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13話:小児科病棟潜入

 俺が気絶したり地下をさまよったりしている間に、激しい銃撃戦があったのだろう。病院の内部は、最初に侵入したときよりも派手に荒れていた。割れた窓ガラスがブーツの下でジャリジャリ音を立てる。

 ほとんどのゾンビは倒したと言っていた通り、建物の中は静まり返っていた。俺達の足音が暗い廊下に反響しているが、今のところ襲ってくる敵に遭遇してはいない。

 目的の小児科病棟まであと半分、というところまで来た時だろうか。地下へ向かった仲間から通信が入った。

『――隊長。応答願います』

「どうした」

 その場に立ち止まり、即座に返答する隊長。アンディとイシスを囲むようにして、俺とイサミは周囲を警戒しつつ無線機から聞こえてくる声に耳を傾けていた。

『地下の実験室にたどり着きました。先ほど隊長が見つけたというリザベス=エレンのミイラなのですが……今は消えています』

「消えた?」

『はい。祭壇はありますが、ミイラがあったと思われる中央のスペースが空いています。ロウソクの火はついたままですし、そう時間は経っていないと思われますが』

 俺達は黙り込んだ。リザベス=エレンのミイラが消えた。ウィリアム将軍の言っていたことが事実ならば、ビスコは常に娘の遺体を側に置いておく。

 ビスコは娘を連れてどこへ移動したのか。

「分かった。引き続き何か手がかりが残っていないか調査してくれ。いいか、油断するんじゃねーぞ」

了解らじゃー

 ぷつ、と通信が切れた音がして、俺達は再び沈黙の中に取り残された。

 実験施設にビスコは居ない。残るは院長室か……俺達の向かう小児科病棟。

「……うっし。行くか」

 気合を入れ直した隊長の言葉に、俺達は無言で頷いた。


***


 この病院はいくつもの棟がある。ウィリアム将軍の話によると、元々が総合病院だったために大きな施設だったのだそうだ。そこに軍事施設として利用され始めてからの増築が加わり、さながら迷路のような作りになってしまったのだという。

 渡り廊下を抜けて小児科病棟へ通じる入り口を開けようとした俺の手を、イサミが押さえた。

 ほっそりした手に不似合いな力で急に手首を握られ、驚いた俺が顔を向けるとイサミは唇に指を当てて首を振った。

「え……?」

「敵が居る。恐らく三体だろう。俺がやるから、アンディとイシスの警護を頼む」

 思わず生唾を飲み込んだ。身体中から冷や汗が吹き出るような緊張感が、一気に全身を襲う。

 俺は慌てて頷くと、イサミにその場を譲りアンディたちの側へと下がった。

 イサミは扉に手をかけて、突入のタイミングを測っている。じっとりとした汗が滲み出る手の平に、銃のグリップが冷たく吸い付いてきた。

 全ては一瞬の出来事だった。

 イサミが勢い良く扉を開けた次の瞬間、三発の銃声が響き渡った。あまりに動きが早すぎたせいで、俺は、彼が体勢を立て直して引き金を引くその姿をしっかりと捉えることが出来なかった。

 銃声の余韻と硝煙の匂いの中で、息を張りつめて立ちつくす一同。

 やがて肩から力を抜いたイサミが銃を腰のホルスターに戻した。それと同時に俺の金縛り状態も解ける。

 恐る恐る扉の向こうに目をやると、腰骨を打ち抜かれ、立ち上がろうとうごめくゾンビが床の上に倒れていた。その手に銃が無いことを確認して、ほっと一息つく。滅びるまで闘争本能の衰えないゾンビは、地面に這いつくばった状態であっても寝たまま銃を撃とうとする。イサミが三発だけで攻撃をやめたのは、恐らく彼等が飛び道具を持っていないことを確認したからなのだろう。

