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4話:交戦

 俺は生まれ育った日本の墓地しか知らない。

 似たようなデザインの墓石が並び、皆、表面に「何々家乃墓」と彫ってあるような奴だ。

 だから目の前の光景は、とても不思議な感じがした。

 ほとんどの墓石は、黒くて平べったいプレートだ。それが地面に埋め込まれている。

 ほぼ地面と一体化していて、周囲の丈の高い草に覆い隠されてしまっていた。

 プレートに彫ってあるのは名前と死んだ年のみ。

 実にアッサリしている。

 何枚ものプレートに取り囲まれるように、墓地の中央に石碑が立っていた。さっき、隊長が寄りかかっていたのがコレだ。

 文字も何も書いていない、これまたシンプルな石碑だった。

 地面に片膝をついてプレートを眺めていた俺に、イサミがこの国での埋葬方法を教えてくれた。

 墓穴はかあなは縦に長く掘り、布でくるんだ遺体を垂直に埋めるらしい。

 やはり土葬なのか。

 俺にとって「葬式=火葬」というイメージが強かったのだが。部隊に入ってから、むしろ世界的には土葬にする国の方が多いことに驚いた。

 実は日本でも、少ないながら土葬にする地域もあるらしいのだが。


 ……待てよ。土葬?


「ゾンビが出てきた跡が無い……」

 俺がつぶやくと、他の三人の視線がこちらに集中した。

 墓地は草が一面に生えている。もしゾンビがこの中から現れたならば、地面が掘り返されているはずだ。

「明らかにゾンビの数に比べてお墓の数が少ないしね」

 ナターシャも俺の側に来てしゃがみこんだ。

 病院の中には、ざっと数えただけでも五十体以上のゾンビが居たように思う。

 だが、墓石の数は彼女が言うとおり少ない。せいぜい四十個程度では無いだろうか。

 一体どこから来たんだ? あのゾンビたちは。

「それだけじゃねぇ。他に気づいたことは?」

 石碑の側に隊長とイサミが立ち、こちらを見下ろしている。

 俺とナターシャは目を見合わせた。何だろう?

 明らかに年長者ニ人は答えを知っていて俺たちを試している。

 ナターシャは小首をかしげて答えを待っていたが、俺は何となく試されているのが面白くなくて、目の届く範囲の墓石のプレートを読み始めた。

「西暦を見てみろ」

 イサミがヒントをくれたので、彫ってある数字のみを拾い読みする。

 そうして五分ほど経っただろうか。俺は一つのことに気がついた。

 全員、同じ年に死んでいる……!

 墓石に彫られている年はどれも、二十七年前の同じ日だった。

「I国が送ってきた資料によると、この病院が閉鎖されたのはもっと前のはずだったよな?」

 石碑に寄りかかりながら隊長がタバコに火をつけた。

「それだけじゃないよー。そのお墓の人たち全員、戸籍が消されてる」

 いつの間にかモバイルPCを開いていたナターシャが、地面に座り込みながらキーボードを叩いている。

「二十七年前と言えば、まだ戦争中でしたね。この国は」

 流れてきたタバコの煙にイサミが目を細めた。

 いつの間にか真剣な顔つきになり、意見交換を始めた先輩達に気後れする俺。

 新人だから仕方ないと思いながらも、取り残されたような気になって少し寂しかった。

 だから、無線機が仲間からの交信を受信した時は何だかホッとした。

『隊長。ちょっと良いですか?』

「どうした」

 交信は聖職者グループの護衛をしている仲間からだった。

『妙な話なんですけどね。神父様たちが言うんですよ。霊魂の存在が感じられない、って』

 俺たち三人は、思わず隊長に注目した。

「あぁ? どういうことだ、そりゃぁ」

 隊長も怪訝そうな声で聞き返す。

 どんなゾンビだろうと、倒すと霊魂が肉体から抜け出てくる。

 その霊魂が逃げたり、他の死体にとりつかないよう結界を張り続けるのが聖職者たちの役目だ。

 しかし普段なら結界内に漂い続ける霊魂の存在が、今回は感じられないという。

 困惑した彼等は、このまま結界を張り続けるべきか否かを隊長に問いかけてきたのだ。

 通常では考えられない事態に困惑したのは俺たちも同じだった。

 だが、念のために聖句を唱え続けるよう彼等に命令すると隊長は通信を切った。

 そのまま宙を見据えて考え込んでいる。

 ナターシャとイサミはそんな隊長を無言で見つめていたが、俺は何となく病院の方を見つめていた。

 すでに実働部隊が大方おおかたのゾンビを倒したのだろう。いつの間にやら銃声が止んでいた。

 それにしても、霊魂が無いゾンビだとは。

 本当にただの死体じゃないか。

 そもそも霊魂があるからこそ、死体はゾンビとして動くわけだろう?

