10話:ウィリアム将軍の告白2
ウィリアム将軍は言葉を切ると、苦痛に歪んだ顔で溜め息をついた。
あまりにも悲劇的な話に、俺は呆然と立ちすくんでいた。
他の隊員たちも、真剣な顔で微動だにせず話に耳を傾けている。あのスタンですら今は神妙な顔つきで将軍を見つめていた。
けれど彼等の顔を眺めているうちに、俺は違和感を覚えた。
隊員の目に浮かんでいたのは、同情でもなく、悲痛な色でもなく、探るような気配。その視線がじっと将軍に注がれている。
ウィリアム将軍は隊員たちの視線に気づかない。自分の膝に置いた両手を、伏し目がちに見つめる彼は、もはや自分の思い出の中に入り込んでいた。
目を閉じて大きく溜め息をついた将軍が、再び口を開いた----。
***
ソフィアと娘を失ったビスコは、まさに抜け殻のようだった。
私は上官にビスコを化学者として推薦し、軍の宿舎につれてきた。そうしなければ彼は遅かれ早かれ死んでしまっただろう。
一日中、宿舎の部屋の中で身動きもせずに、座って宙を見据えているんだよ。時折口を開いてソフィアと娘の名前を呼ぶ。私が部屋に入っていくと、こちらを見て言うんだ。「ビル。ソフィーとリズの笑顔が見えるんだよ」と……たまらない気持ちだった。
だから軍が「死者の兵力化」計画を打ち出したとき私は、真っ先にビスコに声をかけた。この技術を完成されることが出来れば、ソフィーとリズも復活させることができるかもしれない、と。
言った私ですら、そんなことは信じていなかった。ただ彼にもう一度、生きて欲しかっただけなんだ。
妻と娘を亡くして以来、初めてビスコの目に光が戻った。そして彼は真っ先に、二人の遺体を掘り起こしに行ったんだ。私も同行した。
リズの遺体を見たときは、信じられなかったよ。ソフィアの方はもう、その姿を保ってはいなかったと言うのに。だがビスコは言うんだ。これこそが、自分がこの実験をするよう運命づけられている証だと。リズを蘇らせるのは自分だと。
彼は常にリズの遺体を傍らに置き、昼夜を問わずに実験に打ち込んだ。
そう、ビスコはどんな時であっても娘の遺体を側に置いておく。つまり……彼はあそこに居る。
***
病院へ目を向けた将軍が、そう言って話を終わらせた。
あの中にビスコが……では、俺と隊長がリズのミイラを見つけたとき……もしかしたら彼はすぐ近くに潜んでいたのだろうか。
思わずゾッとした俺は隊長に視線を戻し、その眼光の鋭さに息を呑んだ。
「俺たちが聞きたいのは、その先だ」
鋼鉄のように固い声で隊長に促され、将軍は戸惑いながら見つめ返した。
「先……?」
「軍がビスコの暗殺命令を出した時、彼を逃がしたのはアンタだろう。わざわざ替え玉まで用意してな。その後はビスコが実験を続けられるように密かに援助していたんじゃないのか?」
将軍の顔がキッと険しくなった。
無言で隊長を睨みつける。しかし隊長もスタンも、まるで怒っているかのように目に力を込めてその目を見つめ返していた。
「あの施設を見れば、つい最近まで実験が行なわれていたことが分かる。軍の内部にいたアンタだったらビスコを逃がすことは簡単だったろう。記録上、科学者全員の抹殺が終了したところで彼をここに戻したんじゃないのか? そして実験の継続を手助けした。戦争で随分と昇進し、権力を手にしていたアンタだ。誰にも知られずに便宜をはかることなんて容易だよな」
「実験用の死体は、アンタが調達したんだろう」
隊長とスタンの言葉にも、何の反応も見せない将軍。
否定もせず、肯定もしない。
しかしその目は鋭く冷え切っていた。何かのきっかけで、控えている兵士たちの銃撃が始まってもおかしくない。まさに一触即発という状況だった。
それを打破したのは、イサミ。
「……我々は貴方を責めているのではない。事実を確認しているだけだ」
静かな声で告げると、切れ長の瞳でじっと将軍を見つめる。
「俺にもかつて、良き宿敵が居た。貴方の気持ちは分からないでもない」
相変わらず腕を組んだままだったが、不思議と尊大な感じはせず、その目には将軍への理解が浮かんでいた。
それを見て態度を和らげる将軍。イサミの方を見つめたまま再び口を開いた。
