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夜翔竜の舞う夜空

作者: 孤城守

オブジェクト指向プログラミング言語を使う人なら、出てくる用語が分かるからニヤニヤできて楽しいかもしれません。メトーデ=メソッド(独)です、一応。

(※pixivにも投稿中)

 

 

 夜翔竜ノクトフォンスは、夜にだけその翼を広げる。

 瞬き、光放つ恒星が散らされた、紫紺の領域──夜空。

 ノクトフォンスが舞う時、彼の竜の紫紺の身体は自ずと紫紺の夜空に同化する。

 夜翔竜は夜空になる。

 夜空は彼の独壇場となる。

 彼の独壇場に、その飛翔を阻む者は無い。阻める者はいない。

「夜よ──我の盟友にして、我の定常存在時空域よ。夜の竜ノクトフォンスの名において、メトーデの実行を要求する。今宵の我が向かうべき人間を、登録条件で検索せよ」

 夜と同化して飛翔する竜は、『夜』に命じた。

 『夜』はいにしえよりの契約に基づき、彼の竜の命に答え、基底クラスの『星』よりオーバーライドして継承されたメトーデを、直ちに実行する。

 コンマ零零数秒で検索処理を終えた『夜』は、竜の脳の情報長期記憶領域へとダイレクトにアクセスし、検索結果のデータを圧縮し、多重・高速化して流し込む。

 ノクトフォンスは、自身で意識する事も無く圧縮されたデータを解凍し、己の脳の記憶域に浮かぶ結果のデータを参照する。

 条件に合致した人間は総数で約千八百。検索時の自分の天球座標からの距離というカラムにおいて、脳に備わった標準処理回路で昇順ソート処理を実行する。

「最短距離の人間、約二・三キロメートル南南西……夜よ、メトーデの迅速な処理に感謝する。早速、一人目へと向かうとしよう」

 ノクトフォンスは満足げに口元を歪めて微笑すると、旋回して進路を南南西へ。すぐさま加速する。

 『夜』はただ黙して、竜を見守る。それだけでなく、夜の定義時間域内においては、この星の全てを見守る。制御する。その役目の為に作られた抽象定義存在──クラスの実体なのだから。

 バックグラウンドでは、濫立するスレッドで多くの処理系を実行しているが、『夜』にとってそれは繰り返される日々の雑事に過ぎない。その処理に対して負担など全く感じることも無い。まだキャパシティに余裕があるからこそ、『夜』へのアクセスが許可された稀有なる上級実体存在であるノクトフォンスの命にも応じれるのだ。


 夜とは──

 一般的に昼行性動物である人間は、眠る時間である。

 しかしそれは飽くまで、多くの人間という種を観察して統計をとり、帰納的な論証によってそうだとされているだけの事である。全ての人間が夜は必ず眠っているわけではない。つまり、例外などいくらでもいる。

 この日の夜も、眠れずにいる人間は沢山いた。理由は様々だが、夜に眠れない人間など、この星の上には数え切れないほど存在する事だろう。

 だがその中でも、『独り孤独』かつ『夜空を眺めている』かつ『夜へと何らかの呼びかけをしている』という条件を満たした人間となると、かなり数が絞られる。ノクトフォンスが『夜』に検索させたときの条件がそれだった。

 そんな条件を満たす人間の一人が、ここに居た。


 公園のベンチに、仰向けに寝転んでいる。虚ろな瞳を、公園の木々の間に覗く夜空へと彷徨わせる女。歳はニ〇から三○の間くらいだろうか。

 ベンチからブラリと脱力して垂れ下がる右手には、空になったウイスキーのボトル。

 大量のアルコール摂取で泥酔し、その酔いが少しずつ醒めはじめてきていた頃だった。

「ああ……あの星の海に溶けて、消えられたらなぁ~」

 この夜に、何か絶望的な事でも起きたのか。

 彼女は、自棄酒を飲んだのだと思われる。口元の自虐的な笑みがまた、それを裏付けているかのようだ。

「もう何もかも嫌になっちゃったー。………………あれ?」

 彼女は訝しんで、思わず声を上げる。

 見上げる夜空の中。ちょうど自分の真上に位置する星たちの光が、いつくか同時に消失した。酔っている自分の錯覚か何かだとも考えた。あるいは、風に揺れた木の葉が一時的に星の姿を隠したか。