 誰かに操られるにせよ、自ら動くにしろ、霊魂の意志の力があるからこそで。

 意志の無い肉体のみが動くなんて一体どういうことなんだろう。

 俺は電話したり、考え事をする時にグルグルと歩き回る癖がある。

 今も、この無限ループのような謎を考えながら無意識のうちに庭の中を歩いていた。

「いやぁっ!!」

 突然、鋭い悲鳴が背後から突き刺さる。

 驚いて顔を上げると、ほんの数メートルしか離れていない位置でマシンガンを構えたゾンビが立っていた。


***


「……っ!」

「バカ! 何やってんだ!!」

 頭が真っ白になり硬直してしまった俺に、隊長がタックルしてきた。

 ニ人の身体が滑った後をマシンガンの弾が追いかけ、石礫いしつぶてを跳ね上げさせる。

 俺は隊長に抱きかかえられるような格好のまま、繁みの中まで転がった。

 ナターシャとイサミの応戦する音が聞こえ、すぐさま隊長も身を起こしてショットガンを構える。

 今の衝撃で俺は身体中を地面にこすられ、特に頬を嫌というほど引きずられたはずなのだが。

 眼前で繰り広げられる戦いに恐怖し、あまりのショックと緊張で痛みなど感じなかった。

 ただ患部に、どことなくしびれたような灼熱感があるだけだった。

「これを使え」

 ゾンビを見据えたまま、隊長はアンクル・ホルスターからステンレス製のオートマチックを外して俺に差し出した。

 ずしりと重い銃を受け取った俺は、息を殺して身を低くする。

 低木の隙間から伺うと、いまやゾンビは礼拝堂の影に隠れたナターシャとイサミに注意を向けていた。

 ゾンビと言っても、まだ死んで間もない感じだ。遠目に見れば生きている人間と遜色ない。

 だからこそ、まだマシンガンを操れる筋力が残っているのだろう。

 俺と隊長は、繁み伝いにナターシャとイサミの居る場所まで移動することにした。

 敵の隙をついて攻撃する役は、隊長に任せる。俺のオートマチックは元々隊長が護身のために持っていたもので、予備のマガジンが無いからだ。

 撃っては移動し、撃っては移動する。

 そうしてジリジリとニ人との距離を縮める俺たち。だが、距離が縮まれば縮まるほどゾンビにとっては狙いやすくなる。

 そして敵の警戒心も強くなる。

 俺たちの攻撃を受ける度、ゾンビの服は流血に染まっていく。だが、膝を撃ち抜かれ、両膝をついている状態であっても奴の上半身はマシンガンを構え、油断無く辺りをさぐっていた。

 痛みを感じないがゆえ、最後の瞬間まで闘い続けることが出来るゾンビ。

 見た目よりも何よりも彼等の恐怖を感じさせるのが、この、倒しても倒しても立ち向かってくる姿だ。

 俺と隊長は墓地の石碑の影に隠れたまま、奴が隙を見せる瞬間を狙っていた。 

 ここまで来れば礼拝堂までは数メートルだ。

 息詰まるような緊張感。隊長の額には玉のような汗が浮かび、俺は浅い息をつきながら、耳の奥でガンガン響く鼓動で視界が揺れるほどだった。

 イサミが礼拝堂の影から顔を出し、ゾンビに向けて銃を撃った。

 奴の意識がそちらに向いた、その瞬間。

 俺と隊長は石碑の影から飛び出した。

「だ、わぁっ!」

 だがスタートダッシュを切ったはずの俺の足が地面に沈み込む。

 足元の地面が崩れ落ち、俺の下半身が飲み込まれたのと、驚いた隊長がこちらを振り向いたのは同時だった。

「わああああああああああ!!」

 とっさに伸ばした手がむなしく宙をかき。

 俺の身体は突如現れた穴の中を滑り落ちていった。

 口の中に砂利が入り、崩れ落ちてきた土と小石が容赦なく顔を叩く。

 出来るだけ腕をたたんで顔をかばうと、そのまま落ちていくことしか俺には出来なかった。

 ひたすら痛みに耐えながら、どのぐらい落ちたのだろうか。

 急に穴が大きくなり、壁が土ではなく人工的なツルツルとしたものに代わった。

 後から考えてみればそれは、巧妙にカモフラージュされたトンネルだったのだ。

 しかしその時の俺は、身体を小さくし、落下の衝撃を和らげることしか考えていなかった。

 現れた時と同じように、穴はいきなり終わった。

 宙に舞う俺の身体。数秒間の浮遊状態。続く落下と、口から内臓が飛び出しそうなほどの重力。

 硬い床に投げ出された時、俺の意識も飛んでいた。

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