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-Before_Snow-

 私が初めて劇団『そら』の公演を観たのは小学校4年生の頃だった。

 おばあちゃんに誘われて、地元の区民館に観に行ったのだ。

 私のおばあちゃんは演劇が大好きで、大人向けから子供向けまでとにかく演劇と名の付くものに目がなかった。いつもはおばあちゃんの友達と一緒に観に行くんだけど、その日は友達の都合が悪くなっちゃって、私に白羽の矢が立ったのだ。正直私は演劇というものに全く興味なくて、でも大好きなおばあちゃんの誘いだからついていっただけだ。

 その時の演目は『ごんぎつね』だった。



***



 両親のいない小狐ごんは村へ出てきては悪戯ばかりして村人を困らせていた。ある日ごんは兵十が川で魚を捕っているのを見つけ、兵十が捕った魚やウナギを逃すという悪戯をしてしまう。それから十日ほど後、兵十の母親の葬列を見たごんは、あのとき逃がしたウナギは兵十が病気の母親のために用意していたものだと悟り、後悔する。


 母を失った兵十に同情したごんは、ウナギを逃がした償いのつもりで、鰯を盗んで兵十の家に投げ込む。翌日、鰮屋に鰯泥棒と間違われて兵十が殴られていた事を知り、ごんは反省する。それからごんは自分の力で償いをはじめる。しかし兵十は毎日届けられる栗や松茸の意味が判らず、加助の助言で神様のおかげだと思い込むようになってしまう。それを聞いてごんは寂しくなる。


 その翌日、ごんが家に忍び込んだ気配に気づいた兵十は、またいたずらに来たのだと思い、ごんを撃ってしまう。兵十がごんに駆け寄ると土間に、栗が固めて置いてあったのが目に留まり、はじめて、栗や松茸がごんの侘びだったことに気づく。


「ごん、おまえだったのか。いつも、栗をくれたのは」と問いかける兵十に、ごんは目を閉じたままうなずく。兵十の手から火縄銃が落ち、筒口から青い煙が出ているところで物語が終わる。



***



 小狐ごんを演じていたのは私と同じくらいの年の女の子で、舞台の上で小さな体を大きく使って演技していた。きらきらしていた。おばあちゃんは感動して泣いていた。変なのとか思ったら私まで泣いてた。


「やってみようかな、演劇」


 帰り道、おばあちゃんにそういったらすごく喜んでくれた。

 私は劇団『そら』への入団を決めた。




 劇団『そら』は小学校1~6年生から構成される少年少女劇団で、毎年かなりの数の公演を行っていた。地元だけでなく地方公演も勢力的に行っていた。所属人数は信じられないくらい多くて、それは=ライバルの数ということで、入団しただけできらきらできるほど甘くなかった。

 1年生から入団してる子がほとんどで、私と同学年の子たちは既にキャリアが3年以上あって、演技の「え」の字も知らなかった私は基本中の基本から学んでいくしかなくて。やっと次回公演メンバーに選ばれて大喜びしてたら実は『木』の役だったりとか。そんなのばっかりだった。

 舞台袖から台詞のある役をもらえた子たちを見ながら泣いたこともあった。木の格好のままで。

 それでもおばあちゃんは、私が例えどんな役であろうと出演することが決まれば必ず観に来てくれた。嬉しくて木の演技にも力が入った。

 学年別の公演は競争率ががくんと落ちるから、私にも少しだけどチャンスがあった。けど大きな会場で公演する時は必ず全学年でオーディションがあって、そこから出演メンバーを選出していく。演技力さえあれば、例え1年生でも主役を張れるのだ。だけど高学年になればなるほど経験も増えるし、普通に考えて5,6年生が有利なのは当たり前の話。事実そういった大型公演に出演できたのはほとんどが5,6年生だった。

 たったひとりの例外を除いて。




「今日の稽古はこれで終了です。みなさんお疲れ様でした」

「ありがとうございました!」


 講師の先生が稽古スタジオから出て行く。

 緊張感に満ちた時間から解放されると、私は立っていることもできずその場にへたり込んだ。おしりまで隠れるTシャツもレギンスも汗でびっしょりで、ぞうきんみたいにしぼれそうだった。


「はー………」


 本当に疲れていると「疲れた」って声すらでない。だけど心地良い疲れなので、私はそれが嫌いじゃなかった。


「双葉ちゃーん、全公オーディションの結果どないやったー?」

「……落ちたよ」

「あはは。うちも落ちてもうたわ~。今回のオーディション参加者200人以上おったらしいからしゃーないかー。でもうち才能ないんかなー」


 タオルで汗を拭いてたら同学年の女の子が話しかけてきた。名前は西野瑞穂にしのみずほ。底抜けに明るい声で後ろ向きなことをいう。

 私が『そら』に入団した時から色々親切にしてくれる子だ。オーディションでたびたび関西弁が出てしまうせいで、私と同じくらい合格率が低い。それが理由かはわからないけど、私たちは仲が良かった。

 今回の全体公演の演目は『夢から醒めた夢』。私はマコの役をやりたかったけど、不合格だった。


「主役は天上さんに決まったんやて」

「また?すごいね」


 天上響あまがみひびきさん。1年前、私がおばあちゃんと区民館で観た『ごんぎつね』で小狐ごんを演じていた女の子だ。私は残っていたポカリを一気に飲み干し、ようやく一息ついた。


「双葉ちゃんは知らへんと思うんやが、天上さんて1年生の時からほとんどの全公オーディションで合格しとるんよ。天上さんの苗字と劇団名から『天空伝説』なんて言われとる」

