1,5話
これは・・・どういうことだろうか。
確か俺はずっと寝てたはずだ。
俺は独りだ。誰もいる訳がない。
なのに、かすかに匂う食物のいい匂い。
タバコと灰皿が置いてあったテーブルの上には出来たての味噌汁とホカホカの白飯と焼き魚と何故かデザートのプリンまでが置かれていた。
・・・・ いや、まてまてまてまてまてまてまて。
わけわからんぞ、おい。
なんで一人暮らしの俺の机の上にこんな立派な朝食があるんだ。
誰だ? 誰が作ったんだ?
泥棒か? でも、人の家で朝食作るやつなんかいないだろ・・・普通・・。
じゃあ霊か? ・・・餓鬼じゃあるまいし。
なら誰だ?
親父・・・・あり得ない。あのじいさんは料理できないしな。
俺だっていつもインスタントばっかりで料理なんてできるわけがない。
だったら・・・おふくろ?
まさか・・な・・。
あんな奴が来るわけないしな。
あー、馬鹿らしい。夢だ夢だ。
腹減りすぎておかしくなったんだ。
そうだ。だったらまた寝れば元の世界に戻れる。
起きたらあっちで飯食おう。
「ちょっとアナタまた寝るの? せっかく作ったのに、ねぇ葵?」
長い金髪。赤い爪。トラ模様のバック。派手な化粧に長いまつげ。そして真っ赤な唇にはタバコ。いくつもの指輪。派手なスカートの服。光るピアス。
そして手にはきらめく包丁。ほ、包丁?
・・・た・・た・・祟りだああああああ‼
俺は殺されるんだああああああああ!
誰か助けてくれって・・・・。
お前誰だよ‼⁈
「はぁ⁈てかお前誰だよ⁈」
「え、知らないの?向日よ。向日 夏未子。安信さんから聞いてないの?」
「や・・やすのぶ?」
「ちょっとちょっと・・。アンタのパパでしょうが。何忘れてんのよ」
パ・・親父かよ! つか忘れてねーし!
自分の父親の名前ぐらい覚えているわ!
てかそれよりこの女は誰だ?
向日 夏未子?
一文字も俺の記憶にない名前だ。
しかもなんでこいつが俺の親父の名前知っているんだ?
こいつは親父のなんだ?親戚か?
でも俺の親戚にこんな女いたっけ?
「なあんだ。知らないのか。そっか」
「なんだよ。人の家に勝手に入ってきやがって偉そうに」
「でもどうせ家族になるんだからいいじゃない」
・・・・は?
こいつ・・今なんて・・・
「えーとだから・・・。 アナタのパパ、離婚したのよ。ていうか浮気?そして私がその相手。だからアナタのママは私になったわけ。で、さっそく頼みがあるんだけど・・・」
「おい!ちょっとまてよ‼」
「何?」
離婚って、浮気⁈
どういうことだよ⁈
だっておふくろは入院してんだぞ⁈
それなのに浮気って・・‼
どうしてだよ・・・‼
「なんでアンタが俺の母親なんだよ⁈意味わかんねぇ‼」
「まぁまぁ。それよりアナタいいマンションに住んでるのね」
「話そらすなよクソ女が‼とっとと帰れ‼」
「相変わらず不良君は口が悪いね。でもあんまり私の葵をびひらせないでくれないかな」
「あおい・・?」
その時、女の後ろで小さな小動物みたいに隠れている少女がスッと顔を出した。
全く怯えている様子がない。
「ああ、この子が私の娘の葵だよ。葵、挨拶は?」
少女は俺に小さくぺこりと礼をしてまた女の後ろに引っ込んだ。
「ごめんね。この子、あまり喋らないのよ。でも、良い娘だからね」
「まさかその餓鬼は・・・・」
「あ、大丈夫。不良君のパパの娘じゃないから。私の元の娘よ」
そう言って女は少女の頭を優しく撫でた。
少女は少し顔を赤くして、嬉しいそうに微笑んだ。
微笑んだ顔がまるで夏のヒマワリみたいだった。
「・・で、俺になんのようだよ。ただの挨拶だけか?」
「いや、実は不良君には頼みがあるんだ」
「は?頼み?」
「私、今年大事な仕事が入ってしまってね。
とても大事なんだ。だから、君が・・・」