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1.新緑

雨上がりの夜、カーテンの隙間から月明かりが差し込む一室で向かい合う男女。


逸らせない魅力ある瞳をした女。

向かい合うのは、ボサボサ髪に色つき眼鏡の気だるげなおじさんーーー。


「おじさん。毎日来てるってことは無職ですよね?うちで働いてくれませんか?」


ーー 2ヶ月前 ーーーーーーーーー


「ケイちゃん、そろそろ配達お願いできる?」

「分かった、行ってきます。」


ママに声をかけられた私は、レジ横の椅子に座って作業していたタブレットを置いて立ち上がった。

店舗裏のハイエースに、名前の書かれたビニール袋を積んでいく。

運転席に乗り込み、シートベルトを締める。

オレンジ色の小さな花があしらわれた、「サイ」のキーホルダーが付いた鍵を差し込み、エンジンをかけるとゆっくりと車を走らせた。


ここはとある山間部にある田舎の個人経営スーパー「flowery」。スーパーといっても規模はコンビニに近い。

私はケイ。「flowery」を経営する家の一人娘で、大学卒業と同時にこちらに戻ってきて店を手伝っている。

近隣住民向けの日用品を取り扱っている程度の店だ。

人口は日々減少していて、近隣住民の他はバス停の近くにある高校の生徒さんたちと、山の上にある道の駅と隣接した大きな銭湯。それにキャンプ場目当てのお客さんが外から来るくらい。



メインの客層である住民は年々高齢化が進んでいる。

そこで週2回を目安に希望者へ配達サービスをしている。

野菜や米は各家庭で栽培・交換しているので、食料品はお肉や干物、豆腐や調味料。それ以外には洗剤など。

要望があれば道の駅の商品や、車で30分ほどの隣山の麓にできた大型ショッピングモールなどのお使いもしている。


いくつかの家を順番に訪問して、購入品を届けていく。


3軒目は、1人暮らしのおばあちゃんの家。

インターホンを鳴らしても反応がないので、縁側に向かう。

縁側では80歳程度の女性がリクライニングチェアの上で寝息を立てている。お昼寝中だったみたい。

「こんにちはー。山井のおばあちゃん、ケイです。配達に来ました。」

「……ああ、ケイちゃんいらっしゃい。もうそんな時間だったの?ごめんなさいね、寝ちゃってたみたい。」

「全然いいよー。具合悪いとか?荷物こっちでしまっていきますか?」

「体調は大丈夫よ。でもそうね、ちょっと体が動かしにくいから、持ってきてもらったものはしまってもらおうかしら。」

「はーい。」

縁側から靴を脱いで家に上がり、食料品は冷蔵庫に、洗剤などは洗面所に収納していく。


ふと部屋の確認すると朝の薬が残っているので、コップに水を入れて一緒に持っていく。


「いつものところにしまってあるから、後で確認してね。あと、お昼前の薬飲み忘れているみたいだからお水と一緒に置いておくね。」

「ええ、ありがとうね。明後日は一旦配達はなしでお願いするわ。」

「かしこまりました!念のため、明後日また顔だけ見に来ます。必要なものができたらその時に。」

「ええ、それでお願い。この後もあるんでしょ?気を付けてね。」

「はーい、行ってきます。お邪魔しました。」


4軒目は、1人暮らしのおじいちゃんの家。

ノックをして玄関を開けて声をかけると、いつも通り玄関に置いておくように言われる。

荷物を置いて玄関を出ると、隣の自治会長の家に見慣れない車が停まっていた。


「それでは、しばらくお世話になります。よろしくお願いいたします。」

見覚えのないスーツ姿の男性が玄関から出てきて振り返り家主に会釈をした。

私より少し年上の30歳前後くらいかな、サラサラの髪がアイドルみたい。

あまりジロジロみてはいけないと、私は気持ち早歩きで車に戻り、配達を再開した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「自治会長、今のは?」

