クローン
俺自身、そんなことは信じてなかった。
家のどこを見ても、俺と同じ顔をした写真が、幼いころの者から今の15歳に至るまで、全部残っている。
だから、俺はなにも疑うことなく、これまで両親と生活をしていた。
俺が高校へ進学するとき、俺が確かに俺であるという証拠を提出することになり、住民票を役所へ親と一緒に取りにいった。
そのとき、自分の生まれた年月日を見た。
覚えている日付は、'41-6-18だ。
だが、住民票には、きっかり15年前の日付が載っている。
「…お母さん?」
「どうしたの?」
母さんは、まだ気づいていないようだ。
「住民票の出生日付、なんか違うようなんだけど」
「あらあら、きっと間違えたのね」
母さんはそう言って、俺から住民票を受け取ると、ここで待っててと受付から離れたところで待たせた。
待合所にいる間は暇だったから、近くにあったパンフレットを手に取って見ていた。
最近は、クローンが流行りだ。
何にでもクローン技術が使われ続けている。
例えば、死んだ愛猫の代わりの猫を注文すると、残された遺毛から人工子宮を経て、ほぼそっくりそのままの猫が手に入ることになる。
ただし、毛並みや毛色は、全く同じというわけにはいかないようで、その点はまだ研究途上らしい。
最近は、メディカル・クローン・テクニクスという企業がそれらのクローン技術の9割以上を担っている。
ヒトクローンも、技術的には可能ではあるが、法的な規制と、倫理的な規制によって、行ってはいけないということになっている。
人が人を創るという行為は、神だけに許されているというのが倫理的な規制、同一人と認識できるような容姿をもった人を人工的に作ってしまっては、社会が混乱するというのが法的な規制だ。
別に作っても問題はないと思うが、まあ、いろいろと難点はあるのだろう。
10分ほどしてから母さんがもってきた住民票を見てみると、こんどは俺が覚えている誕生日になっていた。
「これでいいわね」
「うん」
俺はそう言って、母さんへ住民票を返す。
だが、俺は見てしまった。
厳封された茶封筒が2つあるということに。
学校へ渡す分には厳封はしなくてもいいということだったから、これはまた別件のはずだ。
厳封された茶封筒は、その後、いつものように書類に挟まっておかれていた。
両親が寝てから、俺はその中を見るためにペーパーナイフをもってきて、封を切った。
「住民票の写しか…」
それ自身は問題ない。
公立高校へ進学をするから、住民票は必要だ。
厳封する必要はないのだが。
そう思って、さらに下の方へと目を移す。
そして、備考欄にκという大きな文字が書かれているのを見つけた。
ギリシャ文字で、なぜここに書かれているのかは分からない。
だが、2つ目の封筒を開けた時、分かった。
MCTという、印象的なロゴが書かれた透かしが入った紙だ。
そこには、実験者の氏名に両親の名前が、被験者のところには俺の名前が書かれていた。
「これ…なんなんだよ……」
名前の下には、DNA情報が書かれている。
とても簡単な情報名だけだから、A4一枚の紙の半分ほどのスペースに収まっていた。
俺のDNA情報名は、gDNA-612-9.55-1.71-9という名前だった。
どういう意味かは分からないけど、一つだけはっきりしたことがある。
俺がクローンだということだ。
元通りに封筒はのりづけしておいたから、見たということに気づく事はないだろう。
朝、俺が起きると何事もなかったかのようにふるまっていた。
MCTは、最近は官公庁へも技術供与を始めているらしく、待ち時間をすこしでも楽しんでもらうためのクローンペットをあちこちに貸し出しているらしい。
まだ俺のところの市役所には来ていないが、来週あたりには来るというのを、広報で読んだ。
「あら、おはよう」
「おはよう、お母さん」
すでに母さんがご飯を作りだしていた。
ニュースでは、クローン動物を捨てて、動物虐待容疑で逮捕された人の話をしている。
あまりにも似ていなさすぎたせいで、愛情を与えれなかったことが、原因だそうだ。
俺も、そうなるのだろうか。
オリジナルが、どんな性格で、どんなことが好きだったのか。
俺とまったく同じになるということは、おそらくはないだろう。
でも、もしも捨てられたらどうしようか。
俺はそんなことばかり考えていた。
人を捨てるようなことはきっとないだろうが、俺の場合は、捨てるよりも殺されることを考えるべきだろう。
オリジナルがどんな人か、俺に分かるわけがないが、できる限りその人に合わせて行動するしかない。
死ぬのは嫌だからだ。