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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

定時退社したいベテラン補佐官と、自称・愛され男爵夫人の末路

作者: ちいもふ
掲載日:2026/10/31

 王都の片隅、ロイヤル・マーチャント商会の一室。


 煌びやかなシャンデリアの下で、営業部門を牛耳る男爵夫人・マリアは、隣の席に座るベテラン補佐官・ヴァルターの袖をそっと引いた。


「ねえ、ヴァルター。昨日のギルドの飲み会、すごく楽しかったわよ。

私、案外魔力のお酒にも強いの」


「……ええ、そうですね。

現場でも酒場でも、マリア様はいつも身を粉にして活躍しておられますから、感心しますよ」


 ヴァルターは、絶妙に温度のない、しかし完璧に角の立たない笑みを返した。


 だが、内面の思考は氷のように冷徹だった。


(また始まった……。頼むから俺を面倒な承認欲求の生贄にしないでくれ。

俺はただ、平穏に定時で帰りたいだけだ)


 ヴァルターは「極度のリスク管理主義者」である。


 貴族社会の不倫スキャンダルが家を滅ぼすことを知っている彼は、マリアの家庭の冷え込みと、外での飢えを本能的に察知していた。


 だからこそ「腰が痛い」「結界の中で寝ている」と鉄壁の言い訳を並べ、すべての誘いをスマートにいなして安全圏を死守し続けていたのだ。


 だが、マリアのフィルターを通すと、大人の防衛策はまったく違った色に見えていた。


(この人は私の努力を分かってくれている。

少しシャイだけど、孤独を受け止めてくれる運命の理解者だわ……!)


 フロアの他の男たちが、様子を見てニヤニヤと下品な声を飛ばす。


「おいおい、またアピールかよ。旦那がいるのに懲りないねえ」


「魔力が敏感ですぐに感じちゃうからって、ヴァルターを食う気か?」


 セクハラじみた下ネタのヤジ。


 しかしマリアは、それを「男たちが私に夢中になっている証拠」だと思い込み、誇らしげに胸を張る。


「ねえヴァルター、今度の休日に、裏の森へ二人きりで魔獣狩りに行かない?」


 マリアが完全に一線を越えようと身体を寄せた瞬間。


「――そこまでだ、淫売(いんばい)」


 重い扉が荒々しく開け放たれると、フロアの空気が一瞬で凍りついた。


 現れたのは、怒りを全開にしたマリアの「夫」である男爵と、王宮の最高法務官たちだった。


「なっ……あなた、どうしてここに……っ!」


 マリアの顔から血の気が完全に引く。


「お前が夜遅くまで酒を飲み歩き、男にどんな卑猥な言葉を囁いていたか。

何も言わなかったからといって、許していたわけではない!」


 夫の怒号が響き渡る。


「完璧に『不貞の証拠(魔導の記憶結晶と密会ロイヤルレシートの数々)』を王宮法廷に積み上げていたのだよ!」


「嘘っ……私は被害者で……っ!」


「黙れ! 即刻離婚とし、お前の全財産没収および貴族籍からの永遠の除籍処分を通達する!」


 男爵が冷酷に指を鳴らすと、法務官たちがマリアの両腕をガッチリと押さえ込み、魔導拘束枷(てじょう)をカチリと嵌めた。


 泥水をすするような惨めな姿で、マリアは床に這いつくばる。


 しかし、これだけでは終わらない。


「ひっ……! ま、待ってくれ! 俺たちはただの酒のノリで……っ!」


 先ほどまで下ネタで野次を飛ばしていた男たちが、一斉に青ざめて逃げ出そうとした。


 だが、法務官の冷たい視線が彼らを捉える。


「貴様らも同様だ。

悪質なセクハラ、および不倫の幇助(ほうじょ)、『全財産を吹っ飛ばすレベルの巨額慰謝料請求書』をしかと受理してある」


「なっ……そ、そんな、冗談だろ……っ!?」


「セクハラを重ねていた全発言の『魔導録音晶石(ボイスレコーダー)』が、綺麗に証拠として揃っている!」


 男たちは顔面蒼白になり、腰を抜かして崩れ落ちた。


「クビだ……」「人生終わった……」と、泣き言が漏れ出す。




 ヴァルターは、嵐の去った静寂の中で、ティーカップを手に取り、冷めた液体を一口飲んだ。



(……あぶねえええええええええええええ!!)



 額から、滝のような冷や汗が吹き出す。


 もし彼女の甘い誘いに乗って「優しさ」や「愛の言葉」を返してしまっていたら、全財産没収と社会的破滅の断頭台に立たされていたに違いない。


「……ヴァルターさん、さすがですね。最初から気づいてたんですか?」


 遠巻きに震えていた若い部下が、虫の息のような声で尋ねる。


 ヴァルターは、いつもの、まったく隙のない完璧で爽やかな笑顔を貼り付けた。


「さあ、何のことやら。……私はただ、腰が痛いから定時で帰りたいだけだよ」


 そう呟きながら、ヴァルターは誰よりも早く、しかし決して波風を立てないスマートな足取りで、破滅の吹き荒れる修羅場から、安全な城(わがや)へと帰路についたのだった。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました!


 不倫スキャンダルは家を滅ぼす――。


 いかなる美人の誘いよりも「腰痛」と「定時退社」を死守し続けた男の、見事な生存戦略をお届けいたしました。


 職場にこういう人がいたら絶対頼りにしたいですね。


 皆様も、会社の飲み会や甘い誘いには十分にお気をつけください……!


 面白かったら「ブックマーク」や「評価(☆☆☆☆☆)」をポチッと押していただけると、ヴァルターの腰痛が少し良くなります。


 励みになりますのでよろしくお願いいたします!

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