スーツの男が振り返りながら尋ねる。

「ああ、近くの個人スーパーの配達ですよ。この辺はじいさんばあさんばかりだから、ああやって週2回持ってきてくれるんですよ。」

「へえ、ありがたいサービスですね。どうします?この後寄っていきます?」

「いやいい。気になるなら、後で一人で行ってくれ。」

玄関の中から、低く少し疲れた感じの声がする。

「えー、連れないなー。」

自治会長の後ろから、靴ひもを結び終えた少し癖っ毛の30歳前後の男性がもう一人出てきて誘いを断った。

二人はそのまま車に乗って、山を下っていった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


家庭用の配達を終え、最後に少し山を下った分岐路の診療所に立ち寄る。


カランカラン


引き戸を開けると、連動した小さな鐘がカランと鳴った。

「綾ちゃーん、いるー?」

「あ、ケイ。ごめん、まだ午前最後の患者さん診てて。」

彼女は診療所の看護師をしてる綾ちゃん(小嶺 綾乃)。私より2つ年上のお姉ちゃんみたいな存在。

「ごめん!いつもの感じで入ってきちゃった。じゃあこれ、配達です。」

「はい、ありがとうございます!」

「あ、そうだ。さっき山井のおばあちゃんのとこ行ってきたんだけど、お昼も食べずに縁側で寝てて。大丈夫って言ってたんだけど、後で往診回りの時、宗ちゃんと様子見に行ってくれる?」

「分かった!宗司にも言っておく。」

「お願いね。じゃあ、私帰るから。お邪魔しました。」

これ以上邪魔をしてはいけないと、扉に向かって歩き出す。

ちなみに宗ちゃん(平井宗司)は私の1つ年上の幼なじみで、ここの新人医師、そしてーーー

「うん、バイバイ!あ、そうだ。ケイに一番に言わなきゃって思ったんだ!私、結婚するか

ら!!」

「へ?は!? へぶっ!?」


バンッ!カランカランカラン!!

ガッシャーン!


友人の唐突なカミングアウトに私は引き戸にぶつかった。

扉の鐘が祝福のように鳴り響く。

受付奥の診察室からは、器具の入ったトレーが落ちた音が鳴り響いた。

「じゃあ、そういことで!」

「え、ちょっと待って!」

「あとで連絡するから!まだ仕事あるから、またね!」


カラカラ・・ピシャツ


「えええ~。」

一方的に用件だけ伝えられて、追い出されてしまった。

(はぁ、仕方ない。あとでしっかり聞くからね。綾ちゃん!)


宗ちゃんは、綾ちゃんの彼氏だ。

あ、彼氏だったになるのか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


先程、自治会長の家を後にする際に、車のドアに不注意で指を挟んだ。たいした痛みはないが、通りがかりに診療所があったので立ち寄った。


担当してくれたのはかなり若い医師だが、他にも医師がいるようなので、何かあっても大丈夫だろう。

そう思いながら、処置をしてもらっていると受付から話し声が聞こえる。


どうも近所の老人の調子が気になるようだ。

田舎の連携とはこういうものかと思っていると

「私、結婚するから!」

バンッ! カランカランカラン

ガッシャーン!


随分唐突な会話だと思った瞬間、目の前の医師が手元のトレーを中身ごと床にぶちまけた。

目を向ければ、顔を耳まで赤くして両手で顔を覆って俯いていた。

扉になにかぶつかったような音がした気もするが、それどころではない。


「ええと、おめでとうございます?」

「あ゛り゛がどう゛ござい゛ま゛ず...///」

恥ずかしさで死にそうな声で返事があった。

どうやら看護師さんの結婚相手は、こちらの医師であっていたようだ。

「宗司!今の話、聞こえてたよね?山井のおばあちゃんーーー 何してるの?」

「ご結婚されるようで、おめでとうございます。」

「あ、ごめんなさいっ。ありがとうございます!」


「宗司の処置は、終わってるみたいね。こちらへどうぞ。」

看護師の方は変わらない態度で、受付へ案内し精算作業を進める。

診療所を出ようとしたところで、引き戸に小さな巾着が落ちている。踏まないように拾い上げると、ふわりとどこか懐かし香りがした。

「あの、これが引き戸の前に落ちてたんですが。」

「あー、これはケイのね。さっき落として帰ったんだ。ありがとうございます。渡しておきますね。」

「リラックスできる、素敵な香りですね。」

「ええ、あの子だってすぐに分かる、季節外れだけど私も大好きな匂いです。拾って下さり、ありがとうございます。」


もう少しこの香りを楽しみたい気もするが、この後持ち主に会うようなので手渡し、今度こそ診療所を後にした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


