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7話:人体実験

 車内は重苦しい雰囲気が充満していた。

 それを破ったのは、マリアさんの声だった。

「人体実験? どんな?」

「……死者を思いのままに動かす実験だ」

 俺とマリアさんが息を呑み、他の隊員たちの顔がキュッと険しくなった。

「そこから先は俺に任せてくれねーかぁ?」

 緊張感のかけらも無い、間延びした声を発したのはスタンだった。

 無線車に全員が集まったときから、このオヤジだけはいつもと変わらない皮肉な笑みを漂わせており、両足をテーブルの上に乗せて、膝に置いたPCを操作していた。

「政府の機密情報にゃ、がっちりプロテクトがかかっててなぁ。さすがの俺様も骨が折れたぜ」

 もったいぶった様子でウインクするスタン。

「いいから、さっさと報告しろ」

「へーい」

 隊長に制され、肩をすくめる。

「初めに言っておきたいのは、これが政府主導の実験だったということだ。ことの起こりは三十四年前。当時この国は、長引く戦争に疲弊していた」

 隊員の顔を見回すスタン。この場に居る全員が、本部を出発する前に確認しておいたI国の歴史を思い返しているに違いなかった。

 約四十年前、I国に内乱が起こった。

 領土は狭いけれど豊富な資源を有するI国は、隙さえあれば攻め込もうとする国々に狙われていたため、強力な軍隊によって統治されていた。

 だが、その圧制に耐えかねた対抗勢力が、ついにクーデターを起こしたのである。

 それを好機と見た周辺諸国が侵攻したことにより、内乱は大きな戦争へと発展して行った。

「戦争が始まって六年。人口は激減し、軍隊は深刻な兵力不足に陥っていた。これが、当時のI国の人口データだ」

 スタンがPCをテーブルに乗せて、皆の方へ反転させる。

「見ろ。この人口ピラミッドと人数を。これじゃ持って三年だったろうな。戦況維持できたのは。ところが実際はこの後何年も戦争は続いた」

 I国の戦争が終了したのは二十五年前。実に十五年も戦争が続いたことになる。

 クーデターを起こした勢力は潰され、周辺諸国とは和平交渉を結び、I国は再び軍事政権によって支配されることになった。

 兵力が不足している状態で、なぜ更に九年もの年月、戦争をすることができたのか。

 それが……

 俺の思考を読み取ったのかのように、スタンが目を細めて頷いた。

「政府軍が考えたのが、死者の兵力化だった。いわゆるゾンビだな。……奴等は、捕らえたクーデター軍の兵士や敵国の捕虜を使って人体実験を行なった。国際法違反だな」

 俺は衝撃的な話に生唾を飲み込んだ。だが、スタンは相変わらず淡々と話を続けている。

 もっとも俺は、このオヤジに道徳的観念があるかどうか、以前から疑わしく思っていた。

 ある意味、予想通りの反応と言おうか。

「I国は廃墟になっていた病院をこの地に移し、実験の拠点とした。実験データを見ると、どれだけ政府が必死になっていたかが分かるな。科学者たちはオカルト的な手法まで取り入れている」

 フン、と馬鹿にするように鼻を鳴らしたスタンが、再びPCを自分の方へと引き寄せた。

「とにかく、奴等はある方法で死者をゾンビとして操ることに成功した。それが死体を死蝋化させ、脳に電極を埋め込む方法だ。手足など身体の末端組織にも超小型リモートコントロール装置を埋め込む。戦争で破損した部位は人口筋肉や人口組織に取替え、再び戦場に赴かせる。……あっという間に大量で再生可能なゾンビ兵の出来上がりってわけだ」

