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――この令嬢、確か噂のスタンスフィールド子爵家の……
クリフォードの胸の奥で、“むくり”と好奇心が頭を擡げる。
と同時に、先日のランドルフとの会話を思い出した。
従兄弟のランドルフは、クリフォードと交流がある人間の中では最も親しいと言える“悪友寄りの”友人で、何となく互いの家を行き来する仲である。
先日、いつものようにふらりとクリフォードの部屋に現れたランドルフは大層不機嫌だった。
まあ、普段から通常は眉間に皺を寄せ不機嫌そうにしている男なのだが、その日は輪をかけて不機嫌だと感じていたところ、クリフォードは顰めた顔の彼から無言で封書を差し出された。
促されるままに封を開け、便箋を広げ見ると、並ぶ悪筆が目に飛び込む。
丸すぎる難解な文字を漸く読み解くと、クリフォードの“白銀の貴公子”という呼び名に対し“漆黒の貴公子”と呼ばれているランドルフと懇意になりたいとのことで、是非一度家まで自分に会いに来て欲しいと言った内容のようであった。
良く言えば、自身の考えをストレートに表現するタイプの令嬢なのだろう。悪く言えば、あけすけで貴族の物言いではない、ただの無礼な呼びつけ。
そも、普通の令嬢なら『また是非何かの折にはお話しさせてください』とか何とか、先ずは誘い待ちの文面を寄越すものではないだろうか。
しかも子爵家令嬢が公爵子息を呼びつける様な物言いとは。文章も洗練しておらず、教育を受けている貴族令嬢の寄越したものか疑うようなものであった――と思い出し、ふと浮かんだ歪んだ笑みを押さえ込む。
何故そのような封書がランドルフに届くに至ったのかを尋ねると、手紙の主はつい先日催された夜会にて出会った令嬢なのだという。
クリフォードが欠席した、先日王宮にて開かれた夜会での出来事だ。会の名目は何だったろうか? と思案する。この国は平和な時代が長く続いているせいか、夜会が多すぎる。
とまれ、つまりはランドルフが喧騒を逃れて庭園で休んでいたところ、スタンスフィールド家の次女である封書の差出人に迫り寄られた、と言う話であった。
その令嬢曰く、自分は自身の姉によって若い男と必要以上の交友をしていないか厳しく監視されており、そんな中、夜会でちょっとした騒ぎが起こったため、それに乗じて姉の目を逃れたなどと言っていたそうだ。
それが本当かどうかはわからないし興味もないのだが、そう言う当人の様子が怪しく、身の危険を感じたランドルフが早々に会場へ戻ることを促すと、令嬢の姉は今現在と同じように飲食エリアにいたそうだ。
本当に監視されていたならば、姉君はそんなところに居らず、見当たらない妹を捜索でもしているものではなかろうか。
令嬢の言うところの“監視”をその姉がしていたのか、実に怪しいところだ。
ちなみにその夜会での“騒ぎ”とは、給仕のものが以前から目をつけていた人物を空き部屋に連れ込んだというものだそうだ。
王宮の給仕にそんな暴力的な人間がいるとは、本当に如何なる時も用心するに越したことはない。
そして数日後、突然ランドルフへ封書が届き、馴れ馴れしい文面と共に『一度我が家で親交を深めたい』などと言う主旨の誘いがあったという訳だ。
そんな無礼、いや不可思議な令嬢の姉君が、この目の前でこっそり菓子を摘んでいるエメラインなのである。
(そう言えば、その夜会でも菓子を食べまくっていたと言っていたな……)
その令嬢エメラインは、クリフォードに見られていることには全く気付かない様子で、皿の上の菓子を何度も角度を変えて見つめ、満足すると、その場の空気がふわりと暖かく和らぐような満面の笑みを見せた。
そしてその笑顔の口元のまま、フォークで捉えた菓子を唇の向こう側へと滑り込ませる。
令嬢でも食べやすいように小さめに作られた繊細な菓子が、スイスイと令嬢の口中に吸い込まれていく様子を、クリフォードは感心しながら眺めていた。
やがてエメラインはひとしきり堪能したのか最後の嚥下をすると、『ほぅ』という溜息に近い吐息を漏らしうっとりとする。
その恍惚の表情はクリフォードの心の奥を小さく弾いた。
不思議に思うくらい自身を彩る装飾品を身に付けておらず、ドレスも普段着に毛が生えた程度の地味なものであるにも関わらず、エメラインは何故だか目が離せない令嬢であった。
クリフォードは小さな頃に好んでいたおもちゃを今再び手に入れたような、新鮮な気持ちを持って只々令嬢を見ていた。
そうする中でふと、寧ろこのエメラインが監視されているかのような振る舞いだが、とクリフォードは思う。
と言うのは、菓子を堪能している合間にエメラインがチラチラとダンスフロアの様子を確認しているのだ。
エメラインはフロアに目を向け何かを見留め、ホッとした顔をするとまた菓子を啄む。
一体何が気になるのだろう? とクリフォードが注視した時――うっかりエメラインと目を合わせてしまった。




