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9話:ウィリアム将軍の告白

 長い長い沈黙の後、将軍は溜め息をついた。

 その目は「気に入らない」とでも言うように細く歪められている。

「それで、どうしろと?」

「まずそちらの作戦を中止してもらおうか」

 隊長が口を開いた。

 この病院を焼き払うという作戦の中止。だがそれを聞くと将軍は、左右に首を振った。

「それは無理だ。すでに国政会議で決定された事項に反対する権限は、私には無い。……だが作戦の決行を遅らせることは出来る」

「どのぐらい?」

「……ウイルスが動き出すまでの百時間は、保たせよう」

 隊長が横目でスタンを見ながら頷くと、彼は肩をすくめた。

 つまり、あと百時間で俺たちは調査を終了し、事件を完結させて帰らなければならないということか。

 先ほどは「今夜は寝て、後は明日」という雰囲気だったのだが……この分だと徹夜仕事になりそうだ。

「君たちが病院内で調査を行なっている間は、我々はここに居よう。そしてスタン殿を見張らせてもらう。万が一ウイルスを時間より早く作動させないか監視するためと、調査終了後に確実にウイルスを取り除くか確認するために」

「あーそりゃ無理だ。ここの機材じゃウイルスは仕掛けられても、解除はできねぇ。本部のコンピュータじゃないとな」

 あっさり言い放ったスタンに、将軍が口を閉ざす。

 スタンの話は尚も続いた。

「大体よぉ。それだと俺がウイルスを取り除いた後、テメェらに殺されることだってあり得るじゃねぇか。実働部隊もろともよ」

 将軍が口を引き結んだ。

 自分がそんな卑怯なことを考えていると疑われて怒っているようにも見えるし、もしかしたら、密かにその計画も視野に入れていたことを見抜かれたゆえのポーカーフェイスかもしれない。いずれにしろ、そこから何の感情も読み取れなかった。

 だが彼はスタンの言葉を否定はしなかった。

「つまり、君たちが調査を終え、無事に帰還するまでこちらには黙って見ていろと……こう言いたいのかね?」

 相変わらず感情のこもらない声で言う。

 隊長が答えるよりも先に、スタンが「平たく言えばそのとーりだな」と言った。

「……良かろう」

 葛藤の後でそう口を開いた将軍に、背後の部下が「将軍?!」と咎めるような声を上げた。

 振り向きもせずに片手を上げてそれを制した後、将軍は隊長を真正面から見据えながら「出来れば内密な話がしたい」と要求してきた。

「そう言えば雨の中にずっと立っておられる。どうぞ車内なかへ」

 片眉を上げた隊長が、掌を上に向けて無線車の入り口を指し示す。

「……」

 だが将軍は無言で隊長の指先を見つめている。心なしか顔つきが険しくなったような気がしないでもない。

 いや、それはそうだろう。「どうぞ」と言われたところで、扉を閉めてしまえば外界と遮断される無線車の中へ、しかも複数の敵が武器を所持して待ち構えている中に入ることを、どうして躊躇わずにいられるだろう。

