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バリスタさんと雪ウサギ 02【少女視点】

 

 次に雪が降った時、思い出してあの店に行ったのは一月後(ひとつきご)の事。

 ジャズの流れる店内で、数人の若いバリスタさんがたくさんのお客さんと談笑していた。

 何か違う。

 この間はクラシックが流れてたし、お客さんが入ったからか何かちょっと活気づいて見える。別のお店みたいだ。

 あの静かな感じ、好きだったんだけどな。

 砂時計みたいに時間だけが静かに降る感じが。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

 客層が明らかに違う私に、その若いバリスタさんはちょっと目を瞬いた。

 う。怯まないぞ。

「あの、前来た時、バリスタさん、一人だったんですけど……あの人は、お休みですか?」

「一人?」

 彼はキョトンとする。

「うちはいつも三人で回してるけど」

「一ヶ月くらい前来た時、クラシック流れてて、バリスタさん一人でした」

 食い下がった私に答えたのはカウンターにいたマスターっぽい人だった。

「ああ、それは木ノ下……うちの甥です。バリスタじゃなくてバイヤーでね。茶葉や豆の買い付けをしてるんですよ。あいつ、紅茶淹れるのもうまいでしょう」

 木彫りのクマみたいなマスターは、笑うとテディベアみたい。

「あの人はそりゃ年季入ってるけど、俺らだってうまいの淹れられますよ」

 スネた若いバリスタさんに、お前も経験値積め、とニヤリと笑うマスター。こっそりテディベアさんって呼んじゃおう。

 新しいお客さんが来て、ちょっと不満がおで若いバリスタさんは接客に戻った。

 木ノ下さんに、ライバル心燃やしてるのかな。

 私はテディベアさんにコートを預け、カウンター席に招かれる。

「定休日に仕入れた商品整理するって言ってたのに、一人分の売上金渡されて驚いたよ。あの日は冷え込んだでしょう。外を歩いてるお嬢さんを見かねて店を開けたって聞いて、よくやった、って言ってやりましたよ」

 尤もこんな可愛らしいお嬢さんなら、誰だって喜んで店を開けるでしょうがね、とテディベアさんは調子よくウインクした。

 両目つぶっちゃってますよ~。

 でも可愛いって言われたら悪い気はしない。話し上手で商売上手なテディベアさんだ。

 話を聞く内、あっという間にカフェオレの出来上がり。

 おおっ、缶やペットボトルとは違う!

 まず香りがイイ。味だって一味も二味も違う。

 バカ舌にも違いのわかる美味しさです。

 遺伝? メシウマはやっぱり遺伝するの?

 楽しい気分でマスターの話を聞き、若いバリスタさんにカプチーノを作って貰い、頼まないのにサービスだとテディベアの可愛いラテアートまでして貰って。雪が積もらない内に帰った。

 木ノ下さんは世界を飛び回る紳士なバイヤーさんである。

 紅茶のはっぱに珈琲の豆、偶にお酒や食材も仕入れて来るのだそうだ。

 昼間はカフェだけど、夜はバーになるんだって。

 カフェでもバーでも軽食は出してるから、マスターの気まぐれランチとかで木ノ下さんが気まぐれに買ってくる食材を使うらしい。

 テディベアさん……マスターは木ノ下さんの舌を信頼して、仕入れは全部任せているんだって。

 定番の品は品薄になったら其の都度知らせてるらしいけど、あのカフェに来る常連さんは大抵飲むものが決まってるから、木ノ下さんは減り方を大体把握してるらしい。

 私も、ペットボトルの新作はチェックするけど、定番もののお気に入りだってある。

 ペットボトルのお気に入りのアップルティー。

 木ノ下さんはその名前を聞いて、よく似た、でもそれよりずっと美味しい紅茶を淹れてしまった。

 確かな舌と、再現出来る知識と腕。

 お休みなのに、寒いからと通行人のためにお店を開けちゃう優しい人。

 また木ノ下さんの紅茶が飲みたいなあ。

 あのカフェには何度か足を運んだ。

 テディベアさんや若いバリスタさんは珈琲党らしく、紅茶より珈琲を勧めてくる。

 私も紅茶にこだわりがないから、カフェオレやカプチーノを飲んでる。

 あの若いバリスタさんはよっぽど自信があるのか、珈琲を勧めるけど。

 珈琲よりもカフェオレ、気分でカプチーノ。若いバリスタさんのラテアートはムキになってても繊細で可愛らしい。

「カフェなのに」

 若いバリスタさんは今日も不満がお。

 今日のラテアートも可愛い雪ウサギさん……何で雪ウサギさんなんだろ。今日はお任せだったんだけど。

 や、可愛いけどね。ふっくらしててふわっふわな感じとかよく出てるし。耳もおっきくて、目もつぶら。可愛いなあ。

 でも意外。少女趣味に通じてるのかな? なんてね、そんなわけないか。

 首を傾げつつ、香りを楽しむ。

 んー、イイ香り!

「飲むものは客が決めるんだ。お前の考えや好みを押し付けるな、明智」

 テディベアさんがたしなめる。口を尖らせて、若いバリスタさんはハーイと返事をした。

「でも、俺は珈琲で勝負出来ないのが悔しい」

 若いバリスタさんは珈琲大好きなんだなあ。

「一度飲んでからあの人より下だって言ってくれ」

 ……は?

「下とか言ってナイし」

 人聞き悪い。

「あの人の紅茶が飲みたいってそればっかじゃん」

 や、だってそれは。

「木ノ下さんの紅茶は特別だもん」

「俺の珈琲だって最高だって!」

 だから何でムキになるかな。

「明智、お前休憩行け」

 頭冷やしてこい、と言われて若いバリスタさんは不満がおでカウンターを出て行った。

「明智は腕は良いが、若いからか技術だけの頭でっかちでね。まだお客様を楽しませるってコトを知らない。勘弁してやって下さいね」

 サービスだとジンジャーマンクッキーを貰ってしまった。

 太るのが心配……ダイエットを決意しつつクッキーに手を出す。

 だってテディベアさんのクッキーも美味しいんだよ~。

 サクサククッキーの生姜の力を信じ、踏めば溶けるサラっサラした雪が降る中一駅歩いた。

 厚着したから冷えないよ。ポッカポカです。

 ふふふ、木ノ下さんが来週の定休日に来ると聞いたら元気にもなります。

 やったあ、木ノ下さんに会える! また紅茶淹れて貰うんだ~。


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