 不気味なほどの沈黙が辺りを支配した。

 静まり返った車内。しかし隊員全員の身体から、静かな、激しい怒りの炎が立ち上っていた。

 国際法違反どころではない。生きている間のみならず、死者の人権と尊厳まで踏みにじる行為に、皆が憤っていた。

 俺たちの仕事は死者と関わる仕事だ。だから尚更、死者の尊厳というものを尊重する。否、死者の魂を尊重する。

 己の身体を人体実験に使われ、死してなお安らかに眠ることを許されない人々。

 彼等の魂は、どれほど苦しんだことだろう。

「……だが、戦争が終わったのは二十五年前だろう。なぜ今更ゾンビが?」

 イサミが横目でスタンを見ながら尋ねた。

 面倒くさそうな顔でスタンがそちらを見て、これみよがしな溜め息をつく。

 彼が口を開くよりも先に、隊長が話し出した。

「二十七年前。戦争は終結に向かっていた。内乱は制圧し、周辺諸国とも和平交渉の席を設ける方向へと進んでいた。戦争が終わり、これまでの非人道的な実験が明るみに出ることを恐れた政府は、実験に携わった科学者全員を抹殺した。戸籍上の存在まで消し去るという徹底ぶりだ。……中庭にあった墓石は、その科学者たちのものだ」

 ナターシャがパッと両手で口を覆うと、大きく目を見開いた。

「おかしいと思わねーか?」

 再び口を開いたスタンに、隊長以外の全員の視線が集中した。

「そんな形で葬った奴等のために、わざわざ墓石を建てるか? 俺だったら穴掘って死体を放り込むね」

 スタンの言葉に沈黙する。

 では、誰かが後から墓石を建てたと言いたいのだろうか。だが、誰が?

「政府の機密情報では、科学者全員の抹殺が完了したと記録されている。だが、しばらく軍の中ではある噂が根強く囁かれていたらしい。……抹殺した科学者のリーダーは、実は別人だったという噂が」


***


 再び車内に沈黙が訪れた。

「その男ってのは? もう調べてあるんだろう?」

 噛みつくような口調で聞いたのは、ライノだった。

 隊長が頷き、「ナターシャ」と声をかける。

 彼女は少し飛び上がるように身を震わせ、「は、はい」と返事をすると『ポピー君』と呼んでいる愛用のモバイルPCを開いた。

「男の名前は、ビスコ=デファルジュ。生化学の権威でした。生きていれば現在、六十五歳になります」

 そこまで言うとナターシャは、躊躇うように目を伏せた。

「ビスコは自ら志願して、政府の実験に関わりました。彼が一心不乱に実験に打ち込む様は、鬼気迫るものがあり、同僚や政府関係者の間でも噂になるほどだったそうです。怪しげな呪術であっても手を出し、一見無駄と思えるような実験さえも試さずには気が済まない。躊躇無く捕虜や兵士たちを実験に使う。その態度には、政府関係者でさえ眉を潜めるほどだったそうです」

「だがゾンビ化に成功させたのはビスコだった。それで誰も奴に逆らわなくなったというわけだ」

 スタンは細巻き葉巻に火をつけると、煙を吐き出した。

 煙草嫌いなイサミが、漂ってきた紫煙に眉をしかめる。

「その、ビスコなんですが……戦争が始まってすぐの時に、妻子を亡くしています」

 ナターシャがゆっくりと口を開いた。

「彼の妻子は市街地での銃撃戦に巻き込まれ、命を落としました。彼の妻と……当時二歳だった娘が」

 稲妻のような感覚が身体に広がり、俺の胸の動機が早くなった。

 顔を上げると、俺と隊長の視線がぶつかった。

 お互いに相手の考えを確認しあう。同じ事を考えているのは間違い無かった。

 俺は首だけを巡らせてナターシャを見据える。

 開けた口からは掠れた声が漏れた。

「それが……実験室で見つけたミイラ……か?」

 目を伏せたナターシャが「恐らく」と呟いた。

「ビスコの娘の名は?」

「リザベス=エレン=デファルジュ。正確には二歳と三ヶ月で亡くなっています」

 飛び交う隊員たちの会話を、俺はしかし聞いていなかった。

 死蝋化した娘の遺体。人体実験。死者の再生。一心不乱に実験に打ち込む父親。

 ああ……そうなんだ。

 俺はある結論に辿りつき、上を向くと目を閉じた。

 あまりに単純で、それゆえに複雑で、歪んだ感情。

 ビスコは「娘を生き返らせたい」という狂気にとり憑かれた、優秀な頭脳を持つ、ただの父親だったのだ。

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