 俺は隊長の挑戦的ともとれる申し出に、ハラハラしながら事の成行を見守っていた。

「……この中へ入れと?」

「ご不満かな?」

 緊迫した睨みあい。だが隊長が折れるはずが無いことは、俺が知っている。

 しばらくすると将軍は後ろを振り向き、部下たちに向かって「下がれ」と命令した。

 先ほどから敵意をみなぎらせて隊長を睨んでいた兵士たちだったが、将軍の言葉に何も言わず、車内の会話が聞こえない位置まで後退した。

 将軍は再びこちらを振り返り、腰のピストルを外すと無造作にそれを地面に放り投げた。

「扉は開けたままにしてもらおう」

「構わない」

 ズシリ、と重々しい金属音を響かせて将軍のブーツが車のタラップにかけられた。

 隊員全員が彼に敬意を払い、直立不動の形をとる。

 一人出遅れた俺は、慌てて椅子を引き寄せると将軍に勧めた。

 どっかりと座ってなお、少しも威圧感の衰えない彼は、座ったまま車内をぐるりと見回した。

 そして何やら言いたげな視線で隊長を見つめる。

 隊長も隊員たちに視線を巡らせる。ほとんどの気の利く隊員が、その場を離れて車外へと出て行った。

 だが俺は出て行かなかった。後から考えれば隊長の目配せの意味も推察することが出来たと思うのだが、とにかくその時はそんなことに気づく余裕は無かったのである。

 残ったのは俺と隊長とスタン、イサミだけになった。

 将軍がイサミを見て不満げな顔をしたが、彼は腕を組んで座っており、その瞳は固く閉ざされたままだ。どうあっても将軍の視線に気づくつもりはない、と言うことか。

 俺は将軍の背後に居るせいなのか、それとも若輩者だからなのか、全く意識されていないようだ。

 日本の学校生活で身に着けた、影が薄くて目立たない存在という雰囲気がこんなところで役に立つとは。

 将軍は苛立たしそうに鼻を鳴らすと、諦めたのか隊長に向き直った。

「これからここで話すことは、内密にしていただく」

「いついかなる場合も調査で得た依頼主の機密情報を漏らすことはしない。最初に交わした契約書に明記してあったと思うが」

「私は紙の上での契約を全面的に信用はしない。否定もしないがな。だが本来、契約というのは相手の人となりを見て行なうものだと思っている」

 昔気質むかしかたぎ、という言葉が俺の頭に浮かんだ。だがアナクロと言ってはいけないほど、その言葉には重みがあった。

 彼はこの言葉で、戦争を、人生を生き抜いてきたのだ。

 その言葉の重みがそのまま彼の人生の重み。俺ごとき若造の人生の重さでは、及びもつかない。

「……分かった。俺が改めて約束しよう。ここでの話は一切、外には漏らさない。同席する隊員については俺が全責任を負う」

 ややあって隊長が口にした言葉を、将軍は険しい顔で受け止めた。まるでその言葉を噛み締めているかのように、唇は一文字に引き結ばれている。

 その状態のまま数分が経過した。

 不意に将軍の身体から力が抜ける。張りつめた空気が霧散して初めて、俺は自分の肩に力が入っていたことに気がついた。

 そして驚いたことに、威圧的だった将軍が--目に鋭い眼光をたたえていた将軍が、今はその鷹のような目に苦悩の色を浮かべて、低い声で語りだした。

「では君たちを信用して教えよう。この私、ウィリアム・バクスターと……ビスコ・デファルジュのことを」


***


 私とビスコは幼馴染だった。それこそ物心つかないうちからの付き合いだ。家が同じ地区だったし、父親同士も学友だったのだ。

 ビスコは昔から勉強のできる奴だった。私は義務教育終了後に軍隊に入隊し、彼は進学した。

 それでもお互い休暇で帰省したときなどは会って親交を深めていた。私たちの友情に変わりは無かった。彼が結婚してからも。

 実を言うとビスコに彼の妻ソフィアを紹介したのは私なのだよ。学問に集中すると周囲の世界も何もかも忘れてしまう彼を心配してね。正直、上手く行くとは思っていなかった。ビスコは女性と付き合ったことなど無かったから、彼女の前でおかしなことをするんじゃないかと不安だった。

 だがソフィアはビスコを気に入った。どこがそんなにウマが合ったのか、とにかくはたから見て不思議なほどに仲睦まじい、理想的な夫婦だったと言えるだろう。

 世間知らずのビスコをソフィアは上手く支え、無理なく彼の世界を広げることに成功したのだ。彼女のおかげで随分と彼は明るく社交的になったよ。

 そして彼等の間にリザベス=エレンが生まれ、幸せの形が完璧になった……その時に、あの悲劇が起こったんだ。

 ある日、ソフィアは娘をつれて買物に出た。まだ彼等の住んでいる地域にまで内乱の火の粉は飛んでおらず、比較的安全だったんだ。----あの日までは。

 クーデター軍の凶弾により、ソフィアは即死。彼女は娘を庇うために、娘の身体を抱えて地面に倒れた。……クーデター軍の兵士やパニックに陥った住民たちがその上を走り……リザベス=エレンは圧迫死してしまったのだよ。

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