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選択。そして、始まり。

「それと同時に建物内のゾンビは全て動かなくなった。応援部隊が到着し、瓦礫を取り除いた俺たちは急いでお前をマリアの下に運び込んだというわけだ」

「そうでしたか……」

 マリアさんの緊急手術のおかげで、俺は一命を取りとめた。

 ウィリアム将軍は、片手で目元を覆ったまま無言で隊長の報告を聞いた。しばらくして彼は、口を開いて「……感謝する」とだけ言ったそうだ。

「お前のおかげで助かった。こうして生きて帰れたわけだしな。どこか痛いところはあるか?」

 今までに見たことがないほど優しく、労わるような目で隊長が俺を覗き込んだ。

 何だか気恥ずかしくなって思わず目を逸らせてしまう。

「なんか……胸が」

「ああ、レントゲンを撮ってみないと正確には分からないけれど、多分、肋骨にヒビが入っていると思うわ」

 俺の言葉にマリアさんが、思い出したような顔で返事をした。

「肋骨?」

 隊長がひょい、と俺の服をめくり上げた。

 咄嗟のことで何も反応できなかった。いや、身体の自由が利かないのだから、元々どうすることもできないのだが。みるみる自分の顔が赤くなっていくのが分かる。

 俺の服を掴んだまま固まっている隊長の手に自分の手を重ねて、マリアさんが小さな咳払いとともに服を戻してくれた。

「……ひびき?」

 奇妙に上ずった隊長の声に俺が視線を戻すと、どこか焦点の合わない瞳がこちらを凝視していた。その額に汗が浮かんでいる。

「おま……お前、女だったのか?」

「は?」

 全員の声が重なった。皆、目が点になっている。

 それは俺だって、と言うか、何を今更……。

 信じられない気持ちで隊長を見つめていると、スタンとマリアさんが顔を見合わせてため息をついた。そのまま二人とも遠い目で宙を見つめながら口を開く。

「……本気、なんだよな?」

「ええ。相変わらず大切な所が抜けてるわね」

「あいつ、自分で気づかなかったのか? いつも野郎相手にはあそこまで構わないだろう。俺はてっきり女だからだと」

「多分、無意識のうちに気づいてはいたのよ。自覚していないだけで」

「……救いようがねぇな」

 非難がましいマリアさんとスタンの口調に、バツが悪そうに視線を逸らす隊長。

 その様子が何だか可愛らしくて、俺はぷっと吹き出した。

「いいですよ。見られたって大した胸じゃないし」

 俺の言葉に隊長が、申し訳なさそうな顔で振り返った。

「俺、口も悪いし。胸も無いし。間違われるのは慣れてます」

「隊長が部下の性別も把握してないってーのは問題だと思うぞ」

 せっかく俺がフォローしているというのに。スタンの一言は隊長の痛いところをグサリと突いたらしい。

 そこにマリアさんが追い討ちをかける。

「そうね。管理者としてどうかと思うわね」

 まあ俺も正直、そう思わないでもないのだが……。

 見るからに落ち込んだ隊長を前に、気の毒に思う気持ちの方が強かった。

 手を伸ばして、そっと隊長の手を叩く。

 がっくりと頭を垂れていた隊長が、顔を上げて俺を見た。

「隊長。俺、やりたいことが出来ました」

 ふと隊長の顔が真面目になる。

「日本に居たら俺、きっと平和で真面目な生き方をしたと思います。それが楽で、良いとされているから。……でもそれは、俺が良いと思った生き方じゃなくて、世間から良いと思われている生き方だったと気づいたんです」

 他の隊員たちも俺の言葉に聞き入っている。

「この部隊に居ることも、正直、良い生き方だとは思いません。常に命がけで、いつ死ぬか分からない。俺を育ててくれた人たちは、この仕事を知ったらきっと悲しむし、心配する」

「響……」

「でも」

 俺は口を開いた隊長の言葉を遮った。

「ここにも、俺のことを想ってくれる仲間が居る。そして俺は……この世界にゾンビが居ることも、それに苦しんでいる人たちが居ることも知ってしまった」

 隊長は黙って俺を見つめている。

「ここで目をそむけて日本に帰っても、ずっと……うまく言えないけど……後ろめたさみたいなものを感じて生き続けると思う。この部隊のこと、心のどこかで気にし続けると思うんです」

 だから、と俺は言葉を紡いだ。

「誰かが良いと決めた生き方をするよりも、自分の気持ちに目を逸らさないで生きたい。皆のことを気にしながら生き続けるぐらいなら、側に居て皆と共に生きていたい」

 想いを言葉にするのは苦手だ。隊長に……皆に伝わるように、言葉を選びながら話したせいで、ぽつりぽつりと途切れがちになってしまった。俺は自分の胸の内を、伝えきることが出来ただろうか。それでも、部隊に残りたいという想いだけは伝わったと思う。

 話し終えた俺は、じっと隊長と見つめ合った。

 俺も、皆も、固唾を飲んで隊長の返事を待つ。

 やがて隊長の目元がふっと和らいだ。その笑顔にドキンと俺の胸が高鳴る。

「お前には、一つ借りがあるからな」

 それを返すまで、側に居ろ。

 隊長がそう言うと、なぜかマリアさんとスタンが「あ~あ」と苦い顔で呟いた。

「……またやったぜ」

「そうね」

 二人の呟きは無視して、俺は隊長の顔を覗き込んだ。

「隊長。俺、もう一つやりたいことがあるんです」

 優しい顔で、言ってみろと促す隊長。

「隊長を守れるぐらい強くなって……あなたの側に居たい」

 ギシ、と再び隊長が固まった。

 俺は悪戯っ子のような表情を浮かべて、マリアさんに視線を移した。

「負けませんよ?」

「受けて立つわ」

 楽しそうに宣戦布告する俺たちを見て、スタンが低く口笛を吹いた。ニヤリと口元を歪めて人の悪そうな笑顔を浮かべている。

「おや、イサミ。どうかしましたか?」

 アンディの声に視線を巡らせると、なぜか不機嫌そうな顔をしたイサミが、「……別に」と不愛想に答えてそっぽを向いた。

 俺は改めて皆の顔を一人一人眺めていった。

 母さんが言っていた、俺のことを想い、待っていてくれる人たち。大切な俺の仲間。

 この部隊に入って俺は、知らなかった世界を知った。この世にはゾンビが存在する。霊も存在する。死してなお残り続ける想いが存在する。

 もしかしたらもっと色々なものが待ち構えているかもしれない。

 ――いいさ。この仲間とならば、何が起こったってきっと、最後には皆で笑い合える。

 俺は微笑むと、再び目を閉じて睡魔に身を任せた。

 

 皆が笑顔を浮かべているからと言って、誰もが楽に生きているわけじゃない。

 苦しい過去があって、それを乗り越えて笑っている人も居る。

 ゾンビが死体だからと言って、彼らが生きてきた時間を無視することはできない。

 彼らにもかつては夢や希望、感情があった。そして、死してなお衰えない強い想いさえあった。

 他人の上辺だけを汲み取って生きていくのは、楽で簡単だ。けれどそれは、時として他者の感情を無視して通り過ぎてしまうことでもある。

 俺は俺に向けられる、全ての人の感情と向き合いたい。たとえそれが憎しみや恨みであったとしても、真摯に受け止めたい。一人で受け止めきれない時は、仲間が支えてくれる。そう思えるから。

 そうすることが、俺にとって「生きる」という意味であると思うから――。

ゾンビバスター、これにて完結です。

長い話にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

励まし、感想、アドバイスを下さった方々に感謝をこめて。


(2011.1.15)

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