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四面楚歌

 学校にはちゃんと行く。それがあたしの役目だから。

 登校するときも下校するときもひとり。

 クラスに入るとみんなの視線が突き刺さる。そんなハズないのに、実際身体に痛みを覚えるまでになってしまった。


「おはよう♪天上さん」


 人懐こい笑みで挨拶してきたのは結だ。


「………おはよ」


 あたしは窓際の席に座る浅子のほうを見た。いつも通り、HRが始まるまでの間小説を読んでいる。その横顔はとても可愛くて、つい先日まで親友だった彼女となんら変わらない。


「どおしたのー?浮かない顔してるけど、悩み事?よかったら相談にのるよ?」


 席につくと、隣の席の結が心配そうに聞いてきた。


「………ううん、なんでもない……平気」

「そう?辛くなったらひとりで悩まないでいつでも相談してね?」

「…………」


 なにも言えず、あたしはHRの時間を待った。

 午前の授業中、お昼休み、午後の授業中、あたしは何度も助けを求める子供みたいに浅子をみた。浅子は友達が多く、いつもののんびりした口調で、おだやかな笑顔でみんなと接している。だけどそれがあたしに向けられることはなかった。



***



「天上さん」


 放課後、階段をおりる途中に呼び止められ、振り返った。

 あたしは目の奥が熱くなった。嬉しさと悲しさが混ざり合う。


「………なに」

「ごめんね、天上さん」


 そういう喋り方もできるんだ。いままで知らなかった。

 あたしは下手くそな笑顔をつくって、


「………いいよ、謝らなくて…………結から全部聞いた?」


 悲しげな表情のまま、浅子は静かに頷いた。


「………そっか………あたしのこと、ケーベツした?」


 浅子は首を横に振る。いっそ縦に振ってくれたほうが楽だよ。


「深海さん、いいんだよぉ遠慮しないで」

「…………結」


 とろんとした声のあとに現れたのは結だった。無意識に身体がこわばる。


「大切なものを失ったり、裏切られる気分はどうかにゃ?」


 横から浅子に抱きつきながら結はこぼれそうな笑顔であたしを見た。

 この期に及んでもあたしは、


「…………ごめん」


 そんな言葉しか出てこない。


「あははは!ごめんとか意味わかんないし。いこ?深海さん」

「うん」


 二人はあたしの横を通って階段をおりていく。

 言いたい。浅子に言いたい。仲直りしようって言いたい。あたしの秘密は結から先にバラされてしまったけど、あたしのことを嫌いになってしまったかも知れないけど、だけど浅子からあたしに話しかけてくれたのは、きっと神様から与えられた最後のチャンスのように思えた。きっと今を逃したら2度とあたしたちの関係は修復できない。

 勇気を出して、あたしが浅子に声を掛けようとした瞬間だった。


「ぁぐっ!」


 いきなりあたしのほうに向き直った結に胸ぐらをつかまれ、壁に叩きつけられた。背中と後頭部を強く打って息が詰まる。視界が揺れた。


「アンタの考えてることぐらい手に取るように分かるわよ、このばぁか」

「……う、ぅ………」


 苦しくて喉からうめき声がもれる。だけど結は全く力を緩めてくれなかった。結の冷たい目があたしを貫く。


「双葉さん、天上さんに乱暴しないで」

「だめ。主人に歯向かう奴隷にはしつけが必要だもん。コイツが今なんて言おうとしたか当ててみせようか。『全部あたしが悪かったの。ごめんね浅子。だから仲直りしよう』でしょ。違う?」


 あたしが驚いて目を見開くと、結はせせら笑った。

 突然結の力が緩み、あたしは解放された。


「おお、こんなところでガールズトークかお前たち!」

「古いよセンセー」


 担任の倉橋先生が上の階からおりてきたのだ。

 浅子と結は何事もなかったように先生と会話を交わし、


「じゃあまた明日な!」


 何事もなかったようにやり過ごした。


「天上さん」


 先生を見送った姿勢のまま――あたしに背を向けたまま、浅子が言った。


「双葉さんがさっき言ってたこと、本当?」


 あたしはまだ頭がくらくらしていたが、すがる思いで浅子の質問に答える。


「…………うん、本当だよ。だって、あたし、浅子を失いたくない………裏切られたくなぃ…………」


 平凡だった毎日が、どれだけ幸福だったのか、浅子が自分にとってどれだけ大切な存在だったのか、失って初めてわかった。あたしには浅子しかいないんだ。


「あーあ、泣いちゃった。張り合いないなー。どうする?深海さん」


 呆れ顔で結は浅子に決断を委ねた。あたしは内心ほっとした。結の邪魔が入らなければ浅子と仲直りできる。すこしの間が空き、


「天上さん」


 浅子は言った。あたしの思い描いた理想のシナリオとは全く違う台詞を。


「傷つけた人の数は覚えてる?」

「……え?」

「『え』じゃなくて。いままで何人傷つけたか、覚えてる?私に謝るくらいならその人たち全員に謝って。全員から許してもらえたら、仲直りしてあげるから」


 その声は優しくて、あたしの心に響く。どんな顔で、どんな声で、どんな返事を返したら良いのか分からなかった。わからないまま、あたしは返答するしかなかった。


「…………そんなの、わかんない………」

「そう。じゃあごめんね。双葉さん、帰ろう」

「はーい♪」


 浅子は結と帰って行った。

 あたしは涙ぐんだまま、動けなかった。

 階段からおりてきたよそのクラスの子があたしを怪訝そうに見ては通り過ぎていく。

 背中を打った痛みより、頭を打った痛みより、心のほうが痛かった。





 その日からメールも通話も拒否されてしまって、あたしは浅子と連絡する手段を完全に失った。自宅に電話をかけても「忙しいから」と一蹴されてしまう。あたしは途方に暮れた。

