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2.紫陽花(その1)

新しいお客さんが増えた春から1ヶ月ほど経った。

近所のお家の紫陽花がちらほら咲き始めてる。

こんな田舎に新しいニュースがそんな頻繁に増えるわけもなく、この1ヶ月通りの日常だった。


いつもと同じようにレジ横の椅子に座って、タブレットを操作する。タッチペンを持ってなんとなくこの春の出来事を整理してみる。

ここひと月の変化といえば、

・あれから万年筆ピアスのお兄さんは来てない。

・みずきくんがすっかり4人組と打ち解けて、高校生組は5人に。

・高校生組の中間試験。

(テラスで勉強してたけど、どうだったかな。

今年もののちゃん、れおくんが騒いでたけど、みずきくんも難しい顔してたな。)

・高校生組が夏服になった。

・綾ちゃんが平井綾乃ちゃんになった!

(結婚式はそのうちって言ってたけど、呼んでくれるかな。)

・市街に若い小説家の先生が来てたらしい。

(そういえば、万年筆ピアスのお兄さんが来てたのもその頃だよね。まぁ、市街にはあまり降りないし関係ないか。)


あとは、ーーー

他に何があった考えていると、お客さんが入ってきた。

「いらっしゃいませー。」

入ってきたのは汚れたつなぎにサンダル、ボサボサの髪、前髪に隠れた色つき眼鏡、そして中途半端に伸びた髭、少し猫背気味で少しぼーっとして気だるげなゆっくりとした歩き方。


そうだ、この人がいた。

GW明けくらいから、ほぼ毎日来るようになったこのおじさん。年齢は、ゆきちゃんより少し年上そうだから40歳くらいかな。

ゆきちゃん(山元 由希)は、地元のお姉さんで今確か35歳。ののちゃんたちの高校で数学の先生をしてる。


いつも配達が終わった頃にやってきて、ご飯を買ってテラスで食べて、高校生組が来る前に帰っていく。


「お願いします。」

「はい、978円です。」

「これで。」

「1000円お預かりいたします。22円のお釣りです。ありがとうございました!」

「いつもどうも。」

言い方はぶっきらぼうだけど、会釈だけはしてくれる。いつもどこから来るのかは分からないけど、エメラルドグリーンのフレームが素敵なロードバイクに乗ってる。



「ケイ。ちょっと話があるんだけど、お客さんはいるかい?」

「ううん、今ちょうど帰ったところ。」

レジ裏のスペースから、パパが顔を覗かせる。

「そうか。なら丁度いい。急なんだけど、明日から1週間くらい、東京に行ってくる。」

「わかった、たまにあるやつだよね。ママと待ってる。」

「いや、今回はゆりさんも一緒なんだ。配達だけしてくれたら、店は開けなくてもいい。お願いできるかな?発注の仕方とかは、わかるだろうけど無理はしなくていいから。」

「うん、分かった。お知らせ作っておくね!」


(大丈夫。配達はいつもやってる。お金の管理だって、発注だってできる。でも、なんだかモヤモヤする。)


私の心と連動するかのように、空には厚い雲が迫ってきていた。


翌日、両親は東京へ出発して行った。

田舎とはいえ、お客さんが全くいない訳でもないので、できる限り店も開ける。心配して見に来てくれる人達のおかげもあって、何とかこの数日乗り切ってこれた。それでも店内に一人でいると、普段は気にならない冷蔵庫の唸るような低い音だけが、やけに大きく聞こえる。


今日は土曜日。珍しく、初めてのお客さんが来た。多分大学生くらいかな。近くのキャンプ場に来てるみたい。せっかくのお客さんとはいえ、ちょっと苦手な雰囲気。

「ね、おねーさん!俺たちこの後BBQの予定なんだけど、この店でオススメの食材ある?」

「そうですね、この辺のウィンナーとかどうですか?あとはBBQじゃないですけど、マシュマロもありますよ。」

「マシュマロいいねぇ!ところでお姉さんもBBQ行かない??」

「……いえっ、あの」

「そうだよ、店抜けてさ俺らとワイワイやろーよ☆」

両サイドを挟まれ、肩を掴まれる。

「……困りますっ!仕事がありますから。肩の手も離してもらえますか?」

振りほどきたいのに、この人力強い……

「そんなこと言わずにさー。」

「っ、本当に。離してっ……」

(どうしよう、誰もいないのに。)

大した時間ではないはずなのに、もっとずっと長い時間に感じて、恐怖で膝の力が抜けそうになる。

もうダメ……そう思った時ーーー


「あのー、そろそろお会計いいですか?」

「え?……あ、はい!今行きます。」

低くて、少し不機嫌そうな声がする。

汚れたつなぎに、前髪で隠れた色付き眼鏡。いつもの「おじさん」だった。彼がそこに立っているだけで、店内の空気がひんやりとしたものにかわり、男たちの熱気が引いていくのが分かった。

肩の手が緩んだ隙にレジに駆け寄る。

「はぁ?なんだよ、おっさん。」

「ただの会計待ってる客だよ。」

「俺ら、今おねーさんにオススメ聞いてんの。邪魔すんなよ。」

「おすすめならウィンナーとマシュマロなんだろう。さっさと買うか決めたらいい。それとも警察呼ぶか?」

「はぁ?ふざけんなよ。もうこんなとこ出てくよっ!」

「そうか。……田舎の噂は耳が早い。変な噂にならないよう気をつけろよ。で、いくら?」

「あ、えっと780円です。」

「はい、じゃあこれ。」

「はい、ちょうどお預かりします。あのっ、ありがとうございましたっ」

「会計待ってただけだよ。でも気をつけt」

「ケイちゃん、いるー?」

おじさんの声をかき消すように、けんくんとれおくんが入ってくる。

「けんくん、れおくんいらっしゃい。」

(おじさんは、……行っちゃったみたい)

店の外を見るとエメラルドグリーンのフレームの端と、カチカチという、自転車のラチェット音だけが遠ざかっていく。

「何さっきのおじさん。それからそのお兄さん達は?」

「あの人は最近よく来るの。そちらの方達は、BBQ用の食材探しででもそろそろ帰るみたい。」

「ふーん。お兄さん達、食料ならこのまま坂降りて市街か道の駅行った方が色々ありますよ。」

「地図でも書く?それとも近所のおじさんたちに送ってもらう?」

「地図なんか要らねぇよ、大した酒もねぇし。」

「なんだよ、つまんねぇの。」

店に残っていた男たちが、こちらを見ながら出ていった。

「2人ともありがとね。」

「あれで良かったの?」

「うん。助かった。ところで、2人は今日部活?」

「うん。来週の試合でけんくんに、バスケ部の助っ人してもらうからその練習だった。」

「そっか。けんくん、なんでもできるからねー。お礼にお菓子食べてって。」


ずっと子供だと思ってた2人に救われた1日だった。

おじさんにも今度お礼を言わないと。

2話まで読んでくださりありがとうございます。

読みづらい部分もあるかと思いますが、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。

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