12話:作戦開始
隊長の説明を受けた後、病院内部に突入する隊員は十五名になった。
実働部隊九名、聖職者六名。科学班の隊員は全員、隊長の判断で残ることになった。
俺の班は、隊長とイサミとアンディ。そしてもう一人、初めて見る女性が居た。
長い髪を黒く染めているが、根元は金に近い色をしている。いわゆる「逆プリン」状態だ。
美人と言っても良いぐらい整った顔をしていたが、すだれのような前髪が目をほとんど覆い隠していて、陰鬱な雰囲気を纏っているせいで台無しだ。
名前はイシス。すぐに偽名と分かるが、俺に彼女の本名を追求する権利も必要も無い。
「この人数なら間に合いそうですね」
アンディはメンバーの顔を見渡すと、俺たちの乗ってきたヘリから何かを運んできた。
渡されたのは、拳銃。口径はいつも使っているものと同じようだが……?
「俺の銃に似ているな」
「あれが基本になっていますからね」
イサミの言葉に、アンディが胸を張った。そう言えば彼は聖職者でありながら、武器をいじるのが趣味だったと思い出す。
ということは、これはコピー品だろうか。
アンディは「俺はいつものコレでいい」と言った隊長と二人の隊員--ライノとアレックスに、「ダメです」ときっぱり言い切った。
「……なぜだ?」
「それはですね」
アンディが口を開いたその時、「私も行くわ」と声がかけられた。
皆が振り返ると、マリアさんが車内に入ってこようとしていた。
「マリア」
「私にも行かせてちょうだい」
隊長の目の前に立ち、その顔を見上げるマリアさん。
見つめ合う二人の雰囲気は、何か、邪魔をしてはいけないような感じがして、俺は固唾を飲んで見守っていた。
だがその空気も「ダメですよ」とアンディによってアッサリと打ち砕かれる。
マリアさんが眉間に皺を寄せて、咎めるような表情でアンディを見た。
けれどアンディは、無言の抗議に臆することなく言葉を続ける。
「だってマリア、あなたはその銃以外は使わないでしょう?」
彼女の右手には例の特注品の銃が握られていた。
「今回の作戦には、私が用意した銃以外は要りません。それともその銃を置いていきますか?」
アンディの言葉にマリアさんが、ゆっくりと自分の手の中へと視線を落とした。左手を持ち上げ、そっと銃を撫でる。
「……マリア」
奇妙なぐらいに無表情になった隊長が声をかけると、マリアさんが顔を上げて、二人の視線は一瞬だけ絡み合った。
ぱっと踵を返したマリアさんが、つかつかと車の外へと出て行った。
俺の脇を通り過ぎるとき、彼女が歯を食いしばって涙を堪えているのが見えた。
「ああ、隊長。いつものショットガンだけじゃなくて、護身用のベレッタも置いていって下さいよ。ちゃんとコレを使ってください」
演技なのか素なのか。気まずい雰囲気など無かったことのように淡々と話すアンディが、隊長の手をとってその上に例のコピー銃を乗せた。
マリアさんの後姿から意識を戻した隊長が怪訝そうに眉を潜める。
「……なんだか軽くないか?」
「さすが隊長ですね。普通は気づきませんよ。弾丸が銀製なんです」
「銀?」
「ああ、だから普通の弾より軽いのか」
後ろでライノが納得した声を上げた。
アンディが頷く。
「銀は昔から魔除けとして有名でしたので、以前からゾンビに使えないかと研究していたんです。驚いたことに意外と効果があったんですよ。特に中に入っている霊魂に対して」
だから今回はこの銃を使ってください、と念押ししたアンディの前で、ライノとアレックスが気まずげに顔を見合わせた。
彼等は普段、トマホークとサーベルを使っている。それが最も得意であるからだが、反面、銃は不得手なのだ。
隊長もそれは知っていた。その時点で二人は実働部隊から外され、人数は十三名になった。
「これがビスコの潜んでいそうな場所だ」
病院内の地図が広げられる。三箇所に赤いチェックがついていた。
一つは俺と隊長が発見した実験施設。もう一つは院長室。地図には載っていないが、ウィリアム将軍によると実験施設と院長室は隠し階段で繋がっているらしい。
