3話:パーティー結成
「ここは?」
「……礼拝堂のようだな」
隊長と一緒に辿り着いたのは、今までとは違う感じのする部屋だった。
病院の建物は、より多くの患者を収納するために天井が低い構造になっていることが多い。
人間が不安を感じるか感じないかの、ぎりぎりの閉所。それが病院という場所の間取りだ。
ただでさえその影響で息がつまりそうなのに、廃墟の病院という不気味さがそれに拍車をかけている。
しかしこの部屋は、建物の外側に増設されたような造りになっているせいか天井が高かった。
なんだか今まで感じていた圧迫感がすっと引いていくようで、思わず天井を見回して息をつく。
高い位置にある窓にはステンドグラスがはまっていて、通路の突き当たりには祭壇があった。
「こんな部屋まであるんだ」
「でかい病院だからな」
そう。この病院はかなりの大きさだった。しかも無計画な増改築を繰り返したかのように、非常に入り組んだ造りになっていた。
この礼拝堂は、中庭に突き出すような形で作られている。
ここで、どんな人間が祈ったのだろう。
患者の身内が家族を想って祈りを捧げたのか。亡くなった患者のために医師や看護士が祈ったのか。それとも、神にすがりたいと思った人間が自ら祈りを捧げたのか。
油断なく構えながら辺りを探っている隊長とは裏腹に、俺はそんなことを想像していた。
突然、静まり返った空気の中にバイブレーターの音が響き渡り、思わずビクッとしてしまう。
外の仲間からの通信で、俺と隊長の通信機が同時に振動しただけなのだが。
隊長がマイクをオンにしたので俺はイヤホンに集中した。
隊員同士の通信は、全ての隊員の通信機に自動的に流されるので、俺までマイクをオンにしなくても隊長と通信係の会話さえ聞いていれば済む話なのだ。
「どうしたスタン」
『よう、ニール』
通信係のスタンがニヤリと笑う様子が目に浮かぶ。ちなみに隊長のことを「ニール」と気安く呼べるのは、マリアさんを除けばスタンだけだ。
詳しくは知らないが、この二人は古い知り合いらしい。
『そこに坊やも居るんだろ? 奴の発信機をお前が装着してるんなら別だが』
「ああ」
『じゃあ坊やもマイクのスイッチ入れな。面白いこと聞かせてやるから』
何だろう。この人を喰ったオヤジと会話するのは疲れるのだが……と思いながら、しぶしぶマイクのスイッチを入れた。
「俺だよ」
『どうやらまだ逃げ出してないみたいだな、ボーズ』
カラカラと笑うスタン。
俺は知っている。
部隊の中では密かに、今回の作戦で俺が逃げ出す時間が賭けられていたが、その賭けの胴元がこのオヤジだった。
「別に。逃げようとしたら戻れなくなっただけだよ」
ブスッとした調子で告げた俺に、スタンはまた豪快な笑い声を響かせた。
奴はヒーヒーと笑いすぎて咳き込みながら、話しかけてくる。
『やっぱ面白いなぁ、お前。ボーズに今回の調査で分かったことを教えてやるよ』
「それはどうも」
めいっぱい疑わし気な声で返事をした。
このオヤジは隊長に負けじ劣らじ胡散臭い。
類は友を呼ぶ、とはこう言うことだろう。
『実はな……』
劇的効果を狙っているのか、急に真面目そうな声になり、声を潜めるスタン。
気づけば隊長が俺の隣に来て、耳をそばだてていた。
別に側にくる必要は無いのだが……と突っ込みたい気持ちを抑えて、俺も息を殺してイヤホンに意識を集中する。
『その病院が潰れる前に院長やってた男。つまり最後の院長なんだがな……』
続く沈黙。スタンの演出だと分かっていても、思わず固唾を飲んで聞き入ってしまう。
『……オカマだったらしいぜ』
……。
石よりも重い沈黙。俺は脱力した。ああ、重力が重い……。
「で、要件は何だ?」
また隊長は隊長で何ごとも無かったようにスルーしてるし。
本当に疲れるな、このオヤジコンビは。
『やっぱニールだとつまんねーな。リアクション薄くて』
「いいから、さっさと話せ。ゾンビが近づいてきてる」
隊長の言葉に、俺は慌てて立ち上がると辺りを見回した。
依然として周囲は静寂に包まれているし、臭いに変化もない。
だが隊長が「近づいてきている」と言えば、それは間違いないと思う。
鉄パイプを握る手に力をこめた。
『実はさ。調査してて驚いたんだよ』
「何に?」
『情報が少ない』