 しかし、ずっと星は消えたままで……。

 しばらくすると、風が吹き付けてきた。真上から地上へと吹く、奇妙な風。

 真上の星の光が見えなくなったのは、そこに何かが居るからだと彼女は判断した。それだけ正常な判断を下せるほどには、酔いが醒めてきたと言ってもよいか。

 ベンチに仰向けの彼女に吹き付ける風は、徐々に強さを増してきた。さすがに身を起こし、ベンチに普通に腰掛ける姿勢に戻る女。

 背中に垂れているはずの茶色のストレートヘアーが、風になびいて宙に踊る。

「な、何……?」

 やがて、夜空から降ってくる紫紺の何かは、公園の木と同じ高度まで下がってきたらしく木に接触し、小枝や木の葉を風の中に舞い散らす。

「なんなのよ、も~!」

 空のウイスキーボトルを八つ当たりをするように投げ捨てると、両手で顔をガードする。小枝や木の葉、砂礫までもがその両手にぶつかってくる。

 大地を揺らし、紫紺の巨大な影は着地した。

 女の眼前。公園の中央付近にあるのは、かなり大きな滑り台。その上に、器用に二本の足を着ける者──

 紫紺の夜翔竜、ノクトフォンスである。

 公園の照明が、彼の竜の輪郭を照らし出す。頭部には一対の黒い角。しなやかでありながら力強い四肢の先には大きな爪。巨大な蝙蝠のような翼に、長い尾。一般的な西洋の竜を踏襲したような姿。

「ちょっとちょっと、夜空が、竜になって降ってきたって言うの……? あはははは。ありえなくないー?」

 女はまだ酔いが残っているようだった。眼前に降り立った、紫紺の竜を指差して笑う。眼前の巨大な竜に対して、驚きはしても、恐怖など全く抱いていない様子である。

「面白い表現だな、人間の女よ。はて……我の足元のこれは、人間の創りし遊具『滑り台』というものであったか。我が滑って遊ぶには小さすぎるのが難点であるな」

 夜の竜は歌うように言いながら、大きく広げていた両翼をたたむ。そして人間の女を凝視する。低いバスの声。静かな生気に満ちている、銀色の両眼。

「当たり前でしょー、それ人間のだし、しかも子供用。っていうか、なんなのよ、あんた?」

 酔っているせいか、自暴自棄になているだけか、女はこの異常事態に対した動揺も見せず、竜を見返して右手で指を突きつける。

「これは申し遅れた。我の名はノクトフォンス。夜の盟友にして、夜空を駆ける竜。夜空に呼びかける、孤独な人間の願いを聞き入れる事などを任としている者である。そなたも、願いがあれば一つ、我に言ってみてもよいかもしれぬ」

 きょとんとして竜を見上げる女。

「ふーん……? 願いとか、ロマンチックではあるわねー。でも、別に言わなくてもいいわけ?」

「もちろんである。そなたの好きにすればよい。我はただ話し相手になるだけでもかまわぬし、夜の歌を歌ってもかまわぬ。望むのであれば、踊ってもかまわぬし、添い寝してもかまわぬし、今すぐそなたの前から立ち去ってもかまわぬ」

「なにそれー? なんか、てきとーなのね?」

「うむ、てきとーである。我は夜空の竜。夜空を飛ぶことも、夜の人間の願いを聞きに回ることも、やりたい気分だからやっている事である。それを我の任とするもしないも、我の自由。我が盟友の『夜』は真面目な存在であるが、我は悠々自適な存在なのである」

