『音なき舞台』
掲載日:2026/01/07
とりあえず読んでみてください。
かつて
ひとつの風が 舞台に立った
比類なき疾風が 空を舞うとき
風が奏でた旋律は 響きをあげた
天翔ける 風は
ある日──
空から消えた
なんの前触れもなく
ひとつの響きが──
深みへと 沈んだ
誰の目にも映らず
誰の耳にも届かず
その響きは
沈黙の器となり
忘却の水底に 沈んだ
記憶の切れ端を
ひそかに湛えながら
光の届かぬ層を
ひとすじの旋律が
すべるように 通りすぎた
それは かつての風ではない
けれど 風の記憶を孕み
新たな風音を 奏でていた
そのとき
器の奥に残っていた
最後の音が
ふっと ほどけた
今もなお──
沈黙は 底にとどまりながら
かすかな鼓動を
胸に秘めていた
沈黙の風は
空駆けるものとは 成り得ない
───
あの記憶が
いつかの空で
ふたたび疾風として響くことは
もう ないのだと
舞台は 照明を そっと落とした
沈黙は
もう 響くことなく
夢の底で ただ眠る──
読んでくださった方々、ありがとうございました。