またしてもスタンのジョークかと、呆れてゲンナリしてしまう俺。
だが、気のせいか隊長の顔が少し険しくなったような気がした。
『ボーズ。多分お前にゃ分かってねぇんだろ』
「何がだよ」
「……つまり、情報が統制されているということだ」
スタンと俺とのやり取りを見ていた隊長が、静かに教えてくれた。
これだけの規模の病院にしては、情報が少ない。
情報部隊が本格的な調査を行なっているにも関わらず、大した成果が上がらない。
それは大掛かりな情報統制が行なわれている可能性が大きいということだ、と。
『情報部隊随一の実力者スタン様が調べてるのに、得られる情報が少なすぎる。なぁーんかキナ臭いぜ今回の任務は』
そう言いながらも、スタンの声にはどこか面白がっている響きが感じられる。
性格には少々難があり付き合うのに疲れるオヤジではあるが、その実力は本人が言っているように情報部隊のナンバーワンである。
そのスタンが調べても見つからないほど、完璧に情報を隠せる存在。
それほど大掛かりな情報統制を行なえる存在。
最も疑わしいのは「軍隊」や「情報部」であり、つまりその先にある「国家」だ。
「……と、すると依頼主のI国を調べにゃならんな。できるか? スタン」
『この天才的ハッカーの俺様に任せときな』
「天災」的ハッカーの間違いだろう、と俺は心の中で呟いた。
***
「さて。俺たちは俺たちで情報を集めないとな」
スタンとの通信を終えた隊長が、こちらを向いた。
俺は言い知れない不安を胸に、ただ頷くことしか出来なかった。
「そんなにビビるな、ボーズ」
俺の頭に手を乗せて、隊長がいつもとは違う、こちらを気遣うような笑顔を見せた。
こういう時は、この人もなかなか魅力的に見えることを認めざるを得ない。
きっとマリアさんも昔、ここに惹かれたんだ。
隊長の後について礼拝堂を出ながら、そんなことを考えた。
隊長は再び通信機をONにすると、メンバー全員に情報収集を最優先とさせる命令を出し、単独行動から数人ずつのグループ編成に切り替えた。
そしてそれぞれのグループを、情報が残っていそうな場所、例えば院長室等の捜索に割り当てた。
「情報統制がされているなら、そんな所に証拠なんか残されてないだろうがな……」
苦虫を噛み潰したような顔で隊長が呟くと、仲間の隊員は苦笑して通信を切った。
それからしばらくの間は、隊員同士がお互いの位置情報を交換し、合流するための通信が交わされた。
俺と隊長は引き続き行動を共にして、他に情報部隊から1人と、実働部隊から1人が合流することになった。
「マリア。聞こえるか?」
『ええ』
「医療チームからも何人か回してくれ。医学的な情報が出てきた時は、専門家に見てもらった方が良い」
『了解。私が何人か連れて行くわ』
隊長は、眉を寄せて苦い顔をした。マリアさんを危険な場所に来させたくないのだ。
別れたとは言え、まだ愛しているのだろう。
普段からこの元夫婦は、どちらかというと隊長がマリアさんに気兼ねしている空気を漂わせていた。
「実働部隊。医療スタッフ2名につき1人ずつ、護衛として付き添ってくれ」
そう言うと隊長は通信を切った。
***
俺たちが居た礼拝堂にはドアが2つあった。
病院の内部とつながっている側が、入って来たときのドアで。
今、出てきたドアは中庭につながっていた。
庭はコの字型に病院の建物で囲まれている。そして唯一、建物が無い場所は高いフェンスが立っていた。
「うわっ……」
フェンスから下を覗き込んだ俺は、思わず声を上げた。
外側に続くのは切り立った崖だ。視界が悪いせいを差し引いても、下が見えないほど高い崖だということが分かる。
実は高所恐怖症気味である俺は立ちすくんだ。
「この病院は山の上に建てられてるからな」
墓石に寄りかかりながら地図を眺めていた隊長が言った。
中庭の隅に墓地を見つけた俺たちは、そこを仲間との合流地点にしたのだ。
「たいちょぉ……俺の国だと墓石に寄りかかったりするのはタブーですよ。死者に敬意を払ってない、罰が当たるって」
「そうか? 俺の国じゃあ、墓地を散歩したり、子供が墓石の上に座って遊んだりするのは普通の光景だったがな。夜になりゃあ、墓石の上でヤッてるカップルも居たぞ」
……っこのエロ親父!!
