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うさぎにんじん


 やや強めの日差しに目を覚ました。


「……う……んん~っ…」


 ベッドから半身を起こし、あたしは大きく伸びをした。久々にゆっくり眠れた気がする。


「……あ、電池1本だ」


 枕元に置いてある携帯をなんとはなしに開き、充電し忘れていたことを軽くごち、充電機につないだ。液晶画面が表示している時刻は13時過ぎ。それが休日ならまだしも、平日なら飛び上がってる時間だ。でも、今日はいいんだ。

 あたしは部屋を出て洗面所へ向かった。向かう途中電話が鳴った。出る気にはならず、あたしは電話を無視してそのまま洗面所に向かった。留守録にしてあるから、用があるなら何かしゃべるだろう。しゃべらないのは大方セールスの電話だとあたしは決め付けていた。「ただいま、留守にしております。ピー、という発信音の後に、ご用け」で相手が電話を切る音が聞こえた。どうやらセールスの電話だったようだ。


「……うわ」


 洗面所につき、鏡の前で湿布をはがすとひどい顔になっていた。


「………治ったら、少しは可愛くなってくれないかな」


 無理なお願いをつぶやいてみる。

 悪いのはあたし。原因を作ったのも、結果を招いたのも。

 結に殴られた跡にそっと触れると、まだ熱を帯びていた。

 今朝、学校には風邪を引いたので休みますと伝えた。まさか結に殴られたから休みますなんて言えるわけないし、言うつもりもなかった。


「……勉強しよ」


 昨夜はほっぺが痛くて勉強どころではなかった。思ったより大きなショックを受けていたらしく、気が緩む度、涙腺も緩んだ。思い出すだに情けない。

洗顔を終え、あたしは部屋に戻った。ご飯は食べてない。冷蔵庫には何もない。いつものコンビニに行って食料を調達したいところだが、こんな顔で外出したくなかった。出前という手もあるが、お金を払う時にこんな顔を晒したくなかった。結局勉強してれば空腹もまぎれるに違いないという安易な結論に至った。


「……よし」


 気合いを入れようと両の頬をぱちんと叩いてしまい、自分の馬鹿さ加減と痛みに泣いた。



***



 2時間後。


(……飽きた。お腹空いた。ほっぺ痛い)


 集中力が途切れた原因はそれだけではない。あたしは机に突っ伏したまま、正面の壁に貼ってある時間割を睨んだ。よりによって本日のメニューはあたしの天敵理数系でびっしり埋め尽くされている。

 復習だけしかできないあたしにとって、今日1日のロスが後々大きく響いてくるのは間違いなかった。


「……はあ」


 ちょっと休憩しよう。勉強道具はそのままにして(片づけてしまうと再開する気力が沸かないので)、あたしは一旦机を離れリビングに出た。


「……んー、んー、ん、あー、あー~♪」


 喉のツボを押さえて声帯の調子を確かめる。悪くはなさそうだ。観客は振り子時計さん。秒針のリズムに合わせて、独唱する。


「……君と夏の終わりー、将来の夢~♪」


 『君がくれたもの』は最近ハマったアニメの主題歌だ。あたしはそのアニメの内容も歌も大好きだった。

 気持ちいい。身体が芯から歓んでいるのがわかる。あたしは何度も歌った。


「最高の~……思い出をー……」


 最高の時間はほんの束の間。


「……っ……ッ」


 あたしの喉は水を遣らなくなった植物みたいに枯れ果てた。声を失い、あたしはうなだれて、せめて笑おうとした。



***



「……ん」


 うたた寝レベルを遥かに超えたうたた寝をしていたらしい。日中の日差しが嘘のように部屋は暗くなっていた。電気を点け、充電の完了した携帯で時刻を確認する。18時20分。空腹は感じなくなっていた。机の上に広げた教科書やらノートやらを片づけていると、来客を告げるベルが鳴った。


「………」


 どうしよう。

 インターホンで出るだけ出てみようか。でも、もし新聞の集金だったら銀行にいってお金を下ろさないと足りないし、やっぱり居留守を使おう。再びベルが鳴る。


 ピンポーン、ぴぴぴんぴぴぴんぴぴぴんピンポーン。


「…………」


 新聞屋さんではなさそうだった。あたしの知る限り、こういうことをするのはひとりしか思い浮かばない。でも、まさかそんなはずは――。


「……はい」


 半信半疑のまま応答ボタンを押してみると、


「深海ですけど」


 予想と寸分違わぬ人物の声。あたしは自分の耳を疑った。


「……え……どうして……?」

「学校のプリント持ってきたの」

「……あ、ありがとう……ちょっとまってて、いまあけるから……」


 どんな顔して会えばいいんだろう。そんなあたしの不安はすぐに解消された。


「いいよ無理しなくて。体調悪いんでしょ?ポストに入れておくからあとで確認しておいて」

「……うん。浅子、あの……わざわざ届けてくれてありがとう」

「勘違いしないで。先生に頼まれただけだから。じゃあ」

「あ……」


 もっと話したかった。

 3分くらいインターホンの前で立ち尽くし、あたしは玄関に向かった。ドアを開けると、既に空は夕暮れから夜に切り替わろうとしていた。サンダルを履き、ぺたぺたとポストまで歩く。街灯に照らされた家の前の道を遠くまで見渡すが、仕事帰りのサラリーマンらしき人の姿しか見当たらなかった。あたしはため息を落とし、ポストを開けた。ポストの中に入っていたのは朝刊と夕刊、ピンクのチラシ、住宅物件の折り紙広告、その上に学校からのお知らせが入っていた。そして、


「…………ぐしゅ」


 あたしはまたみっともなく泣いてしまった。

 そこには今日の授業内容が詳細に記されたA4サイズの用紙が10数枚、ファイルに閉じられていた。

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