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クリフォードがエメラインと目を合わせると、ハッとした表情をしたエメラインは見られていたことに気づいたのであろう、見る見るうちに顔を赤らめ、
「……御機嫌麗しゅう、ハノーヴァー卿」
と、片足を後ろに引き屈んだ。
クリフォードが上から見下ろす視線の先にあった、耳の上部が真っ赤である。
「美味しいですか?」
令嬢が自身を認識していることに少々驚きつつ、悪い気はしないクリフォードが微笑みつつ声をかけると、令嬢は更に赤みを増し「は、はい」と首肯し「お見苦しいところを披露してしまいました……」と続けた。
「ハノーヴァー公爵家のクリフォードだ。君は」
「わ、わたくしはスタンスフィールド子爵が長女、エメラインと申します」
エメラインに声をかけると、名乗った後、狼狽えて再び誰かを探す仕草を見せた。そしてほっとした表情となったので、こっそり視線の先を辿ると、妹であろう令嬢がどこかの子息と踊っている姿が目に入った。
そしてその瞬間、クリフォードは小さく叫び声をあげそうになった。
優雅に舞っているその妹が、忿懣たる表情でこちらに視線を寄越していたのだ。
だが、それもクリフォードと目が合うと即座に憤怒が解かれ、一変した愛らしい笑みを投げられた。まるで、直前目に入ったものがまやかしであったかのように。
クリフォードは薄寒いものを感じつつも、思考から妹君であろう令嬢を追い出した。見なかったことにしたのである。
その一方でエメラインに視線を戻すと、何と彼女はクリフォードと向き合っていながらも、密かにたった今堪能していた菓子たちを名残惜しそうに意識している様子であった。
察するに、まだ堪能し足りないのであろう。
クッと小さく苦笑しながらも、クリフォードは自分との会話より菓子が気になる様に新鮮味を覚えた。令嬢であれば、菓子などそっちのけでクリフォードにその身を寄せるのが常であったからだ。
この令嬢は、全く自分に興味が無いようだ――あまり認めたくは無いが、目の前のキラキラ輝く宝石のような菓子たちに自分は完全に負けているのではなかろうか。と、クリフォードは複雑な気持ちを持て余した。
と言うのも、大抵の令嬢は最初は緊張しやがて媚を売るようになるのだが、エメラインはクリフォードの目の前で緊張を解く様子がない。であるのに、菓子を見留める時の目は暖かいのだ。
クリフォードは彼女にとって現状自分の存在が菓子以下であることを、どうにか変えてやりたい衝動に駆られた。
また、目の前のこの令嬢が、いつ他の令嬢と同様に媚びた色をその瞳に宿すのかと注意深く見ていたにも関わらず、その様子はいつまで経っても見られないことにも小さく動揺していた。そんなことは家族と、幼馴染のレベッカくらいにしかあり得なかったのだ。
「どの菓子がおすすめなのだろう?」
ならば、と話のきっかけに、クリフォードは美しく並べられた菓子に目を向けた。
するとエメラインはキラリと瞳を輝かせ、生き生きとした表情を見せる。その小さな変化にクリフォードは瞠目した。
エメラインは、まるで大切な宝石を紹介するかのように愛しげに菓子をそっとトングで摘み上げ、磨き上げられた皿の中央にそっと置く。
「おすすめはやはりこちらのチョコレートケーキでしょうか……何と言ってもこのテンパリングの素晴らしさ! さすが王宮のパティシエは技術が段違いですわ! チョコレートに含まれるカカオバターの結晶を安定させるための温度調整作業のことをテンパリングと言うのですが、チョコレートに美しい光沢感となめらかな口溶けを生むには必要不可欠な技術なのですわ! 工程がきちんと行われていないと表面に白い斑点が出たりしますのよ。勿論王宮にはそんな技術の乏しい作り手などいらっしゃらないでしょうけど。チョコレートの風味を最大限に引き出していらっしゃるのは流石! としか言いようがありませんわ! ああっ、でもこちらのフレジエも名高い産地の苺をふんだんに使用されていて。苺は今、旬ですし、このふんわりしっとりした生地と丹念に練り上げたバタークリームに甘酸っぱい苺のマッチングが実に、実に素晴らしいですわ!」
エメラインはひとしきり語り終えると、少々誇らしげな様子でむふぅと息を吐いた。
目を輝かせたその様子はまるで知識を上手く披露できた幼子のようだ、とクリフォードは微笑ましさを感じる。また、ほんの少し前に見せていた令嬢の大人しやかな表情とのギャップに心を揺さぶられた。
黙り込んだクリフォードが驚愕の表情で目を瞬かせていると、エメラインはまたハッとして首を垂れた。
「わ、わたくしったら……失礼致しました」
「いや……詳しいんだね」
「お恥ずかしい。父によく諌められるのですわ。淑女は微笑んでいれば良い、雄弁であれば小賢しく生意気に見えると」
「そうだろうか?」
エメラインは眉を下げて所在無げな様子を見せる。
「我が家では、なかなかお目にかかれない素敵なものばかりでつい高揚してしまいまして……出過ぎた真似を。申し訳ございません」
と、俯いた。
それにしても。
この令嬢、遠目では気づかなかったのだが随分と細身だ――とクリフォードは不躾にならない程度にエメラインの様子を確認する。
――いや、細すぎないか?
クリフォードが俯いているエメラインの頬や肩の辺りの華奢な様子を気にかけた刹那、こちらに向かって来る人物に気づいた。
その、少し焦った様子の美丈夫、“漆黒の貴公子”と名高いランドルフは、幾人かの令嬢に声をかけられながらも真っ直ぐにクリフォードとエメラインの方へ足を早めていた。