俺が赤面して睨みつけていると、隊長が「あれ?」という顔で俺を見た。
「まさかお前、どーて……」
「はーっい。お待たせしましたーっ」
間一髪、隊長の質問をさえぎって飛び込んできたのは、情報部隊のナターシャだった。
赤毛のショートカットで小柄な彼女は、弾むような足取りで近づいてくる。
アーモンドのような形の目も相まって「猫みたい」という初対面の印象は、今も変わらない。
その裏からゆっくりと歩いてくるのは、実働部隊のイサミだ。
俺と同じ日本人。でも「同じ」というのが失礼なぐらい容姿端麗だ。
長身で、雪のように白い肌。漆黒の髪の下から切れ長の目が射るようにコチラを見つめている。
感情を表に出すことがない、クールビューティー。
隊服よりも黒いスーツが似合うよな、きっと。どこかの大企業の有能な秘書、とか。専属SP、とか。 そんな感じになって……
「くぉら」
「どぅわ!」
ぼーっと考えごとをしていた俺の頭に、隊長がモバイルPCをたたきつけた。
しかも角を垂直にゴスッと。
「あああ! 隊長、私のポピー君を手荒に扱わないで下さい!」
「こいつがボーッとしてるからだ。大体、情報端末機に名前なんてつけてんじゃねぇ」
「くっ……こんな攻撃にあったのは中学時代に広辞苑の角で殴られて以来だ……」
「……壮絶な思い出だな」
PCを持った隊長の腕にぶら下がりながら抗議するナターシャ。
頭を抱えて呻く俺を見下ろしながら呟くイサミ。
気づけば、とても戦闘中とは思えないような、のどかなコントが繰り広げられていた。
「イサミ。ここに来るまでに、どのくらいゾンビを倒した?」
「二十体ほどでしょうか。聖職者たちの応援部隊も到着して、霊魂が逃げ出さないように敷地全体に結界を張っています」
「そうか」
頭をさすりながら隊長とイサミの会話を聞いていた俺だったが、背後で突然「きゃあ」と歓声が上がったので振り向くと、フェンスの側でナターシャが飛び跳ねていた。
「すごーいすごーい。私、高いところ好きなのよ」
やはり猫か。猫娘かお前は。
「でも」
クルリとこちらに向き直ったナターシャが、小首を傾げる。
「普通の病院って、こんな山奥に作らないよね? 患者も職員も通いにくいもの。療養施設とかなら有りかもしれないけど」
その言葉にドキッとした。
陽気で天真爛漫な姿を見せたかと思うと、急にこんな的確な意見を吐いたりする。
そんな時は彼女の緑色の目までミステリアスに見えてくる。
本当に、猫みたいだ。
「ああ。で、俺たちがまず調べる場所なんだがな」
隊長はグイッと顎をしゃくった。
「この墓地だ」