診療所を後にして、やっと店に帰ってきた。

「ママ、聞いて!綾ちゃん結婚するってーーー」

「ケイちゃん、お客さんいるから。」

「え!?あ、ごめんなさい。いらっしゃいませー。」

「素敵なお店ですね」

そう言った客は、先程自治会長の家から出てきた男だった。

「ありがとうございます。」

「外にテラスがあったり、内装はどこに何があるか非常にわかりやすいPOPです。配達もされてるとか、素晴らしいサービスですね」

「ありがとうございます。 あ、」

「どうかされましたか?」

「耳のピアスが、とても素敵なデザインだなと思って。青い石とそちらは万年筆ですか?」

「ええ、大切な方からの贈り物なんです。」

無意識だろうか、耳に触れる仕草が絵になる人だった。

「ケイちゃん!助けてー!」

初めてのお客さんと会話をしていると、元気な声が聞こえて来た。

「みんな学校終わったの?」

「うん、今日はおしまい。あれ?イケメンのお客さんなんて珍しいね。」

店に入ってきたのは、今月この先の高校に入学したばかりの子供たち。

年は離れているけど、みんな近所の幼なじみたちだ。

「お客様のようなので、私はこの辺で。」

「あ、ありがとうございました!」

「ありがとうございました〜!」

宗ちゃん以外の若い人をあまり見ないせいか、散った桜が戻ってきたかのように母がご機嫌だった。

しかし

「おばさん、アイスどこですか?」

「……ちょっとよく聞こえなかったんだけど、おばさん?誰のことかしら?」

桜が舞うような雰囲気の店内がいきなり北極みたいに凍りついた。

よく見るといつもの4人組に、はじめましての男の子が増えている。

「こんにちは、ゆりさん♡今日はどこのリップ使ってるの??」

「今日のは、パパがプレゼントしてくれたやつでー」

「ゆーりさんっ!今日のお洋服も可愛いね。」

「ありがとう!やっぱりワンピースが一番可愛いわよね♡」

男子2人が声をかけながら、こっそりと何も知らない彼をつれていく。

「それで、あの子はどなた?」

「高校で一緒になったみずきくん!」

「市街でも、山向こうの子でもないんだって、珍しいよね〜」

女子2人がみずきくんを隠すように割って入り、話題をすり替えていく。


「いいか?ここにいるのは『ゆりさん』だ。詳しくは後で話す。」

「とにかく店の中では笑顔で『ゆりさん』だ。」

無言で必死にコクコクと頷く姿は、中々可愛かった。

「……はじめまして、ゆ、ゆりさん。椿 瑞稀です……!」

「はい、はじめまして。可愛らしい笑顔のみずきくんね!」

店内に春の陽気が戻ってきた。


それにしても見事な連携プレー。

いつも最初にお店に入ってくる可愛い系の女の子が、ののちゃん(倉前 希々)。

もう1人の綺麗系な女の子が、ゆうちゃん(石岡 悠)。

冷静に母を落ち着かせてくれたのが、けんくん(滑川 謙杜)。1人だけ2年生。

空気を読んで乗っかってくれた背が高いのが、れおくん(庄司 玲央)。

そして、いつもの4人にくっついてきたのが新メンバーのみずきくん(椿 瑞稀)というらしい。


「店員のケイです。よろしくお願いします。普段は父もいて3人でやってます。あんまり広くないけど、気に入ったアイスが見つかるといいな。」

「ありがとうございます。でも今日のところはお菓子にします。」


5人はそれぞれお菓子やアイスを購入して、外のテラスで食べ始めた。

「助けてー」と店に入ってきたので用事があるのかと着いて行ったみたが、どうやらもうどうでもいいらしい。4人組改め、5人組はおやつタイムを堪能して帰って行った。


そんな感じで、いつもよりてんこ盛りな1日が終わった。

私のママ、百合亜さん。そこそこいい歳にも関わらず、「おばさん」呼びは許せないみたい。正直、娘の私からしてもどうかと思ってる。

おじさんは?と思った方次こそ出てきます。

なるべく早く書きます!

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