 ある日の夕方、自転車で家に帰る途中、緑道の途中でそうじのおじさんを見つけた。浅子と一緒なら頭を下げたりできた。いずれは挨拶もできたかも知れないのに。


「…………」


 無言ですれ違う。毎日毎日落ち葉を掃いていて、飽きないのだろうか。

 あたしはゆっくり流れる川をみながら家に帰った。日課のマインスイーパもやらなくなっていた。



***



 6月中旬。

 期末テストの出来は散々で、あたしは人生初の補修を受ける羽目になった。元々苦手な理数系に加え、他の科目まで赤点のオンパレードだった。


「どうしたんだ天上。他の先生方に聞いたんだが、授業中に居眠りしたり、ボーっとしてるらしいじゃないか。先月までそんなことなかったのに、最近少したるんでるんじゃないか?」


 その日、あたしは職員室に呼び出された。


「……すみません。これからは気をつけます」

「まあ、これからでも巻き返しは十分利くし先生も協力するが、このままの調子でいってしまうとちょっと不安なんでな、一度親御さんとも話したいんだが」

「…………それは………あの、困ります……両親には黙っていてください」

「そうは言うがな――おい」

「…………すみません」


 寝不足がたたり先生の話しの途中であくびをしてしまい、あたしは謝った。


「とにかく。もうちょっと気を引き締めていけよ。高校生なんだから」

「…………はい」


 小さくお辞儀して、職員室を出た。

 希望に満ちた高校生活は早くもボロボロだった。クラスからは完全に孤立し、結の言ったとおり夜眠れなくなった。だから授業中に寝てしまう。もともと勉強ができないのに授業もそんな調子で受けてたらこういう展開になるのは当然だった。泣きたいが、泣いてどうなるわけでもない。

 嶺高はバリバリの進学校ではないが、それでもテストで赤点ラインを常に下回ってしまうと、留年――最悪退学の可能性もある。

 その日から、家に帰ると復習をするようにした。毎日の授業内容を覚えておけば赤点だけは避けられるはずだ。予習はしない。というか習ってもいない部分を(特に数学)予め勉強して理解できるほどあたしの頭は上等に出来てない。

 そういえば浅子は数学が大得意で、「真実(回答)はいつも1つ~」ってよく言ってた。なにかのアニメの名台詞らしいが、あたしにはよくわからなかった。


「…………」


 あたしは浅子に見限られたのに、未だに浅子のことが忘れられない。


(……ケーベツしないって、いったクセに)


 浅子を恨めしく思う気持ちが、恨めしい。なんであたしってこうなんだろう。結と仲良くしてる浅子の姿を思い出すたび、胸がもやもやする。学校に行くのは嫌じゃない。みんなの刺すような視線にも我慢できる。だけど浅子が結と仲良くしてるのを見るのは嫌だった。見せつけてくる結はもっと嫌だった。


(……結はずっとあたしを恨んでたんだ)


 あたしの中では既に終わったことだったけど、全然そんなことなくて。

 結の傷の深さは想像もつかない。結にとって、結のおばあさんやあたしがどんな意味をもっていて、どんな存在だったかなんて想像もつかない。それをいっぺんに失った結の気持ちなんてわかるわけない。


「…………」


 ペンを動かす手が止まる。こうなるともうダメだ。集中力は一旦途切れるとなかなか修復できない。友情よりかは、いくぶん修復しやすいのかななんて思いながら。

 あたしは勉強を終了し、椅子の背もたれに背中を押しつけて大きく伸びをした。待ちかねていたようにお腹がきゅうっと鳴った。気付けばもう夜の11時だ。あたしはコンビニ弁当をレンジでちんして食べてから、お風呂に入った。

 以前までは勉強してるとすぐ眠くなったけど、最近のあたしは眠くならない。お風呂から上がり、手にまんまるクッションを抱いてリビングのソファに腰を落とす。なにか手に持ってないと落ち着かないのだ。久しぶりにTVをつけると、いじめが全国的に増えているというニュースが流れていた。あたしはチャンネルを変えた。深夜アニメをやっていた。時間つぶしになればなんでもいいやと、あたしはそのアニメを観ることにした。小さい頃、あんぱんっぽいヒーローが活躍するアニメなら観てたが、その頃とは大分違った内容のもので、絵もキレイだった。驚いたのはそれよりもエンドクレジットだ。

あたしは今までアニメというのは、アニメの絵がそのまましゃべるものだと思い込んでいた。だがそれは大きな間違いだった。

アニメのキャラクターは人間が声を充てているのだと分かって驚いた。同時に興味が沸いた。アニメが終わるとあたしはすぐに自室のPCをつけた。調べていくと声優という職業にたどり着いた。アニメキャラクターに声を充てているのはこの声優という人たちらしい。


「……いいな」


 つぶやいた自分自身にあたしは驚いた。

 盛り上がりかけた気持ちは瞬間冷凍し、PCの電源を落としてからあたしはベッドに向かった。毛布をかぶり、目をつむり、かたつむりのように丸まって朝を待った。

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