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2話:俺の弱さと隊長と

 今回の要請は、I国という独立軍事国家からだった。

 廃墟となった病院の中で、ゾンビが異常発生しているという。

 一度に数十体以上のゾンビが発生するなんて、今までに無いケースだった。

 そのため依頼を受けた本部は、原因究明とゾンビの駆逐のために、経験年数の高い隊員ばかりの精鋭チームを組みI国へ派遣した。

 下っ端のペーペーである俺には関係のない任務だった。

 それに俺の目から見ても「最強」なんじゃないかと思えるほど頼もしいチーム編成だったから、気楽に「頑張ってください」なんて送り出すことが出来たのだ。


 そのチームからの連絡が途絶えた。


 本部は騒然となった。

 あり得ない--毎日、施設の中をバタバタと政府関係者や上層部が行き交い、皆が口々に同じことを呟いていた。

 そしてついに、緊急命令エマージェンシーが下された。

 全ての実働部隊が全力でI国での作戦に参加する。原因究明とその解決、全てのゾンビの駆逐が終了するまで帰還は許されない。

 ことの重大さに、部隊の中に異様なまでの緊張感が漂った。

 俺だって、ニ度目の実戦でいきなり最大規模の作戦に駆りだされるなんて、気分が悪いどころの話じゃない。

 いや、最初の実戦は、ただ隊長にくっついて、守られて、圧倒されて。

 見ているだけしか出来なかったのだから、実質的にはこれが初めてと言える。

 不安で胃液が逆流しそうな俺に、漂う緊張感も全く意に介してない隊長が、あっさり言った。

「今回は全員、単独行動だからな」

「はっ?!」

 今までのケースと違い、今回はゾンビの発生原因や失踪した隊員の行方等、調査する対象が多い。

 なにしろ情報が少ないのだ。

 原因を探るには人手を使って広く探る方が効率が良い、ということらしい。

 おまけにゾンビの数が尋常じゃないぐらい多い。

 全駆逐が作戦の目的でもあるので、一体でも多くのゾンビを倒すため人海戦術で行くと。

 それにしても俺に単独行動は早すぎる、と必死で抗議したのだが。

 隊長は冷たい目で俺を見た。

緊急命令エマージェンシーの意味を理解してないな、ボーズ。ま、平和ボケした国からやって来たお前じゃ無理ないかもしれんが。甘えるんじゃねぇ。『全てが終了するまで帰ってくるな』……つまり、任務の遂行のみが目的であって隊員の生死は二の次なんだよ。今、残ってる隊員のつらぁ見てみろ。組んで仕事できるほどチームワークの良い奴がいるか?」