「どこかのRPGみたいな名前だね……」

「それは禁句や。まあ、どこの世界にも天才はおるってことやね」


 私の中には天上さんを目指す挑戦の気持ちと、彼女がいる限り絶対に主役はとれないという諦めの気持ちが混在していた。どうやらそれは私だけに限らないみたいで、他の子たちも天上さんがオーディションに参加すると、顔には出さないけれど半ば諦めムードを漂わせていた。


「でも、先生たちからちやほやされ過ぎてちとコレになっとるよね」


 瑞穂は鼻の前でグーを作って見せる。どういう意味?と聞いたら、


「天狗や、天狗。調子に乗っとるゆう意味」

「……私は、天上さんはそんな子じゃないと思う」


 天上さんはちょっと無愛想だけど話しかければちゃんと返事してくれるし、求めればアドバイスもしてくれる。なのに彼女を嫌う子がいるのはやはりその才能ゆえだろうか。私は天上さんに憧れて入団したから、いくら敵わないと分かっていても彼女を嫌うなんてことなかったけど、みんながみんなそうではないらしい。


「双葉ちゃんは優しいね」

「そんなことないよ。私、夜ご飯の買い物あるからそろそろ帰るね」

「あいよ。ほなまたね~」

「ばいばい」


 更衣室で着替えを済ませ、私はスタジオビルをあとにした。

 空はオレンジ色に染まり、季節は秋から冬へ移ろおうとしている。

 私には両親がいない。双葉結ふたばゆうが私の名前だけど、双葉の姓を継ぐのはもう私だけだ。私が生まれてすぐに、交通事故で二人とも天国に行ってしまった。

 だからお母さんのお母さん。つまりおばあちゃんが私のお母さん代わりだ。

 いつも明るくて笑顔を絶やさないおばあちゃん。

 厳しいけど、それ以上に優しいおばあちゃん。

 私は誰にも言わないけれど、家でおばあちゃんが家族で写った写真を見て泣いていたのを知ってる。私がマコを演じたかったのはそのためだ。

「ありがとう。私はお母さんの子に生まれて幸せだったよ」って。マコを通じて、お母さんの代わりに私がおばあちゃんに言ってあげたかった。



***



 6年生になり、私は2年越しの夢が叶った。

 天上さんと友達になれたのだ。私が講師の先生からぼろくそにいわれ落ち込んでいた時、彼女のほうから声をかけてきてくれて、それを機に親しくなった。


「天上さんていつから演劇始めたの?」

「響でいいよ、双葉さん。あたしも名前で呼びたいし」


 その日の稽古の帰り道、私と天上さんはマックでお茶をしていた。

 いきなり呼び捨てでいいなんて言われ、私は驚いてポテトが喉に詰まりそうになった。天上さんは私の質問に答える。


「あたしは親が演劇やってるから。その影響で小さい時からずっと」

「じゃあ、将来はひ……響も演劇の世界で?」

「うん。他にやりたいこともないし。結も演劇続けるんでしょ?」

「え、私?」

「そうよ。なんで驚くの?」

「だって私、結局一度も全公オーディションで合格できなかったし、学年別でも準主役が最高だったんだよ?『そら』は小学校までだし、中学にいっても続けようとは思ってなかったから……」

「そうなんだ。残念」


 意外な台詞だった。私は天才の名を欲しいままにしてきた響に、その理由を尋ねずにはいられなかった。そしたら、


「あたしは結の演技好きだから」


 私は泣きそうになった。慌てて顔を響から背ける。


「どうかしたの?」

「な、なんでもないっ」

「そう?ならいいけど」


 会話が一旦途切れて、響はミルクを飲んだ。

 私は気持ちが落ち着くのを待って、


「そういえば、響ってミルク好きだよね。練習終わったあともいつも飲んでる」


 すると、突然ぴたっと響の動きが止まった。


「……笑わない?」

「うん?うん」

「あたしんち、みんな背が高いんだ。お父さんは190センチくらいあって、お母さんも170センチあるの」

「おおー、モデルさんみたいっ」

「なのにあたしだけチビだから」


 確かに同年代の子たちと比べても響の体は小さかった。

 私が思わずくすっとしてしまうと響は赤くなって、


「笑わないっていったのに」

「ううん、違うの。ごめんね。別におかしくて笑ったんじゃないんだよ」


 私はそんな響をかわいいと思った。演技の天才と謳われる響は、本当はごく普通の女の子なんだ。

 私はずっと響に伝えたかったことを伝えようと思った。


「私、2年前におばあちゃんと一緒に初めて『そら』の公演を観たの」

「そうなんだ」

「うん。でね、その時はじめて響の演技をみて、きらきらしてるって思ったの。とても感動したの。私に演劇を始めるきっかけを与えてくれたのは、響だったんだよ」


 私は響に感謝の気持ちを伝えた。「ありがとう」は照れ臭いから、私はせめてそう言った。響はすこしきょとんとしていたけど、そのあと微笑んでくれた。私は嬉しかった。

 卒業公演は4ヶ月後の3月10日。

 演目は『白雪姫』。

 劇団『そら』での最後の公演になる。

 私は響と友達になれた。最後の公演は二人で同じ舞台に立ちたいと強く願った。それをおばあちゃんに観てもらうんだ。おばあちゃんに感動してもらうんだ。2年前響がそうしてくれた様に、今度は私が。

 一緒にがんばろうねって私たちは約束した。約束したんだ。

 だから…………だから………だから。

 裏切られるなんて、夢にも思わなかった。

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