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こちらは短編『私のお姉さまってひどいんです!』の続きとなります。

短編投稿の予定でしたが、文字数が短編の範囲に収まらない可能性が出てきたため、連載に変更しました。

お待ちくださった皆様は本当にすみません…

前回の短編を読んでいただくと状況がわかりやすいとは思いますが、こちらのみ読み進めていただいても障りはないと思います。

どうぞよろしくお願いします。

「……どういうことなの?」



 たった今、応接室から追い出され呆然と廊下に佇んでいる、スタンスフィールド子爵家の次女キャスリンは青ざめて呟いた。



「お姉さまがあの方の婚約者だなんて、そんなこと……」



 ギリ、と歯を噛み締めたキャスリンは、低い声で呟いた。

 

「そんなの狡いわ! 絶対許さないから!」


 そして吐き捨てるように呟くと、ひらひらとした装飾の目立つ桃色のドレスを翻し、足早に去って行った。





 その、小さくなっていく淡い色の背中を静かに注視している者がいた。


 その人物は唇に弧を描き思った。


 『自分が何も行動を起こさずとも、キャスリンが勝手に事を起こすだろう』、と――



✴︎


 ハノーヴァー公爵家嫡男、クリフォードは常に退屈だった。



 幼い頃から――恐らくこの世に生を受けた瞬間から、クリフォードには何でも与えられた。物も金も様々な経験も。

 寧ろ、得られないものを数える方が難しいくらいであった。


 物心つくようになり更に数年もすると、自身の見目が女性の関心をひどく惹くものらしいと気付いた。

 絹糸のように艶めくプラチナブロンドの髪に、美しい海辺を思わせる淡いブルーの瞳。端正な顔立ちは凛々しくも目尻が少しばかり下がっており、優しげかつ仄かな情欲を感じさせる。


 全て未遂に終わってはいるが、連れ去られそうになったことも数回。

 その容姿で少しばかり微笑んで見せれば、笑みを受けた女性は頬を染め、おずおずと近づいてこようとする。

 目の前で女性同士が自分を巡って争い、それを尻目に心配を装って近づいてくる別の女性たち――


 得られないものは何も無い。女性の心でさえ何の苦労も努力も要せず、手を伸ばせば手に入る。

 否、態々手を伸ばさずとも向こうからやって来る――そんな自身を取り巻く状況を、クリフォードはこの若さで理解してしまった。



 あるとき気まぐれに、明らかな駄作を吐き出した詩人を大袈裟に褒め称えたら、その後その駄作は多くの貴族が諳んじるようになった。


 少し興味を示した令嬢が、翌日には令息どもに持て囃される。


 誰もが、無条件で自身に賛同する。



 クリフォードは思った。


 馬鹿馬鹿しい。


 だが、そんなことが起こるのは、全て自身が多大なる権力を持つ公爵家の嫡男、かつ次期当主であるからだ。


 何と、つまらない人生だろうか――と。



 だから、従兄弟であるステュアート公爵家のランドルフが『じゃあ、社交界の女たちを落とす競争でもするか? 暇つぶしに』と下世話な提案を言い放った時も、クリフォードは乗ったのだ。

 その話を聞いて幼馴染のレベッカは『醜悪ですわ』と眉を顰めたけれど。


 そう、ちょっとした“暇つぶし”

 そんな事でもないと、クリフォードは退屈という病で死んでしまいそうだったから。

 どうせそのうち家の利益となる女性と縁付かされることになる。それまでの時間潰しに――そう思ったのだ。


 だが、予想に反してそれも早々に飽きてしまった。女性たちがあまりに呆気なく彼らに釣り上げられるからだ。

 何故そんなに簡単に心を許すのだ? と胸の内を隠した微笑みを浮かべ、クリフォードは熱を帯びて自身を見る女性たちを見下ろす。その心はひんやりと冷えたままだ。

 どの“熱”も、クリフォードのその冷えた心を溶かすことはなかったのである。

 そしてその熱を避けるように、クリフォードは令嬢から距離を置く。その繰り返しだった。


 だから、クリフォードは思っていた。“生きることは退屈との戦いなのだ”、と。

 レベッカは『不健全なお考えですわ』と咎めるけれど。


 いつでも退屈で、どこかの誰かが何かの話題でふと言葉にした、“手応え”とか言う幻想じみたものを渇望していた。





 そんなことを考えていたからだろう。クリフォードはうっかり普段の口癖を吐いてしまった。



「……つまらない」と。




 その時、ダンスの相手として自身を見上げていた令嬢は聞こえていなかったのか、憧れの“白銀の貴公子”と踊っている興奮を隠すこともなく、うっとりとした様子でクリフォードに、


「何か仰いまして? 演奏の音で聞き取れませんでしたわ」

 と尋ねた。




 そこは出席していた夜会会場の中央。周囲には二人と同じようにふわり、ふわりと踊っている男女が疎に散らばっている。

 人々を踊らせている、楽団の演奏がクリフォードの鼓膜に触れる。


 クリフォードはたった今、脳内に浮かんだいつもの口癖を夜会のダンスの最中にうっかり呟いてしまったことに気づいた。


「いいや、申し訳ない。少々疲れが出たみたいだ。この曲が終わったら少し休憩を取るよ」

「あら! では、わたくしお側におりますわ。心配ですもの!」


 令嬢は、媚びを隠しきれない上目遣いをクリフォードに向ける。

 目の前の美丈夫と二人きりになる好機と捉えたのだろう。

 クリフォードは心の奥にチリッと芽生えた苛立ちを抑え込み、優美に微笑んだまま首をゆっくりと左右に動かす。


「いいや、それでは貴方と踊りたい貴公子達に疎まれてしまう。いつにも増して美しく輝いている貴方を独り占めする狭量な男として、国中に知られてしまうのは得策ではないな」

「あら、うふふ」


 令嬢は満更でもない様子でクリフォードに秋波を送る。

 クリフォードはそれを受け止める素振りを見せつつ受け流し、曲が途切れたタイミングで名残惜しげな令嬢と距離を取った。



 一人になったクリフォードは隙あらば近づいてくる他の令嬢を上手く撒き、今日はもう退場しようか、或いはランドルフか誰かと共に時間でも潰すか……などと考えながら歩を進めていたが、ちょっとした軽食が並べられているエリアに差しかかり、ふと足を止めた。



 そのエリアの目立たない端の方で、フォークの上に乗った菓子を心から嬉しそうに口元へ運ぶ令嬢に目が留まったのだ。

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