 ゾンビたちは腕の力だけで身体を引きずり、俺達の方へと近寄ろうとしていた。腐った肉体から糸を引く液体が、粘着質な音を立てる。

 俺達は足早にその脇を通り抜けた。今、ここで彼等に構っている暇は無い。

「そう言えばですねぇ」

 歩く速度は上がっているのに、口調だけはのんびりしたままでアンディが言った。

「銃に装填してある特製の弾丸なんですけど、装填してあるだけが全部でストックは無いんですよ。だから大事に使ってくださいね」

「……そういうことは、もっと早く言え」

 前を行くイサミが、やはり歩くスピードはそのままで振り返って言った。珍しく眉間に皺を寄せて苛立たしげな表情をしている。

 だがアンディはそれを涼しい顔で聞き流した。やはりスタンの弟だ、こいつは。

 俺はチラリと隊長を見た。恐らく隊長も今、自分の足首にあるベレッタのことを考えているのだろう。

 銀製の弾丸を、ビスコを倒すためにとっておかなければいけないならば、通常のゾンビへの攻撃は隊長の……正確に言えばスタンから借り受けたベレッタを使うのが望ましい。

 しかし、ここでそれを言い出せばアンディに黙って銃を持ってきたことがバレてしまう。恐らく隊長は、次にゾンビが現れるまで自分の銃のことは隠しておくだろう。

 俺はふと疑問が頭に浮かび、背後を振り返った。

「イシスは銃が使えるのか?」

 今は聖書を持っているので手が塞がっているが、アンディは銃を改造するぐらいだから、もちろんその扱いにも長けている。

 彼に限らず聖職者の中には、射撃訓練をしたり護身術を身につけている人間も少なくない。イシスもいざとなれば攻撃する側に回れるかと思ったのだが。

「ああ。彼女は完全な非戦闘タイプです」

 口を開いたイシスが声を発するより先に、アンディが答えた。彼女は開いた口を静かにまた閉じた。

 ……なんだかこの二人の場合、イシスへの質問すべてに彼が答えているような気がする。

「そうすると、誰か一人を護衛専任にしないといかんな」

 隊長がポツリと言った。

 そのチームに所属する聖職者が戦闘もこなせるタイプだった場合、実働部隊の隊員は攻撃に専念できる。いざとなれば聖職者たちが自分で自分の身を守れるからだ。

 けれども非戦闘タイプが居る場合は、実働部隊のうち誰か一人を護衛専任に回さなければならない。それはつまり、攻撃力が減るということでもある。

 隊長の言葉にアンディが頷く。

「今回は特に、ビスコが意志持ちのゾンビになってしまったということがありますから。彼を抑えるための結界は、普通のものよりも聖職者わたしたちの体力を奪うのです。応援に来た聖職者が戦闘タイプだったとしても、聖句を唱えながら攻撃も……というのは難しいものがあります」

 そういうものなのか、と思いながら俺は不安を感じて隊長を見つめた。

 このチームの実働部隊は、俺と隊長とイサミ。この中の誰かを護衛専任にするということだが……それが俺になりませんように、と思っていた。はっきり言って俺にそんな実力はない。

 だが俺の視線に気づいた隊長が、呆れたように言った。

「ばーか。お前にゃやらせねぇよ。てめぇのことすらマトモに守れねぇだろうが」

 ぐっ、と言葉に詰まりながらも、ほっと胸をなでおろす。

 その俺の隣で、イサミがすっと前に出た。

「私がやりましょう。先ほどの戦闘で弾も減ってしまいましたし」

「ああ、そうしてくれ。いよいよ危なくなったらアンディは放置すればいいからな」

「わかりました」

「あらー。私、放置ですか? ひどいですねぇ隊長」

「……顔が嬉しそうだぞ」

 確かにアンディの顔は何だか嬉しそうだった。そういえばスタンも、状況が苦しくなればなるほど嬉々として問題に取り組むタイプだ。逆境に強いと言えば聞こえが良いが、どうもこの兄弟の場合、人格に難があるせいか「変人」としか思えない。

 俺たちは隊列を組み直し、再び小児科病棟の中を歩きだした。

 ビスコが娘のための用意した部屋は、最上階の個室。フロアの半分ほどの大きさの病室は、元は特別待遇の患者を収容するために作られたものだった。

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