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14話:交戦。そして……

「驚いたな」

「驚きましたね」

 アンディとイサミが頷き合っている。

「予想外の出来事でしたね。まさかビスコが実の娘を利用するなど考えもしませんでしたよ。屈折しているとは言え、深い愛情を注いでいた娘ですよ?」

「アンディ、てめぇは悠長に喋ってないで聖句を唱えてろぉーっ!!」

 俺の絶叫が響き渡った。


 目的の部屋に辿り着いた俺たちを待っていたのは、七体のゾンビ。武装した兵士風のゾンビが五体。そして白衣を着た男と、その男が肩に手を乗せている少女――リザベス=エレン。

 彼女は俺を見てにっこりと微笑んだ。二歳の少女らしい、無邪気であどけない笑顔。そしてまるで抱っこをせがむようにして俺に両手を差し出す。

 俺はその笑顔につられて、思わず足を踏み出した。

「リザ……ぇぐっ!」

 声をかけようとした俺の喉に痛みが走り、視界が急激に流れ去る。

 目に涙を浮かべ咳き込みながら、肩越しに隊長を振り返った。俺の首ねっこを掴み、自分の腕の中へと引き寄せた男。

 文句を言いたいのだが、まだ苦しくて咳き込むことしかできない俺は、せめてもの抵抗で下から睨みつけた。

 しかし隊長の視線は俺の頭上を通り越している。その険のある眼差しに戸惑い、振り返った俺は目を見開いた。

 銃を構えたまま笑っている白衣の男。先ほどまで俺が立っていた場所に目をやれば、床に残る弾痕。

「ビスコ……だな?」

 俺を抱えたまま隊長が唸った。

 ニヤリと笑ったビスコはその問いには答えずに、娘を見下ろし「リズ」と声をかける。

 可愛らしく振り返ったリザベスは、「パパと一緒に居たいだろう?」と聞かれて頷いた。

「あの人たちは悪い人なんだよ。あの人たちが居るとパパと一緒に居られなくなるんだ」

 リザベスは目を丸くしてこちらを見ている。

「悪い人にはどうするか、覚えているね?」

 こくりと頷いたリザベスが、近くの机に駆け寄ると引き出しを開けた。振り返った彼女の手に握られていたのは……銃。

 リザベスの指が引き金を引く一瞬前に、俺たちはその場から飛びのいた。

「イサミ!」

 隊長がアンクルホルスターからベレッタを外してイサミに放り投げる。

 ソファの影に隠れ、聖句を唱えているアンディとイシスに向かって、五体のゾンビがジリジリと近寄って来ていた。

 銃を受け取ったイサミが流れるようにそちらを振り返り、同時に発砲する。ゾンビたちは膝と肘を打ち抜かれ、床に崩れ落ちた。

 がら空きになったイサミの背中にビスコとリザベスが銃口を向ける。俺と隊長はそちらに向けて発砲した。

「きゃっ……!」

 俺の撃った弾はサイドボードの扉に当たり、その影に隠れていたリザベスが小さく悲鳴を上げる。それは紛れもなくいたいけな少女の声で、俺は奇妙な罪悪感に狼狽した。

 手の中の銃を隊長に撃ち落されたビスコが、憎々しげな視線でこちらを睨みつける。

「アンディ!あれは……あれは本当の、リザベス=エレンなのか?」

 信じたくない――そんな想いで叫んだ俺の声は、我ながら情けないほど揺れていた。

「――ええ。魂は確かに存在しています。どうやってだか分かりませんが、ビスコは反魂の術を成功させたようですね」

 聖句を中断させて答える、静かなアンディの声。

「それはつまり、意志持ちと言うことか?」

 隊長が油断なくビスコとリザベスを警戒しながら疑問を口にした。

 本人の肉体に本人の魂……それが通常の意志持ちゾンビだ。しかしそれは、本人の魂が自らの意志で留まった場合の話。

「いえ。彼女の場合、魂は浄化されていたはずです。それを父親によって無理やり降ろされたわけですから……意志持ちではなく、全く新しいケースです」

「なるほど。だが死者の肉体に、留まるべきではない魂が入っていることに変わりは無い。となればビスコと同様、聖句と物理的攻撃の二段構えで対応できるのでは?」

 先ほど撃ったゾンビたちが、床を這ってアンディたちに近寄ろうとするのを蹴散らしていたイサミが冷静な声で言った。

 そうしている間にも彼はゾンビを担ぎ上げて、その肉体を遠くへと放り上げる。

「でも、聖句が効いてないような気がするんだが……」

 俺が呟くと、ソファの影から顔を覗かせたイシスが舌打ちをした。

「なんて想いの強い奴なの」

「どういうことだ?」

「聖句は効いてるんですよ。さっきから私とイシスの二人がかりでビスコに聖句を唱えています。ただ、それを上回るほどに彼の執着心が強いので……応援が来れば少しは違うと思いますが……」