 なにやら愉快そうに、長い尻尾を左右に揺らしながら語るノクトフォンス。彼は己の行いの全てを楽しんでいる。人間との出会い。この瞬間。全てを楽しんでいる。

 夜の竜は、夜を楽しむ。

「そんじゃさぁ~、折角だし、夜空を飛んでみたいな。で、できたらそのまま夜空に溶けて消えたいの~。 痛いのは嫌だけどね。こんな願いもオッケーなの?」

「お安い御用である。なれば、共に夜空を舞おうか、人間の女よ」

 ノクトフォンスは、ゆっくりと滑り台の上から降りる。そして大きな手を差し伸べる。女は笑顔で、躊躇う事無く、竜の巨大な掌に座る。

「では参ろうか、我が領域、紫紺の夜空へ──」

 ノクトフォンスは首を空に向け、紫紺の両翼を広げた。

「わぁっ……落とさないようによろしくね~。あ、あんたさっき、歌を歌えるとか言ってたよねー? どんな歌を歌えるの?」

 竜は、空に向けた首を曲げて女に視線を移した。

「我が歌えるのは『夜の歌』のみである。夜の言の葉で歌う歌である。人間の歌は歌えぬ。それでもよければ聞いてみるか、人間の女?」

「よくわからないけど、お願い~。折角の最初で最後の空だもん、BGMくらい無いと寂しいよねー」

「承知したのである」

 竜は楽しそうに頷くと、再び空を仰ぎ、大地を蹴った。重力を無視したように、フワリと夜空に舞い上がる。紫紺の身体は、再び紫紺の空と同化する。


 夜翔竜は夜空になる。

 夜空は彼の独壇場となる。

 彼の独壇場に、その飛翔を阻む者は無い。

「夜よ、我の盟友にして我の定常存在時空域よ。夜の竜ノクトフォンスの名において、メトーデの実行を要求する。夜の歌を歌うゆえ、伴奏を再生せよ」

 『夜』は古よりの契約に基づき、彼の竜の命に答え、サブクラスの『夜音』に内包されたメトーデを、直ちに実行する。

 『夜』は、夜の歌の伴奏を奏で始めた。

 ゆっくり、ゆっくりと、夜空に生じるは、空間の波紋。

 操作された重力子の影響で空間がリズミカルに歪む。これこそが、夜の歌の伴奏。音の無い伴奏。

 そしてノクトフォンスの夜の歌は、静かに、静かに、重く、重く、夜の空にのみ響いてゆく。人間の聴覚で感知できる周波数の、最低値ぎりぎりの竜の歌声。

 同時にその口から吐き出される星屑のように輝く粒子が、夜空に散らばってゆき、『夜』の伴奏によって生じた空間の歪みに囚われ、渦を巻くように引き込まれる時には、不思議な音を発して消滅する。

 夜の歌は、聴くと同時に『観る』ものであった。

 人間の女は、その幻想的な歌に感動し、無意識に涙を流し、幸福感に包まれ、数時間前に壊れた愛による絶望を完全に忘却した。

 忘我し、陶然とした表情で、女は夜翔竜ノクトフォンスと共に夜空を飛び──

 やがてその身体が、紫紺の夜空へと溶けだした。

「楽しかった、ありがとうね」

 満面の笑みを浮かべた女は、最後に竜に向かって述べた。

 輝く粒子となって溶けた女の一部は、ノクトフォンスの吐く粒子と混ざり合い、空間の歪みに引き込まれて消えていった。


「夜よ、我の盟友にして我の定常存在時空域よ。夜の竜ノクトフォンスの名において、メトーデの実行を要求する。今宵の我が向かうべき人間を登録条件で再検索せよ──」

 この夜が明けるまで。

 夜翔竜は飛び、人間と出会い、夜を楽しみ続ける。

 この夜が明けるまで。

 『夜』は盟友の夜翔竜を見守り、星に生きる全てを管理し、己が役目を果たし続ける。

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