第6話 過去参照不要 [業務記録] 当該年度において、判断履歴注釈の表示基準が更新された。
六年目になると、
業務画面に表示される情報量が
さらに減っていた。
判断対象は変わらない。
だが、
その判断に至った過去の理由が
表示されなくなっている。
以前は、
「当時はこう判断された」
「この基準は〇年に追加された」
といった補足が付いていた。
今はない。
理由は簡単だった。
参照されていないため。
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今回の案件は、
過去注釈の整理だった。
削除判定ではない。
あくまで、表示の最適化。
対象は、
個々の削除判定に付随していた
判断理由の履歴。
「当時の利用状況」
「社会的背景」
「暫定対応」
それらは、
現在の判断に影響しない。
影響しない情報は、
表示する意味が薄い。
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新人――
今では後輩と呼ぶべき存在が
画面を見て言った。
「これ、見えなくしていいんですか」
「問題ありません」
私はそう答えた。
「今の基準だけ分かれば、
判断はできます」
それは、
自分の経験からも確かだった。
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基準表を確認する。
・過去理由の参照率:低
・判断精度への寄与:なし
・誤解発生率:軽微
「表示必要性:低」
チェックを入れる。
非推奨。
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昼休み、
席に戻る途中で、
ふと昔のことを思い出そうとした。
配属初日の説明。
最初に処理した案件。
思い出せない。
思い出そうとした、
という感覚だけが残った。
だが、
困らなかった。
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自席に戻り、
自分の過去ログを開く。
閲覧はできる。
ただ、
表示されるのは結果だけだ。
判断:適切
処理:完了
理由欄は、
折りたたまれている。
展開する必要はない、
と表示されている。
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帰宅後、
アルバムのような表示を
なんとなく開く。
数年前の写真が並ぶ。
場所も、
一緒にいた人も、
説明は付いている。
だが、
なぜ撮ったのかは
書かれていない。
書かれていなくても、
問題はない。
その時、
特別な理由はなかったのだろう。
そう思えた。
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翌日、
基準更新の正式通知が届く。
「判断履歴の注釈表示は、
原則として省略します」
補足は一文だけだった。
「現在の判断に
十分な情報が提供されているため」
十分、という言葉に
違和感はなかった。
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後輩が言った。
「これで、
画面がすっきりしますね」
「そうだね」
私は頷いた。
余計なものがない方が、
間違えにくい。
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その日の帰り道、
端末が振動する。
「過去の行動傾向を
参照する必要はありません」
何に対しての通知か、
詳しくは分からない。
だが、
不安はなかった。
今の自分には、
今の情報で足りている。
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[年度総括]
当該年度において、
判断履歴注釈の表示最適化は
計画通り実施された。
運用効率は向上し、
過去参照を必要とする事例は
確認されていない。