 俺はショックを受けた。

 自分では冷静に自分の実力を評価して「単独行動は無理だ」という結論を出したと思っていたのに、隊長に「それは単なる甘えだ」と切り捨てられ。

 改めて自分が「戦闘部隊」というものに所属していることと、部隊の厳しさと非道さを実感した。

 隊長は、呆然と立ちすくむ俺を残してプイと言ってしまった。

 しかしその夜、自室のベッドの上で膝を抱えていた俺を訪ねてきた。ミネラルウォーターを持って。

 多分、俺が未成年でなかったらビールでも持って来るつもりだったんだろう。

「……恐いか」

 隣に座った隊長の方は見ないまま、無言で頷く。

「日本に帰りたいか?」

 俺は即答できなかった。しばらく足の爪先を見つめたまま考え込んでしまう。

 なかなか答えを出せない俺に、隊長は更に質問を重ねてきた。

「あのまま日本に残っていたとして、お前はどんな人生を歩もうと思っていた? やりたいことはあったのか」

 やりたいこと。

 そんなものは無かった。

 ただ、真面目に学校に通って、就職して、堅実な人生を歩む。

 それが幸せなんだと思っていたし、俺を育ててくれた孤児院の先生たちへの恩返しになると思い込んでいた。

 だけど「帰りたい」と即答できるほど、自分の国に執着が無くて。

 自分の人生にすら執着が無かった。

 隊長に言われるまで気づかなかった。

 もしかして俺は昼間のように、自分では自身を冷静に判断しているような気になって、その実、楽な方へと逃げているだけなんじゃないのか。

 「真面目」で「堅実」な生き方は、それが最も楽だから選ぼうとしていただけで、「恩返し」とか単なる言い訳なんじゃないのか。

 悩む俺の頭を一撫ひとなですると、無言で隊長は出て行った。

 翌朝になっても、俺は答えを出せていなかった。

 流されるままに入隊してしまったが、ここに居る以上は自分に与えられた任務をこなそう。どうせ他にやりたいことがあるわけでは無いのだから、と思う気持ちと。

 自分が望んで入隊したわけでは無いのに……と隊長や本部に反抗する気持ちの両方を抱えたまま。

 とりあえずその問題は後回しだ。

 これから向かうのは戦場。「生」か「死」しか存在しない場所だ。

 余分なことを考えていると、命取りになりかねない。

 俺は腹をくくると、I国へ向かうヘリへと乗り込んだ。


 そして今に至る。


***


「お? ボーズ、武器はどうした」

 ショットガンを肩にかついだ隊長は、俺を見て訝しげに眉をひそめた。

「……襲われた時に落とした」

「落としたぁ?」

 気まずくて思わず視線を逸らしてしまう。

 部隊から支給されたのは二十二口径の拳銃だった。

 といっても、撃っただけでゾンビを倒せるわけじゃない。なんせ死体を相手にしているわけだから。

 一番手っ取り早いのは火炎放射器なりで焼きつくすことなのだが、コストもかかるし足回りも遅くなる。

 今回のように大量のゾンビを相手にしなければいけない時は尚更だ。

 そこで通常は、拳銃を使用する。

 物理的衝撃を与えることで相手の動きをしばらくの間止めることが出来るので、その間に逃げたり、ゾンビが発生する原因……例えばコントロールしている術者を倒したりするわけだ。

 隊員が使用する武器は基本的に二十二口径の拳銃だ。

 だが、それぞれの得意な武器を使うことも許されている。たとえば隊長のショットガンのように。

 他にも、フェンシングが得意なアレックスはサーベルを使っていたりするし、怪力自慢のライノはトマホークでゾンビを一刀両断する。

 こうまでされては、さすがのゾンビも行動不能に陥る。

 もちろん、俺は部隊で射撃訓練を受けている。

 ただ、訓練と実戦はやはり別物だ。弾を撃ちつくし、新たな弾を装填しようとした所を襲われ銃を落としてしまったのだ。

 そこから逃げ続けていたので拾いに行く余裕なんてなかった。

「……で、それがお前の武器か」

「ああ」

 逃げる途中で、俺は床に落ちていた鉄パイプを拾っていた。

 無数の敵に囲まれているのに、無手むてというのは非常に心もとない。こんなものでも多少は役に立つかと思い、拾い上げたのだ。

 だって、他にどうしろと言うんだ。

 「さすがサムライの国から来ただけあるな」と笑う隊長を、少し膨れっ面で睨みつけた。

 急に隊長が真顔になり、明後日の方向を見ながら顎を掻き、ポツリと言った。

「……銃が奴等ゾンビに拾われてないと良いけどな」

「弾は込めてねーよ」

「ここに弾がないと、なぜ言い切れる」

 俺は言葉に詰まった。

 この病院が閉鎖されたのは、かなり昔の話だということだ。

 その後は格好の肝試しスポットとして地元の住人の間では有名だったらしい。

 それが最近になって突然、ゾンビが異常発生するようになったのだという。

 そこまではI国から送られてきた資料で認識していた。

 かつて肝試しに訪れた人間の中に、銃を持っている奴が居なかったとは限らない。

 その時の銃や弾が残っていないとも限らない。

 行方不明になった隊員の武器を、ゾンビが手にしていないとは限らない。

 隊長はそう言っているのだ。

「気づいたか?」

 隊長が横目でこちらを見ながら問いかけてきた。

「何を」

「奴等、メスを『使って』た」

「ああ」

「白衣を着てた奴も居た」

「ああ。でも、ここは元病院なんだから不思議じゃないだろ? 生前は医者だったとか」

「確かに。だがな。『白衣を着て埋葬される人間』って居るか?」

「……」

 俺は黙り込んだ。

 隊長の言うことは分かる。

 大抵ゾンビという奴は、墓から出たままの姿で攻撃してくる。

 故人が埋葬される時の服装は遺族次第だ。しかし一般的に白衣を着せて埋葬するのは普通じゃないと思う。

 よほど後世に名を成した医者とか。かなりの仕事好きだったとかなら分かるのだが。

 この建物の中で、俺が出会ったゾンビの中には、明らかに「ゾンビとして蘇ってから着替えた」と思われるほど、綺麗な服を着ている奴が居た。

 また、武器を使うゾンビというのはかなり珍しい。

 肉体が朽ちかけているが故に、ゾンビの側に武器を使うだけの筋力が無かったりするからだ。

 そのため素手で掴みかかってくるゾンビがほとんどだ。

 ……まあ、それだけでも一般人にとっては身の毛もよだつ光景なのだが。

「つまり……?」

 俺よりも経験豊富な隊長である。

 ひょっとして今回の事件の原因が分かったのかと、密かに期待しながら聞いてみたのだが。

 隊長はひょいと肩をすくめた。

「分からん」

 何とも頼もしい言葉だ。涙が出そうになってくる。

 しかしながら、俺はこのまま隊長にくっついて一緒に行動させてもらうことにした。

 鉄パイプ一本で外まで戻る自信は無かった。

 悔しいが、隊長と一緒であれば、ここよりもっと奥に進んでも何とかなるだろうと思える。

 もしかして、またさっきみたいに助けてもらえるかもしれない、なんて淡い期待を抱く。

 そんな俺の気持ちを見透かしたのか、ついてきても良いが自分の身は自分で守れよ、と言い捨てて隊長はズンズンと建物の奥へと進んでいった。

 俺は慌ててその背中を追いかけた。

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