最後の一つは小児科病棟の一室。ビスコはその部屋を、リズが蘇ったときのために飾り立てていた。また、部屋の窓からは中庭の墓地が見下ろせた。ビスコの妻の遺体は、そこに移動されているらしい。
俺たちの班は、小児科病棟を調査することになった。ここからは最も遠く、更にビスコの潜んでいる可能性が最も強い危険な場所だ。
いつものように隊長は、一番危険なところを自分の受け持ちにした。彼と同じ班に居る限り、俺の身の危険も大きくなる。だけど今回は、自分から隊長についていきたいと強く思っていた。足手まといにならないようにしなければ。俺は気を引き締めた。
実働部隊が自分の銃とアンディのコピー銃を交換し、ベルトに差し込む。隊長は言われたとおりアンクルホルスターから護身用の銃を外してアンディに手渡したが、彼が見ていない隙をついてこっそりスタンのベレッタを借り受けていた。
どうしても足首に銃が無いと落ち着かないらしい。
聖職者たちが防弾チョッキを身につけ、全員に充電済みの無線機が行き渡ったところで作戦は開始された。
タイムリミットは六十時間。
***
無線車を出た俺たちは、病院入り口から建物内部に入ることになった。
班のメンバーたちの一歩後ろからついていった俺は、イシスが手ぶらであるのを見て驚いた。
流派や信仰にも寄るのだろうが、大抵の聖職者たちが現場に向かうときは道具を手にしていた。
聖書であったり十字架であったり。聖水、数珠、それに神主がお祓いが使う大麻など色々なケースを見たが、これまで手ぶらの人間は見たことがなかった。
「イシス……は、何も持って行かなくて良いのか?」
遠慮がちに声をかけた俺を、イシスがチラリと振り返った。
「必要ない」
彼女の答えは、表情と同じく全く愛想のないものだった。
俺はそれで納得するしかなかった。そもそも俺に宗教的知識は皆無だ。
「彼女はチャネラーなんですよ」
前を歩いていたアンディが笑顔で振り返った。
「チャネラー?」
「そう。霊と交信できる人です。えーと……日本ではイタコと呼ばれる人々に近いかな」
イタコ。
俺はまじまじとイシスの後姿を見つめてしまった。
恐山、という単語が頭に浮かぶ。
昔テレビでイタコが「口寄せ」をするところを見たことがある。高齢の女性が白装束に身を包み、テレビタレントの祖母の霊を呼び出す、というものだったが。
恐らくイタコという言葉を聞いて俺が思うイメージと、世間一般の日本人が抱くイメージは同じはずだ。
「イシスに出会ったのは、数年前のある作戦に参加した時でした」
頼んでもいないのにアンディが彼女との思い出を語り始めた。
「圧巻でしたねぇ。あの降霊術! まるで指揮者のように何体ものゾンビを自由自在に操るんです。イシスのせいで実働部隊と聖職者部隊の半数が全治四ヶ月という苦戦を強いられたものです」
「ちょっと待て」
遠い目をしながらうっとりと当時の思い出を語っていたアンディに、思わず俺が突っ込む。
「イシスは……敵だったってことか?」
おや、という顔でアンディが振り返った。
「ご存知ありませんでしたか」
「いや、イシスに会うの今日が初めてだし……」
「そう言えばそうでしたね。おっしゃるとおりイシスは以前、我々の討伐対象でした。しかしその霊力と実力の高さを目の当たりにして、私自らスカウトしたのですよ」
にっこり笑ったアンディがイシスの肩に手を置いた。
心なしか、俯いた彼女の頬が赤く染まっているように見える。
「……」
言葉をなくし、無言で歩く俺。
この部隊の隊員は、実に様々な経歴の持ち主が多い。
人間関係の複雑さも、もはや何を聞いても驚かないと思っていたのだが。
改めて思った。一体この組織は何なのかと。
しかしそれは、決して俺がその一員だということを嫌に思う気持ちではなかった。
ああ。本当に。退屈とだけは無縁で居られそうだよ。
俺は苦笑しながら皆の後をついていった。