「----その通りだ。ビスコの暗殺命令が出たとき、私は密かに彼をかくまった。だが彼は実験を継続させてくれと申し出たのだ。ゾンビ化の実験に成功したとはいえ、あくまでそれは兵士として使うことを目的としたものだった。娘を蘇らせるためには、もっと実験が必要だと。私も、ゾンビ化の実験を続けることは軍にとっても有益だと思った」
将軍は舌で唇を湿らせた。
「その頃には私の軍での地位は、かなりのものになっていた。だから私は、本来取り壊す予定だったこの建物を残すことにして、こっそりビスコに明け渡した。実験のための備品や遺体は適当な理由をつけて軍から持ち出した。もちろん、ここの管理費も」
俺は将軍の話を聞きながら情報を整理していた。
ということはつまり、戦後、この病院の処置についてはウィリアム将軍が一手に担っていたはずだ。
彼でなければ手を出せない建物。
その建物を焼き払うことで国政会議が決定を下した。もしこれが、将軍の意向を無視して下された命令ならば、彼はビスコと実験データを安全なところに移しただろう。
だが将軍は建物の中にまだビスコが居ると言っていた。それに、俺たちという外部組織にゾンビ駆逐の依頼を出したことも気にかかる。
いつもなら歩き回りながら考えるのだが、今はそれが出来ないので、苛々と貧乏ゆすりをしながら考える。
つまり……今回のI国の作戦は、将軍が「焼き払う」ことに同意したために決定した?
ゾンビの駆逐を軍がやってしまうと、自分がこっそりビスコを援助していたことが露見してしまう。だが外部組織に依頼しなければいけないほど、事態は深刻だった。ということは、この建物の内部で起こっていることが、もはや将軍の手には余る事態になっていたということか?
「……ビスコに何があったんだ」
俺の疑問は、我知らず小さな呟きとなって外に漏れていた。
その場の全員の視線が、一斉に俺に注がれて思わず怯んでしまう。特に将軍は初めて俺に気づいたかのように、ギョロ目で凝視してくるので腰が逃げそうになった。
不安げに隊員たちの顔を見回すと、隊長が俺を見ながら頷いた。
相変わらず無表情で無言のままだったけれど、何だか励まされたように感じた俺は、口を開くために気合を入れなおした。
声が震えないように、一言ずつしっかりと発する。
「将軍。戦後から今までずっと実験を続けてきたビスコに、何があったのですか? 今になって俺たちに依頼を出すほど問題化したゾンビたち。そして貴方はビスコもろとも、この病院を焼き払うことに同意した。彼に……そしてこの病院に、何が起こったのですか」
俺の問いに将軍の目が見開かれた。その顔から血の気が引いていく。
思い出したくもない事実を、思い出してしまった……そんな顔で自分の掌に視線を落とした将軍は、その口から掠れた声を絞り出した。
「ビスコが……彼が、ゾンビになってしまったのだ……」
***
「ビスコがゾンビに?」
「ああ。私は定期的にビスコに会いに来ていた。食料や実験材料を持ち込むためであったり、純粋に様子を見るためであったり。会えば二言三言、他愛も無い会話をしたものだ。だが、しばらく前のことだ。いつものようにここに来た私は、突然、ビスコに襲われた。思わず反撃してしまったのは身体に染み付いた条件反射のせいだ。すぐに私は親友を撃ってしまったことに狼狽した。しかし……彼は死ななかったのだ」
青ざめ、わなわなと震える将軍。
「そして病院内に居たゾンビたちが次々に私を襲ってきた。私はここから逃げ出しながら、急に悟ったのだ。彼は……ビスコは自らゾンビになってしまったのだと」
自らゾンビ化する----それはよほどの執念を抱いて死んだ人間が、稀に引き起こす現象。
確かにビスコは娘の復活に対して異常なまでの執着を見せていた。彼が自分の死期を悟り、自分の肉体を死屍化させ、ゾンビになった……あり得ない話ではない。
だがそれならば、将軍を襲う理由は何だ?
「なぜビスコはゾンビになってしまったんだ?」
両手に顔を埋めて俯いてしまった将軍を見ながら、隊長が静かに聞いた。
肩を震わせる将軍の指の隙間から、涙が一粒、顎に伝って落ちる。
しばらくして顔半分を両手の上に覗かせた将軍の目元は赤くなっていた。
「彼は知ってしまったんだ……ソフィアを殺したのは私だということを」