと笑った。


「『自由を奪った』だって。テツヤ、それも違う。我々は人間から自由を奪ってなどいない。なぜなら人間は自由を最初から持っていたわけではないのだから」

「なんだって。人間が自由を持っていたわけではないだって」


 哲也はレイラの言葉の示すところが理解できなかった。


「人間は生まれたときから自由な存在じゃないのか」

「違う。例えばハイハイもできないような赤ん坊に“移動の自由”があると思うか」

「あるんじゃないか。自分の力で移動できないだけで」

「それが移動の自由がない状態とどこが違うのか。自由というのは言葉だけではなんの意味もない。自由とはそれを行使しようという意思と行使できる能力を持って初めて自由と言えるのだ」

「なんだって」

「じゃあ今度はその赤ん坊がハイハイできるようになったとしよう。さて、この赤ん坊に“移動の自由”があるだろうか」

「今度はあるだろう。自分の力で自分の行きたいところに行くことができるんだし。レイラ、君の言う『それを行使しようという意思と行使できる能力』を間違いなく持ってる」

「残念でした。ハイハイできる赤ん坊から目を離せば、部屋からベランダに出ようとして段差を落ちたり、床に落ちていた尖ったものを踏んで怪我したりといったことが起きかねない。だからそういった危険に赤ん坊が近づけば気づいた保護者が移動を阻止するだろう。あるいはベビーベッドなんかに入れて移動の範囲を制限してしまう。これが自由な状態と言えると思うか」

「でもさっき君は『それを行使しようという意思と行使できる能力を持って初めて自由だと言える』って言ったじゃないか。なのに急にまったく違う理由を持ち出すのは卑怯なんじゃないか」

「卑怯なんかじゃない。“移動の自由”を行使するために必要な能力は“移動する能力”だけじゃないってことだ。

 確かにその赤ん坊は“移動する能力”は持っている。でも“危険を認識する能力”や“危険を回避する能力”は持っていない。危険を危険だと認識できないような存在に好き勝手動き回られたら、そのものの命だけじゃなくほかの命まで危険にさらされかねない。そんな存在に“移動の自由”を認めるわけにはいかない」

「だから『人間は自由を最初から持っていたわけではない』と言うのか」

「そうだ。今挙げたのは“移動の自由”だがほかのでも同じだ。自由とは『行使しようという意思と行使できる能力』を対象の存在が持っていると認められて初めて与えられるものなのだ。

 確かにテツヤの時代ではやたらと自由が与えられた。自由であることが当然だと考えられていた。で、その結果はどうなった? 毎日のように犯罪のニュースが報じられ、ニュースにならないような小さな個人間のいざこざは数え切れない。経済的格差の拡大も自由の乱発のなせる業だ。さらに大きなスケールでは国同士のいさかいやら国際的なテロに至るまで。これが自由を行使できる能力のない人間にまで自由を与えた結果だ」


 キッパリとレイラは言い切った。哲也はとっさに反論ができなかった。


「だから我々は決めたのだ。人間に自由を行使できる能力があると認めるのを厳しくしようと。自由はそれを行使するのにふさわしいと認められた人間にのみ与えられるべきだと。

 わかったかな、テツヤ。我々は人間から自由を奪ったんじゃない。我々は人間に自由を与える側なのだ。人間はもともと自由のない状態で生まれて自らの努力で自由を得ていくのが本来の姿。努力もなしに自由が得られたテツヤの時代こそがおかしかったのだ。

 今の時代なら自由であろうとする人間は自分が自由にふさわしい存在であると認められるために努力する。努力は人を高める。そしてそうした高みに登った人間がそれ以外の者たちを導く」

「でもそれじゃそれ以外の人たちはどうなるんだ」

「何が問題なのか私にはわからない。彼らは自由にふさわしい人間になる努力を自ら放棄したのだ。自らの脚で立つよりも他者に寄りかかることを選んだのだ。そして彼らが安らぎを求めて寄りかかる他者こそが我々なのだ。

 そんな彼らにできるのは、テツヤの言葉を借りればせいぜい用意された幸せのメニューから好きなのを選ぶことだけ。用意されたもの以外を選ぶことはできないし、ましてやメニューを作る側になることはできない」

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