 ちらり、と入り口のドアに目をやるアンディ。その近くの床には、イサミによって放り投げられたゾンビたちの身体が折り重なって倒れていた。

 そこにまた一人、イサミがゾンビを投げつける。ゾンビの身体はびちゃりと音を立てて壁に激突すると、ずるずると床に崩れ落ちた。

 不意に視界を横切って、何か透明なものがゾンビたちの方へと飛んで行った。鋭く響く隊長の声。

「伏せろ!」

 俺は反射的に床に伏せ、イサミと、イシスを抱えたアンディが俺たちの方へとダイブする。

 直後に響き渡る轟音と地響き。

 容赦なく吹きつけた爆風が俺の身体をさらい、嫌というほど床に背中を打ち付けた。

「……っ!」

 肺への衝撃で一瞬、呼吸が止まる。

 声が出ないまま視線を巡らせてみれば、入り口があったはずの場所には瓦礫の山が道を塞いでいた。辺りに立ち込める異臭がツンと鼻をつく。

 黒い煤が放射状に広がっている。爆発の中心部から離れるにつれ、吹き飛ばされたゾンビたちの肉片が冗談のように転がっていた。

 イサミたちの足元に黒く焦げた木片のようなものが転がっていると思ったら、その木片の先には人間の爪がついていた。

 荒い息をつきながら呻き声を上げ、身体を起こした俺の肩から何かがズルリと滑り落ちた。鉛色の柔らかい塊を手に取り、それが人間の腸であると認識した瞬間に俺の胃の中のものが逆流した。

 止めようとしても止められない。自分の意志とは関係なく食道を逆流するもののせいで息を吸うことが出来ない。嘔吐が自然と止まった後、俺は肩で息をつきながら涙目になって口元を拭った。気づけば俺の銃はどこかに飛んで行ってしまっている。

「たい……ちょ……」

 掠れた声で呟いた俺は、顔を上げて隊長の姿を探した。

 床に伏せ、目を閉じたままピクリとも動かない隊長。けれど俺の声が聞こえたのか、隊長の肩がかすかに上下した。

 思わずホッと息をついた俺の耳に聞こえた、小さな音――銃の撃鉄げきてつを起こす音。

 どこだ?

 慌てて見回した俺は、身体を丸めてうずくまるビスコの姿を目に留めた。

 爆発の影響から娘を守ろうとしたのだろう。その腕の中にしっかりとリザベス=エレンを抱えている。

 その腕の隙間から覗いている、ぱっちりとしたリザベスの茶色の瞳。

 伸ばされた彼女の手は拳銃を握っており、その銃口はまっすぐに隊長に向かっていた。

「ニール……隊、長!」

 考える間もなく俺は立ち上がると、隊長の側に駆け寄ろうとした。だが、ふらつく足元がもつれる。ダメだ。間に合わない。

 バランスを崩して再び倒れそうになる自分の身体に苛立ち、歯を喰いしばると、ありったけの力を込めて足裏で床を蹴った。勢いをつけて隊長の身体の前に躍り出る。

 一発の銃声。衝撃と、それに続く焼けつくような激痛。

 俺の身体がぶつかったせいで隊長が目を覚ました。

「くそっ……ボウズ? おい……おい!」

 背後から俺の肩を掴み、揺り動かす隊長。

 そんなことより、隊長……リザベスはまだ銃を構えて……!

 俺は、激痛に顔をしかめながら腕を上げ、白く霞む視界の中で彼女の方を指差した。震える指の先がガクガクと上下する。

 そのメッセージに気づいて動いたのは、いつの間にか意識を回復していたイサミだった。

 再び銃を構えていたリザベスは、黒く焦げたゾンビの腕をぶつけられて銃口が逸れ、宙に向けて発砲する。

 その隙に隊長は俺を抱え、他の隊員たちと一緒に物陰へと退避した。

「顔色が真っ青よ」

 唇がひび割れ、脂汗が流れる俺の顔を見てイシスが呟いた。

「まずい。大動脈から出血しています」

 俺の腿の銃創じゅうそうを調べていたアンディが、いつになく真剣な顔で言った。

 だが俺にはもう、二人の声は周波数の合わないラジオのように、聞き取りづらい言葉の羅列でしかなかった。

 意識も視界も白い靄の中に沈んでいく。傷口の血管が脈打つリズムだけが俺の頭の中を支配していた。

 突然、腿に引きちぎられるような痛みが走り、背中が大きく仰け反った。アンディが傷口の上からタオルで強く圧迫してきたのだ。

「くっ……ぁあっ……!」

 思わず悲鳴が漏れ、暴れるように手を動かすと、隊長が背後から俺の身体を抱え込み、ぎゅっと俺の手を握りしめた。

 その厚い胸板に頭を預ける。汗で髪が首筋に張りつき、呼吸するたびに胸が上下する。

「隊長……さむ……い……」

 汗が身体を冷やしたのだろうか。襲ってきた寒気に俺はガタガタと震えだした。再び意識が遠のいていく。

「おい、おい……! 死ぬな、ひびき!」

 痛いぐらいに隊長が俺を抱きしめた。

 初めて隊長が名前を呼んでくれた……薄れていく意識の中で俺は、そのことだけを考えていた。

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