プロローグ
眼前の相手が手にする剣の鋒は、真直と此方へ向けられている。
「穏やかに、話し合うわけにはいきませんか……」
「……」
相手は口を開こうともしない。
全く礼儀を知らないやつだ。
「挨拶代わりに刃を寄越すなんて、本当に無礼な人ですね…」
「……」
私は、やれやれという具合に首を横に振る。
「……自己紹介くらいしたらどうなんです……かっーーッ!?」
それは言葉も躊躇も無しに、勢い良く二度目の攻撃を繰り出してくる。
私は反射的に、手に持つ長杖を体の前に付き出して防ぐ。
ガギリと鈍い音を立ててぶつかり合う剣と杖。
ほぼ突進に近い格好で衝突してきた相手の重みで、私の身体は跳ね飛ばされそうになる。
体勢を取り戻そうと試みるが、黒鎧の追撃は速く、私の頭の真上から剣が振り下ろされた。
「う…が……」
憤りを込めるように両手で握りしめた杖、それを掲げて降ってきた刃を受け止める。
ぎしり、と嫌な音を立てて身体が軋むのが分かる。
身軽さが取り柄の私が、眼前の巨躯を、真正面から受け止めるなど明らかに無茶の過ぎる行為だった。
だが、そんなものは百も承知である。承知のうえで、なおも譲れない。
こんな無礼者に、私が引き下がるなど、あり得ない。
「ぐ…………」
歯を食いしばって我慢して、渾身の力で相手の剣を跳ねのける。
今度はこちらの番だ。
「いい……かげんに…!」
身体を撓らせ、その勢いのままに、杖を思い切り振りかぶる。
だが、その杖は敵を目掛けること無く見当違いな軌道を描く。
黒鎧の頭の真上を通り過ぎた杖は、弧を描いて中空を舞い、
それ読んでいたのか、黒鎧は何ら避ける所作を取らず、攻めの構えに入っていた。
寡黙な鎧だ。
そう思いながら私は、体の力を抜いて、振り切った杖の遠心力に身体を預けていた。
ほんのわずか、眼前の敵と交錯する間隙。
心臓の鼓動すらゆっくりと聞こえるような、この静かな時間が、私は好きだった。
杖を振り切った刹那、体幹に軸を刺し、筋肉に火を入れる。
杖の振りとともに捻った身体を、さらに捻る。
ぎりぎりと、限界まで。
そうして溜め込んだ反り返ろうとする勢いに乗せて、
私は私の踵を、
黒鎧の丁度下顎の部分めがけて、
顎ごと切り落さんばかりの鋭さで、
まるで刃物で斬り裂くように、
針の穴を通すくらいに寸分の狂いも無く、狙い、穿つように蹴り払った。
「死ねっ!この無礼者っ!!」
溢れんばかりの怒声が高らかに響き渡る。
両膝を地面につけて、立ち上がる気配のない黒鎧の姿と、それを仁王立ちで見下す私。
そうして私達は出会った。